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わたし達、冒険者始めます  作者: 遠ノ守
第四章 過去から呼ぶ声
99/245

30 厄猪──    sideルーシー


「それじゃあちょっと行ってきます」


 私がうなずくとタツヤさんは────飛んだ!?


 私がぶのとは違う。

 体を伸ばし空中を飛行して、握った拳から“厄猪ミスフォートボア”へ突っ込んで行った!!


 何よあれは!!


 タツヤさんが“厄猪ミスフォートボア”の横っ腹へ突っ込むと、厄猪ミスフォートボア盛大せいだいに転倒した。


 すごい。

 あんなの、風属性の“破城鎚スラッグハンマー”や水属性の“激流波スプラッシュウェーブ”並の威力じゃないの。

 それを生身でやるなんて、どうかしている!

 シルィーさんが反対側から“空気鎚エアハンマー”で脚をすくったにしても、効果ありすぎでしょう。

 どう考えても前衛職フォワードが個人で出す威力じゃないけど、あれもやっぱり何かの技能スキルなんでしょうね。


 小指を絡めたずかしさと、人が飛んでいった驚きの連打で、古い記憶に押し流されそうになっていた恐慌パニックは、どこかへいった。

 でも体の強張こわばりは、正直に残っている。


「倒れたぞ! 全員攻撃!」


 スレインの号令が聞こえる。


 そう、問題はなにも解決していない。

 “厄猪ミスフォートボア”が現れてからの記憶が抜けているけど、怒濤どとう山津波やまつなみとシルィーさんは健在だった。

 けれどそれは厄猪ミスフォートボアに勝てることを意味しない。


 五年前にアレ(ミスフォートボア)と初遭遇(そうぐう)したとき、私も少なからぬ攻撃を入れたけど、痛痒つうようを与えることすら出来なかったのだ。

 私はアレ(ミスフォートボア)に、相手にされなかった。

 それどころかリリア師匠でさえめを作らせてもらえず、決め手を欠いた。


 少なくとも私と怒濤どとう山津波やまつなみに、戦いの局面を変える力はない。

 いまも五人で攻撃しているけど、厄猪ミスフォートボア損傷ダメージを与えた様子はない。


 シルィーさんが、これまで見せた事のない上位魔術を撃てるなら、話は違うだろう。

 ルカさんが使った“破城鎚スラッグハンマークラスの魔術が連打できれば、勝てる可能性はある。

 今回はアレ(ミスフォートボア)を止められる盾役シールダーがいるのだ。だから攻撃手段さえあれば、むしろ前回より条件がいいかもしれない。

 けれど、そんな隠しだまが出てくるきざしはない。


 タツヤさんが先ほどの人間大弩弓(バリスタ)のような技能スキルを連打できれば、やはりこの難局を突破(ブレークスルー)できる可能性がある。

 だけどタツヤさんは、一度厄猪(ミスフォートボア)を突き飛ばしたあとは、その場に着地してじろぎしていない。


 無理もない。

 前衛の盾職シールダーが、Aランク魔術士が使うような打撃力を、体一つで出したのだ。

 技能スキルで実現したのだとしても、何かしらの反動があっても不思議ではない。


 そのタツヤさんが

「──機会は俺が作ります。それが“盾職”のつとめです」と言ったのだ。

アレ(ミスフォートボア)に一撃入れたいなら歓迎します」とも言っていた。


 有言実行のタツヤさんがそう言うのだ、何か考えがあるのだろう。

 その時が来たらすぐ動けるようにしておくことが、いまの私にできることか……。


「ここは“壁”が張ってあるので安全ですが、ルーシーさんが“出たい”と思えば“壁”は消えます」とも言っていたわね。


 私が飛び出しても、いまは役に立てない。

 私がここにとどまることで周囲に“見えない壁”があり続けるなら、これがスレインたちの掩体えんたいとして使える。

 いまはここにとどまって、凝り固まった体をほぐすことを考えた方が良さそうね。



    †



 起き上がるのに難儀なんぎしていた厄猪ミスフォートボアが、ようやく体を起こした。

 スレインたちが慌ててこちらへ駆け戻ってくる。


「ルーシー、大丈夫なのか?」

あねさん、ご無事で!」

「大丈夫。心配かけたようね。私の周囲にタツヤさんの“壁”が張られているから、防壁として使ってちょうだい。私が外へ出ると壁は消えるそうよ」

「それじゃあルーシーはしばらくそこで待機だね」


 スレインが一言で状況を理解したことを伝えてくる。

 さすが。


 起き上がった厄猪ミスフォートボアは、こちらでもタツヤさんでもなく、なにもない方を向いて動きだす様子がない。

 魔獣が襲ってこない場合がひとつある。

 相手が自分より格段に強いと感じたときだ。

 まさか──ね。


「タツヤさんが機会を作るそうだから、みんなそれまで体を休めて…」

「なにを言ってるんですか、あねさん。あんなぽっと出の若造ひとりにいい格好させられますかい」

「そうそう、それに数が多い方が当たりが出やすいでしょう」

「あんたたちねえ…」


 面子を大切にしているのは分かるけど、ここまでまったく損害(ダメージ)を与えられていないでしょうに。

 それにタツヤさんって、冒険者の経験こそ短いけど、森精族エルフのシルィーさんを除けば最年長でしょう。若造って──。


 そうこう言っている間に、タツヤさんがゆっくりと厄猪ミスフォートボアへ近寄っていった。

 そしてついには密着して、盾で──押している?


「ほら、はじ、まった。また、実験(エクス、ペリメント)、する、つもり、だ」


 シルィーさんがそう言う。


「ほう、あれがそうなのか」

「たぶん、さっき、飛んだ、のも、そう」


 あれが実験エクスペリメントなの?

 なにしてるの? タツヤさん。それに厄猪ミスフォートボア

 タツヤさんが片手剣を収納ストレージへしまい、厄猪ミスフォートボアの前へ出て徒手戦闘の構えをとった。


 ホントに何をするつもり?!



    †



 厄猪ミスフォートボアがタツヤさんに迫る。

 タツヤさんがそれを受けた。


 ほっ、無事だ。

 厄猪ミスフォートボアを止めたタツヤさんが、なにかゴソゴソしているみたいに見える。

 なに?

 よく見ると、片手剣を収納ストレージした右手には、短剣が握られていた。

 そうか、あれで弱点探しをする気なのね。

 衝突を止めたゼロ距離状態では、片手剣でも長すぎるから短剣にしたのか。


 衝突が二回、三回、四……真上に飛び上がった!

 害猪イビルボアを裂いた技。

 でも厄猪ミスフォートボアは急減速して、横へれてしまった。

 ああ、残念。

 さすが害猪イビルボアの上位種、一筋縄ではいかないらしい。


 それでボアは完全にタツヤさんを目標と定めたらしく、私たちには見向きもしなくなった。

 でもそうなればなったで、タツヤさんの体力が心配だ。

 腕力で止めているわけじゃないにしても、無限に動けるわけじゃない。

 けれど彼の代わりはいない。そんな状況だ。

 それに厄猪ミスフォートボアの頭から調べ始め、左右の前肢あたりまで調べてからは、ふたたび思案顔になっている。



 あれっ?

 いまどうやって避けた??


 いまタツヤさんが厄猪ミスフォートボアの突進を、珍しく受けずに避けたのだけど、足が動いていなかった……気がする。

 ああ、まただ。

 タツヤさんが盾戦士シールダーから回避盾ボイデンサー職種転向ジョブチェンジした?

 いえいえそうじゃなくて、やっぱり足を動かさないまま回避行動をとっているみたい。


 何回か──足を動かさないまま──避けた。

 そしてまた受け止める。

 わけが分からない、何がしたいの?

 あ、避けて横っ腹へ盾鎚撃シールドバッシュ

 さっき飛んでぶつかったときと同じに、厄猪ミスフォートボアが転がっていく。

 すごい。


 そうか!

 どうやって実行しているのかさっぱり分からないけど、さっきそらを飛んだときの加速を、地上で水平方向だけやっているのね。

 本当に凄いな。


 冒険者が、技能スキルを含めて自分の手の内をさらすことはあまりない。けどそらを飛ばず足も使わないで移動するという事例は初めて見る。風属性魔術で宙を飛ぶ人はいるけどね。


 冒険者組合(ギルド)の受付という仕事柄、他人の技能スキルに触れる機会はひとより多いけど、それでも他に聞いたことがない。

 固有技能ユニークスキルである私の【跳躍ちょうやく】にしても、私の主観としては、ちゃんとんでいるのだ。


 礼儀マナーとして「他人の技能スキル詮索せんさくしない」ということはあるし、組合ギルドの守秘義務もあるから、大っぴらにそれについて語られることはまれだ。

 とは言え一時的にパーティーに入ったり、今日のように臨時のパーティーを組む場合もあるため、経歴キャリアの長い冒険者であればいろいろ目にするし、耳にすることがある。

 そこで出し惜しみをする相手には、背中を預けられないからだ。

 それでもいま起こっていることを説明できる話を、聞いたことがない。

 目の前に繰り広げられている行景は、それほど珍しい。


 でもまあ私にしたところで、どういう理屈で自分の“跳躍ちょうやく”が発動するのかは分かっていない。

 だからタツヤさん自身にも、自分の技能スキルが分かっていない可能性はある。


 そうこうしているうちにタツヤさんは後半身も調べ終え、もの凄い急加速ダッシュ厄猪ミスフォートボアと距離を取って向い合った。



 そろそろかしら!




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