第23話 因縁の再戦(後編)
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ミツムネの悲鳴が響く。
両手剣を落とし、左肩を押さえて野生の猿みたいにのたうち回った。
「勝――――!」
「まだじゃあ!」
審判が勝負ありと言いかけたところで、待ったの声がかかる。
ミツムネでもなければ、観客でもない。それは観客席の中段より少し上。特別観覧席から聞こえた。
やや興奮気味に息を弾ませ、闘技場の方を睨んでいたのは、皇帝陛下だ。
「まだ終わっておらん。続けさせよ」
「その通りだ!」
ミツムネは両手剣を握る。少し傷口の出血が少なくなっている。
小賢しいな。おそらく審判が皇帝の方に気を取られた一瞬の隙をついて、スキル〈暗黒の声〉を使ったのだろう。回復量は少ないが、痛みぐらいは和らげることができたはずである。
「オレはまだ負けてねぇぞ」
「いや、お前の負けだよ」
「ああ!?」
「底は知れた。お前の剣は俺には届かない、一生な」
「ふざけんな!」
ミツムネはまた両手剣を振り回すが、弾かれてしまう。
スキルも、身体能力も、武器の重さも、ミツムネが上だ。それは認める。
それでも俺が難なく両手剣を弾けているのは、単なる技量の差だ。
ミツムネの両手剣はどうしても振り回すのに溜めがいる。
始点がゼロだとして、最高点が一〇〇だとする。その一〇〇になるまでの時間がかかりすぎるのだ。
一〇〇までいけば、さすがに返すことはできないが、振り下ろしの直後、あるいは二〇ぐらいの加速がかかっていない瞬間であるなら、悠々弾き返せる。
ミツムネの剣は我流。というか、まったくのど素人だ。
そもそも出どころはわかりやすい両手剣なんて振り下ろす、振り回すかの二択ぐらいしかない。
身体の動き、目線を見れば、どこを狙っているかなど丸わかりだ。
そして、相手の武器を弾くことができれば、当然俺は懐に入りやすい。
ゆっくりと、確実に、ミツムネの間合いを侵略することができる!
「ギャアアアアアアアアアアア!」
再び汚い悲鳴が響く。狙った場所は先ほどと一緒だ。
左肩の傷口をさらに抉られ、ミツムネは再び剣を捨てて、もんどり打つ。
完全に会場は冷め切っていた。それでもミツムネは諦めない。激しく息を切らしながら、床を転がってでも俺との距離を取ろうとする。その根性だけは見上げたものだ。
「おい! 審判! おかしいだろ! スキルを使ったオレより、スキルを使ってないアイツの方がなんで強いんだよ! ドーピング! ドーピングだ」
「それは――――」
「そうだ。その者は何かおかしい! 何か違法な薬物に手を染めているに違いない!」
ミツムネに援護射撃をしたのは、皇帝陛下だった。
まるで叱責でもするかのように審判に向かって喚いている。
「ロードル! 何をしているか! さっさとそのものを調べよ! 特にその仮面があやしい!」
「そうだ。オレは勇者だ! オレより強い奴なんてそうはいねぇ! お前らもそう思うだろ? オレが負けていいのかよ、お前ら!!」
ミツムネが観客をあおり立てる。
すると、しんと静まり返っていた観客席は我に返ったように声を上げた。
再び勇者、勇者という大合唱が響き、俺を調べるように要求する。
皇帝にも勇者にも、そして観客からも請われ、タキシードの着た審判はついに動く。
ゆっくりと俺の方に近づいてくると、俺が付けていた仮面に手を伸ばした。
「くくく……」
不意に笑い声が響く。
笑っていたのは俺だ。肩を揺らして、まだ闘技場の上に立って戦っている最中だというのに、腹の底からこみ上げてきた笑いを吐き出す。堪えられなくなって、ついに大声を上げてしまった。
「な、何がおかしいんだ、てめぇ」
「お前が言ったんだぞ?」
「はあ?」
「『自分のことは自分の力で解決しろ』。人に頼る行為を、お前は憎んでさえいたんじゃないのか?」
「…………っ!」
「それがどうだ? 皇帝に、審判に、そして観客をも巻き込んで俺を悪者にしようとしている。お前が言ったダセぇことを、今自分でやってるんだ」
「……ブラック…………黒…………お前、まさか!」
「もう一度言う。ダサいな、勇者様!」
「てめぇえええええ! ぶっ殺すぅぅううううううううう!!」
ミツムネが手を掲げると、黒い塊が現れた
ギフト『あんこく』。だが、その大きさは以前、俺に向かって放った時とは別ものだった。
おそらくギフトのレベルが上がっているのだろう。
強烈な殺意の波動……。
目の前に立って戦うものだけではなく、見ている観客にすら恐怖を与える代物だった。
間違いなく〈あんこく〉は俺を指向している。俺の背後には、観客がいて、ミィミもいる。
観客がパニックになっていることは、聞こえてくる悲鳴でわかった。
ギフト『あんこく』は基本的に禁止されている遠距離攻撃の部類に入る。
打てば、間違いなくミツムネの失格負けだ。だが、今のミツムネに理性を求めることは酷かもしれない。カス呼ばわりしていた俺に、論破されてしまったのだからな。
「しねぇええええええええええ!!」
ギフト『あんこく』が今まさに発射されようとしていた。
「馬鹿だなあ、あんた」
俺はあっさりとミツムネの背後に回り込む。
タンッ、と音を響かせ、その後ろ首に手刀を浴びせた。
あっさりと意識の糸を断ち切られた勇者様は崩れ落ちる。黒い塊は自然消滅し、再び燦々とした陽の光が闘技場全体に満ちていく。
ミツムネはぴくりとも動かない。
え? という意外な空気が満ちる中で、ロードルという審判の渋い声が響き渡った。
「そこまで。勝者ブラック・フィールド!」
一瞬の静寂の後、波のような歓声が俺に押し寄せた。
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