第35話 お胸は好き?
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イラストレーターは「チート薬師のスローライフ」の松うに先生です。
ヒロインがめっちゃかわいいので、ご予約お願いします。
紅蓮の炎が頬をかすめた。
それをギリギリで回避すると、耳をつんざくような嘶きが聞こえてきた。続いて重たい震動が地面を震わせる。
ドッドッドッ、という大型のバイクに積まれたアイドリング音のように近づいてきたのは、巨大なトカゲだ。
コドモドラゴンという、炎に突進とやたら攻撃的なC+ランクの魔物だ。
可愛い名前とは裏腹にその姿はあまりにゴツい。
地面を掻く鋭い爪、鎧のような皮膚。
そして今炎を吐き出したばかりの口には、太刀のような太い牙が見える。
大きな棍棒にも見える尻尾を振り回しながら、俺たちの方に突撃してくる。
「ひぃいぃいぃぃいいいい!!」
悲鳴を上げたのは、俺たちを乗せていた御者だ。馬車の陰に隠れ、亀の子になって悪夢が冷めるのを待っている。
数ヶ月前。俺もああだったのだと思うと、少し同情を禁じ得ない。
しかし、今の俺は違う。
力も、そして仲間もいる。
俺は手を掲げ、魔法を唱えた。
〈貪亀の呪い〉
それまで戦車の如く迫ってきていた魔獣コドモドラゴンの動きが鈍る。
「入った! ミィミ! 頼む!!」
「はい。あるじ」
俺の横でロケットダッシュを決めたのは、緋色の髪を振り乱した獣人の娘だった。
一気にコドモドラゴンとの距離を詰めると、側面に回り込む。
直角に曲がり、コドモドラゴンの横っ腹に飛び込んだ。
「はあああああああああ!!」
双剣から鉄製のナックルガードに武器を変更したミィミは、思いっきりコドモドラゴンの横っ腹をどつく。
竜種の中でも小さい方とはいえ、成人男性の約10倍以上はあろうかという魔獣が一瞬腹を見せて吹き飛ぶ。
「よし!! 武器を変更したのは正解だったな」
以前の剣闘試合の際、ミィミには双剣を持たせていた。だが、それはあの試合のレギュレーション上、仕方なくそうしていた。
俺の見立てでは、ミィミの攻撃適性は『斬る』よりも、緋狼族の身体能力を活かした『打つ』方に向いている。
「まあ、身体能力が理由というよりは、ミィミの膂力に耐えられる武器がそもそもあまりないってことなんだけどな」
今、振るっているナックルガードにも分厚い鉄の板が使われている。そうでなければ、今頃ドラゴンの表皮を殴った段階でバラバラになっていただろう。
ちなみに作ったのは俺だ。
賢者の[知識]の中で〈錬金見習いの知識〉を覚えた。これは低クラスの魔導具や鉄製の武器なら自作で作ることができる。
「一撃か。よくやったな、ミィミ」
「ご主人……?」
「ん?」
「まだだよ」
ミィミの目が鋭くなる。
獣臭が濃くなると、意識を失ったと思われたコドモドラゴンが立ち上がった。
「さすがはC+ランクだな。帝国に棲息する魔物とはひと味違うか」
「ご主人、どうする?」
「決まっているだろ、ミィミ。戦う。今の俺たちのスキルツリーレベルとも合ってるみたいだしな」
「おおう! 戦う! 戦う!!」
ミィミは無邪気にその場で小躍りする。緋狼族は元来好戦的な種族とも聞くからな。
コドモドラゴンは口を開けた。
「火吹き? リードタイムが短くないか? さっき放ったばかりだぞ。はっ! まさか――――」
コドモドラゴンはハッと吐き出す。
煙だ。周囲に煙幕を広げて、自分の身体を隠し始める。
巨体が隠れていく。こういう目くらましはどちらかといえば、身体の小さな人間側が向いている。この場合、コドモドラゴンの狙いは1つだ。
「時間稼ぎか。次の火吹きまで煙の中に隠れているつもりか。ミィミ、匂いでたどれるか」
「ダメ……。煙の匂いが強くて、ゴホゴホ……」
匂いはダメか。
足音こそ聞こえるが、煙で音がくぐもって、正確な位置が掴めない。あの大きな身体だから音に向かって近づけばいつかはかち合うだろうが、それが魔物の尻尾か顎門の前なのかで状況がまるで違ってくる。
獣の割には、冴えた忍者戦法だ。
「ミィミ、俺が煙を晴らす。コドモドラゴンの姿が見えたら、渾身の一撃をお見舞いしろ」
「ご主人、わかった! ミィミ、思いっきり殴る…………ん? でも、ご主人……。風の魔法なんて使えないでしょ?」
「こうするんだよ」
俺は魔法を唱えた。
〈魔力増幅〉!
最近覚えた魔法だ。
名前の通り、魔法の攻撃力が今なら1.5倍に上がる。
さらに俺は魔法を重ねる。
手を掲げると、雷とともに1本の槍が現れる。青白い光を放つそれを振りかぶり、投擲体勢に入る。
「くらえ!!」
〈号雷槍〉!!
煙幕の向こうに雷の槍を解き放つ。
〈菌毒の槍〉の次に覚える賢者の攻撃魔法。今まで覚えた中でも、1番強力で威力のある、クラス【大賢者】のメインウェポンの1つだ。
槍は煙幕を切り裂く。
しかし、コドモドラゴンに対しては当たらず、失速して地面に突き刺さった。
槍に込められていた魔力が地面に向かって弾ける。それは爆発を生み、辺りに爆風をもたらした。
煙幕が晴れ、コドモドラゴンの巨体が露わになる。
刹那で反応したのは、ミィミだ。
主人である俺が作った隙を見逃さず、一直線にコドモドラゴンへと向かって行く。
コドモドラゴンは残った煙の中に逃げようとするが……。
「逃げるな!!」
〈戦士の雄叫び〉!
ミィミの叫びとスキルが、コドモドラゴンの行動を麻痺させる。
次の瞬間にはミィミはコドモドラゴンに飛びかかっていた。
そのコドモドラゴンの口にはすでに炎の渦ができあがっている。
土壇場で火吹きの用意ができたらしい。その口の中へとミィミが突撃する形になった。
「させるか!」
俺は刀を構える。
〈魔法の刃〉
無属性の光の弾丸がコドモドラゴンの顎を捉えた。
一瞬、火吹きが遅れる。飛び込んだのはミィミだった。
「やああああああああああああ!!」
〈フルスイング〉!!
ぐるりと魔物の鼻先で一回転すると、体重と速度、回転の速度が加わった強烈な一撃がコドモドラゴンの顎に突き刺さる。
1トン強ほどの体重の魔物が宙を舞い上がり、地殻の岩場に突き刺さった。
「すげ……」
声を漏らしたのは、ようやく悪夢から覚めた御者だった。巨大な魔物を吹き飛ばす小さな少女の姿を見ながら、何度も目を擦っている。
なかなかの強敵だったが、『ギフト』や【隕石落とし】を使うまでもなかったな。
C+ランクでこれなら、うまくミィミとの連携を深めていけば、Aランクぐらいの魔物は倒せるかもしれない。
「やった! やったよ、あるじ!」
ミィミは大はしゃぎだ。
兎のようにピョンピョン跳びはねたかと思えば、雪を見た犬みたいにグルグル俺の周りを回り出す。
やれやれ。兎なのか、犬なのか、はたまた狼なのか、よくわからんな。
「どう! あるじ! ミィミ、とっても強くなったでしょ」
「ああ。ミィミは強くなった。えらいえらい」
「むふー! あるじに撫でられた。至上の至福……」
「至上の至福……って。どこでそんな難しい言葉を覚えたんだ?」
「ゾンデが言ってた。女の人の大きなお胸で、男の人のしごく? よくわかわらにけど、それが至上の――――」
「だああああああ! もういい!! ミィミ、そこまでだ?」
ゾンデは一体ミィミに何を教えていたんだ……。
「ねぇねぇ。ご主人。ご主人は大きなお胸の人、好き?」
「はっ? ちょ! 何をやぶからぼうに……?」
「やぶからぼうに? それはよくわからないけど、ご主人はどっち?」
「どっちって? いや、それは人それぞれというか。その人にあってる方が好みというか」
「じゃあ、ご主人は小さいが方いい?」
ミィミの目にまったく曇りはない。純粋な興味で訊いているのであって、別に童貞のままこっちに来てしまった俺をからかっているわけじゃない。
うん。きっとそう。心なしかミィミがぺったんこの胸をこれみやがしに見せつけてくるように見えるのは、俺の心が汚れているからだ。
「いや、そういうわけじゃ」
「やっぱりご主人も大きいのが好き」
「小さいよりかはな。というより、そう答えてしまうと何故か犯罪臭がしてしまうというか」
「?」
「なんでもないです。忘れてください、ミィミさん」
首を傾げたミィミの表情があまりに神々しくて、俺は思わず〝さん〟づけて読んでしまった。
「わかった! ミィミは胸を大きくする」
「いや、ミィミはそのままでいいと思うぞ(即答)」
「なんで?」
以下、ループ……。
一体、俺は異世界に来てまで何を話しているのだろうか。
思わず吐いたため息は、白く濁っていた。
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