第30話 悪夢
光が書庫に満ちる。すると、魔導書の内容が一気に頭の中に入ってきた。
魔導書は読み解く物ではない。開くことによって、相手の記憶を汚染し、その内容を刻み込む。
故に魔導書なのだ。
『「大賢者」のクラスレベルが〝Ⅱ〟になりました』
『スキルツリーの上限が解放されました』
よし! ここからは一気にいく。
俺は袋の中に溜めていた魔結晶をすべて出す。
それを俺に向かってくるミツムネとカブラザカに投げつけた。ちりばめられた魔結晶は暗い書庫の中で星のように瞬く。一方、俺の突然の奇行に、ミツムネとカブラザカは慌てふためいた。
そんな二人に狙い付けけながら、俺は魔法を唱える。
〈魔法の刃〉+全体化!
無数の青白い刃が、散らばった魔結晶に向かって行く。
すべての魔結晶をほぼ同時に射貫かれると、『幻窓』が浮かび上がった。
『スキルポイントを獲得しました。スキルレベルを最大九つまで上げることができます』
『スキル[魔法]のレベルが19になりました』
『〈魔力増強〉を獲得しました』
『〈破魔の盾〉を獲得しました』
『〈歴泉の陣〉を獲得しました』
『〈収納〉を獲得しました』
俺はスキルレベルをすべて[魔法]に突っ込んだ。
次の瞬間、闇が閃く。
〈あんこく〉
ついにミツムネがギフトを俺に打ち込んでくる。
デーブレエス伯爵の大量の愛蔵書があるにもかかわらずだ。
「遅い。何もかも遅い!」
〈破魔の盾〉!
俺の前に魔力で作られた盾が現れると、〈あんこく〉の力を無効化する。
この魔法は一度だけ魔力の攻撃から守ることができる。
たとえ、ギフトだろうと無効化は可能だ。
ただし、一日一回しか使えないという制約があるけどな。
「な! オレの〈あんこく〉が消されただと!」
ミツムネは自分の魔法が消されて泡を食っていた。
必殺のギフトが完封されて、少なからずショックを受けたのだろう。
これでいい。俺に〈あんこく〉を防御する手段があると向こうが認識すれば、こっちのものだ。
さて、ここからが希望の細い糸を辿る瞬間である。
俺の予測が間違っていれば、俺の負け。
だが、これに打ち勝てば、この二人相手でも圧勝できる。
今から俺がやることは、この戦いの勝利を決める一手だった。
〈収納〉!
唱えたのは、魔力でできた空間を構築し、そこにほぼ無限に物を入れることができる魔法だ。
「なんだ、ありゃ?」
「ミスターブラック、教えてくださいよ。そんな名前の魔法で、どうやって現状を打破するのですか?」
俺は〈収納〉で開いた穴の中に手を突っ込む。
これは【大賢者】固有の魔法だ。そして、この空間には時間という概念が存在しない。
つまり、千年前のものは千年前のまま存在する。まして俺はかつて【大賢者】と呼ばれていた人間の記憶を引き継ぐ者……。
そう。ここにあるのは、俺が千年前に使っていた道具や装備だ!
「勝ったな」
手から伝わってきた懐かしい感触に、俺は思わず口角を上げた。
握ったそれを一気に引き抜くと、巨大な魔法石が嵌まった杖が現れる。
俺はすかさずミツムネとカブラザカの方に向かって、掲げた。
〈転送〉
瞬間、俺とミツムネ、カブラザカの姿が書庫から消えた。
◆◇◆◇◆
俺たちが転送された先は背の低い葉が生い茂る湿地だった。
メルエスからそう遠く離れていない西の湿地帯。俺とミィミが密かに特訓していた場所だ。
「なんですか、ここは? ただの草原のようですが……」
一緒に転送されてきたカブラザカが目を丸くする。
「ふん。おあつらえ向きじゃねぇか。闘技場での借り。ここで返してやるぜ。観客がいないのはちょっと寂しいけどな」
邪悪な笑みを浮かべ、ミツムネは大剣を構えた。
しかし、俺は杖を握ったまま蹲る。
口から血を吐く。すでに身体が硬直し、指一本動かすのも難しくなってきていた。
毒にかかって、すでに二十分以上が経過している。クラスアップを果たすことはできたが、カブラザカが仕込んだ人工毒はまだ取り除けていない。
「なんだ? ボロボロじゃねぇか。いいぜ。それはそれで楽しみがいがあるってもんだ」
「どうしました、ミスターブラック? あなたはこんなものですか? 残念です。どうやらあなたを過大評価していたようですね。クラスアップして、大逆転するのではなかったのですか?」
「はあ……。はあ……。はあ……」
「つまらないですねぇ。ただわたくしたちを転送しただけ。闘技場からわたくしたちを遠ざけただけでは毒は治りませんよ。それにそもそも解毒剤なんてないんですから。はは……。言っちゃった。これは最期まで言わないでおこうと思ったのですが。いけないですねぇ。わたくしの口は軽すぎる。さて、今衝撃の事実を聞いたあなたの表情はどうでしょうか? ここまでやって。死にそうになりながら、目的のものがないということが聞いた時の顔……。どうぞわたくしに見せてくださいよ」
「はあ……。はあ……。……ふふ。だろうな」
俺は顔を上げて、目一杯笑った。
「解毒剤がないなんてことは、初めからわかっていたよ。普通万が一を考えて【薬師】ってのは毒を作るものだが、作ってないんだろ? お前はそういう奴だ」
「なんだ、わかってたんですか」
「だけど、お前は一つ見落としている。異世界の人間であるお前が知らないのも無理はないが、スキルや魔法で作り出したものは、術者の死によって解除されるんだよ」
「知っていますとも……。でも、そんな身体でわたくしを殺すことができますか? 側には優秀なボディガードだっているんですよ」
「いつの間にオレはお前のボディーガードになったんだよ」
「言葉の綾ですよ、ミスターミツムネ。さあ、どうぞ。サクッとやってください。抗うことをやめた人間の顔なんて、まったく興味がないので」
「てめぇに言われるまでもねぇ。とっととぶっ殺す!」
ミツムネは大剣を肩にかけて、近づいてくる。
俺は一歩も動かない。動けないのだ。ただ息を荒く吐き出すしかないが、それすらも困難になりつつあった。それでも、俺の意思は決してくじけない。
「抗うことをやめたんじゃない。もうすでに俺ができることはやりきったんだよ、カブラザカ」
「は? 何を言ってるんですか。そんな状態で」
「不思議に思わなかったのか? 人工毒を操るお前に、無策で飛び込んで、まんまと毒にかかってしまった相手のことを、一度でも疑問に思わなかったのか?」
「まさか……。わたくしの毒をわざと受けたとでも言うのですか?」
「俺は現代人だぜ。人工毒に対する対処ならわかっている。難しいかもしれないが、人工毒対策のフィルターを作って対策できたかもしれない。なのに、俺は真正面からお前に突っ込んでいった。それは俺の計算のうちだとは考えなかったのか?」
「はあ? 何のために?」
「犯罪者でもゲームぐらいはするだろ? 味方がピンチになると発動するスキルや、魔法を使うキャラクターとか知らないか?」
俺とカブラザカの会話を聞いて、ミツムネは剣を構えたまま固まった。
「まさか……、てめぇ。そのためにこいつの毒を受けたっていうのかよ」
「いや、いやいやいやいや……。あり得ないでしょ。ダメージを受けるためにわざと毒を受けるなんて。なんですか、それ?」
カブラザカは頭を何度も振る。その表情は一転して、青白くなっていく。
そして、ついにあの『幻窓』が俺の前に開かれた。
『呼吸、脈拍の乱れから危機状態にあると判断。また周囲に敵性反応を確認しました』
『固有スキル【メテオラ隕石落とし】の発動条件を満たしています』
『発動しますか? Y/N』
その『幻窓』に目を細めながら、俺は最後に言った。
「お前たちは最初から俺の手の平で踊っていたんだよ」
迷いはない。
これは報いだ。俺に優しくしてくれた人たちを傷付けた者たちへの……。
「YES!」
『広域殲滅魔法【メテオラ隕石落とし】の発動が承認されました。カウント開始します。3、2、1』
ゼロ発動……。
夜と夕焼けの空の狭間に無数の星が流れる。
その光は次第に大きくなり、轟音を上げながら、こっちに向かってきていた。
カブラザカは悲鳴を上げ、ついに踵を返して逃げ始める。それに気づいてミツムネが後を追ったが、その前にカブラザカは足を取られた。そのまま湿地帯を流れている小川に突っ込むと、跳ねた泥をすべてかぶる。
綺麗な小川に映り込んでいたのは、己の絶望した顔だった。
理想に近い表情を見て、カブラザカの心に浮かんだのは、恐怖という初めての感覚だった。
「やめろ。やめてくれええええええええええええええええええ!!」
大口を開けて叫んだ稀代の犯罪者は、隕石の落下した衝撃の中に消えるのだった。
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