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第2部 オープニング

6月14日に「ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者〜現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する〜」の1巻が発売されます。

それにともない、しばらく第2部を(なるべく)毎日連載していきますので、是非よろしくお願いします。


挿絵(By みてみん)

「それは帝国に対する挑戦状ですかな」


 男の声はパダジア精霊王国王宮――翡翠の間に響いた。

 美しい翡翠で飾られた謁見の間には美男美女が揃うエルフの近衛たち。

 そして男の前には、翡翠の玉座に座った女王が御簾の後ろに控えていた。


 男の言葉に場は緊張する。

 腰に下げた剣の柄に手を伸ばすものはいなかったが、誰かが落としたスプーンを皮切りに戦闘が始まりそうな空気が場に漂っていた。

 一触即発の雰囲気の中、美しい声が場を諫める。女王だった。


「そうではありません、ルギア大使。もう少し時間がほしいと言っているのです」


「一体何の時間が必要なのでしょうか、女王陛下」


「確認です」


「確認? 何に確認が必要というのですか? 我々は貴国のミスリルを市場の1.5倍の値で買い付けるといっているのです。それも貴国の年間産出量に匹敵するほど大量に……。これほど破格の取引(トレード)はございますまい」


「良い取引には相応の裏があると申します」


「古い考え方ですな……。失礼。一国の君主に向ける言葉ではないですな。しかし、女王陛下……。確認の時間は済んでいると思いますが。すでに精霊王国の七長老のうちの過半数が今回の取引に賛同している。あとは、あなたの沙汰だけなのですよ」


「だからこそ確認の必要があるのです、大使」


「頑なですな。……わかりました。しつこい男は嫌われると申します。今日はこの辺りで退散するといたしましょう」


「わたくしはあなたのことを嫌ってなどおりませんよ。ティフディリア帝国、そして大使が治めるルギア辺境伯領とも……」


「そう願います、女王陛下」


 ルギア辺境伯は帽子を頭にのせると、牧師のような黒いローブを翻して、翡翠の間を後にする。黒く、汚泥のように濁った瞳に覇気はなく、歩いて行く後ろ姿は幽鬼のように不気味であった。





「大丈夫ですか、陛下?」


 声をかけたのは、美しいエルフであったが、その美貌に似合わぬ具足を纏っていた。

 膝をついて傅くと、その頭の上から優しげな声が響いてくる。


「メイシー、ありがとう」


「滅相もありません。それにしても奇妙な雰囲気の男でした」


斬りかかる隙(ヽヽヽヽヽヽ)もなかった(ヽヽヽヽヽ)


 少々物騒な言葉が出てきて、翡翠の間は一瞬ピリつく。

 声の主はメイシーの後ろに控えた比較的若いエルフだ。

 金髪というよりは銀に近いに色の髪に、紺碧の瞳。羊の乳のように乳白色の肌は美しく、その細い四肢は鍛えに鍛え引き締まっていた。

 まだ少しあどけなさのある少女は、前で傅くメルシーよりも幼く見える。


「まあ、そんなことを考えていたの、アリエラ」


 見えなくとも、御簾の向こうで女王が目を丸くするのがわかった。


「アリエラ、控えなさい。そしてなんと物騒な」


「私がやらなかったら、お姉ちゃんがやっていたでしょ」


「ばっ! 女王陛下の前でそんなことをするわけないでしょ! それに公務の時に『お姉ちゃん』はやめなさいとあれほど……」


「お姉ちゃんはお姉ちゃんだから仕方ない」


 アリエラはプクッと頬を膨らませる。

 すると、鈴を転がしたような笑い声が聞こえてきた。


「フフフ……。本当にあなたたち姉妹は仲がいいのですね。ちょっと羨ましい」


「し、失礼しました、陛下。お見苦しいところを」


「良いのです」


「しかし、あの帝国大使というあの男……。なんと傲慢な……」


 メイシーは唇を噛む。

 滲み出た怒りに、それまでかしましかった部屋は鎮まった。


 バダジア精霊王国では、良質なミスリルが獲れる魔鉱山がいくつも存在する。

 ミスリルは精錬することによって強力な武器や防具、あるいは魔導具を作ることができる。王国としても貴重な外貨獲得の手段として、国を挙げて積極的に採掘作業を行ってきた。


 そこに突然、隣国ティフディリア帝国が先にあげた大使の条件通りの話を持ってきた。条件としては魅力的だが、年間の取引量はちょうど年間の採掘量に匹敵する。それはもはや帝国の独占に等しい。


 相手は太く、確かに取引として悪くない話である。

 それでも、あまりに急な要請に、女王は訝しんだ。

 この件、七長老でよく相談するようにと念を押したが、1ヵ月もしない間に帝国の要請に従うべしという結論が出た。


 エルフは寿命が長く、その会議もまた長い。

 1つのことを決めるのに、数年かけることもザラだ。

 なのに、1ヵ月というスピードで決まったのは、女王側からすればおかしなことだ。

 パダジア精霊国の治政を預かる7人の賢者たちの一部が、帝国に抱き込まれたことは明らかだった。


「帝国め。卑怯な手を……。まさか七長老の中に帝国に組みするものが現れるとは」


「メイシー、早とちりしてはいけません」


「そうだよ、お姉ちゃん。七長老の中に裏切り者がいるとは限らない」


「アリエラの言う通りです。ティフディリア帝国の取引はあくまで正当なものなのですから」


 パダジア精霊王国は小さく、大半を森と山に覆われていることから、食料などは外国から買い付けている。林業と鉱業で稼いだお金を、食料の輸入にあてているわけだが、両者を比べると食料は必須であることから、足元を見られることが多い。

 国家としても毎年少しずつではあるが、赤字が膨れ上がっている状態のため、帝国の1.5倍の値というのは、かなりおいしい取引なのだ。


「しかし、陛下……。ティフディリア帝国は最近よくない噂を聞きます。戦争の準備をしているとか……。我々が採掘したミスリルが、我が国に向けられる可能性はあります」


「それは事実なのですか、メイシー? ……それこそ根も葉もない噂。振り回され、立場をあやうくするのは、我々かもしれません」


「陛下! 陛下は帝国と我が国、どちらの味方なのですか?」


「それは――――」


「……失礼しました。言い過ぎました。申し訳ありません」


「良いのです、メイシー。わたくしが優柔不断なところが悪いのです。それにあなたはこの国の『剣神』……。どうかわたくしの良き相談役になってください」


「はっ!」


 メイシーは下がる。

 翡翠の間を妹と一緒に出て行く直後、女王に呼び止められたのは、その妹の方だった。


「アリエラ……。メイシーを頼みましたよ」


「大丈夫です。お姉ちゃんは強いから」


 ただそれだけを言って、アリエラは部屋を出て行った。

 やや影のある言葉を聞いて、御簾の向こうの女王は小さくため息を吐くのだった。



 ◆◇◆◇◆ ルギア ◆◇◆◇◆



 3日後……。

 ティフディリア帝国辺境伯にして、パダジア精霊王国交渉全権大使たるグリズ・ダ・ルギアの姿はバダジアの首都クワンドンの北部にある『風霊の洞窟』にあった。


 対して共もつけておらず、翡翠の間と違うところを1つあげるとすれば、手に竹刀袋に包んだ一振りの剣を持っているというだけだった。


 洞窟の奥に辿り着くと、広間に出る。壁や天井、あるいは地面を覆う鉱石は青白く、ほのかに光を発している。それは巨大なミスリルの塊であった。


「ほう……。これは見事な」


 広間の神秘的な光景を見て悦に浸っていると、洞窟の中で急に風が渦巻き始めた。

 ルギアの足を止めさせた風の中から、美しいエメラルドグリーンの髪を持つ女性の肢体が現れる。


「風の精霊パダジアのおでましか」


 文字通りパダジア精霊王国の名前の元となった精霊である。

 古くから土地を守護し、生命に加護と慈しみを与えてきた。


『下がりなさい、魔性のもの』


「魔性のものとはなかなかの挨拶ですな、風の精霊。私はこう見えて、人間なのですが……」


「あなたに言っているのではありません。あなたの持っているものに警告しているのですね」


「なるほど。さすがは精霊……。これがわかるか」


 ルギアは竹刀袋をほどくと、一振りの剣が露わになる。豪奢な鞘と柄――そこから立ち上ってくるのは、暗い気の気配だ。


「1000年前にいた武人にして剣の神アドゥラ・バニエンの相棒……」


『国を救い、世界を救った「剣神」の忘れ形見ですか。なんといたわしい……。それを呪いの道具にするなど』


「これは私だけの力ではない。呪いとは本来人や物が持つ本質……。私はその背中を押したに過ぎない」


『前言撤回しましょう。どうやら危険なのは、剣の方ではなく、あなたの方のようですね』


 先制したのは風の精霊パダジアの方だった。洞窟の中で突如風が渦を巻くと、ルギア辺境伯を包み込む。普通の人間であれば、たちまち四肢を切り裂かれていただろう。


 ただし、普通の人間であるならば……。


『? あなた……。本当にただの人間ですか?』


「普通の人間ですよ。ただ生まれが少々特殊なだけですよ」


『まさかあなたは勇――――』


 ルギアは強烈な風圧の中でふくみ笑う。

 いよいよ持っていた剣を抜き、払った。黒い影がまき散らされ、風を汚す。パダジアが巻き起こした風の魔力を食い散らかすと、場は鎮まった。


『わたしの力を払うなど……。はっ!』


 パダジアが気づいた時には、その腹に深々と剣が突き刺さっていた。

 ルギアがそっと顔を寄せると、その耳元で囁く。


「精霊よ。それは奢りだ。あなたもまた魔力できた生物に過ぎない……」


『あなた……。やめろ! やめなさい! あなたのやろうとしていることは……』


「精霊も耄碌するのだな。たかが人間の所行を、ここに至ってやっと悟るのなど」


 ルギアが持った剣からさらに闇が溢れる。一気にパダジアの体内に浸蝕すると、エメラルドグリーンの髪は灰をまぶしたように白くなり、見開いた瞼の向こうに光る目は、炎のように赤くなっていた。


『ぐあ……。あ……。ああああああああああああああああ!!」


「ふふ……。ふはははははは! 所詮は生物……。どんなに聖人ぶろうとその本質は闇……。パダジアよ」



 さあ、世界を呪うがいい。


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