29 厄猪──ミスフォートボア── 4
さて、厄猪の弱点探しを再開する。
厄猪が突っ込んでくる。
ひょい──。
それを躱して厄猪に追従し、移動しながら塹壕ナイフで刺す。
右側面、どこにも刺さらない。
左側面、こちらも駄目だ。
背中を含めて、どこもかしこもナイフが刺さらない。
厄猪は俺を振り切ろうと、加速、制動、転回をくり返す。
張り付かれるのは嫌なようだ。
俺を振り切ろうとしてボス部屋内部をメチャクチャに走り回るので、錨床の範囲から飛び出しそうになる。
いつものように迎え撃つのではなく魔獣に追従するとなると、一辺十六メートルの錨床ではまるで広さが足らない。
そこで後方で距離が開いた端の部分を前方へ振り向けるという方法で錨床を維持してみた。
面積を広げる前にとりあえず試してみたのだが、さほど忙しなくなることもなく、拍子抜けするほど楽に対処できた。
でも今度、もっと広い面積も試してみよう。
耐重力スーツもきちんと仕事をしていて、Gがかかる都度、意識を持って行かれないよう気を張る必要はなくなった。
なにしろ時速数十キロの速度で、回転半径一メートル未満の転回をしてくるので、振り切られないように気を張るのはとても大変なのだ。横滑り転回なしでやってみれば良く分かる。
だが“見えない鎧”のおかげで首も安定して、鞭打ち症の心配をせずに済みそうだし、黒転、赤転共ども問題のないレベルに収まっている。
厄猪が俺を自分と壁の間に挟んで、こそげ落とそうとしてきた。
挟まれて痛手を負いそうなら、ルーシーさんに使った円筒形の“見えない壁”でこじ開けようと待ち構えていたのだが、“見えない鎧”に触れた壁の方が先に壊れたのには、ちょっと驚ろかされた。
さすが“見えない盾”による“見えない鎧”。
スーツの強度は充分だ。
加圧による体力の消耗はあるようで、まったく対価無しとはいかないらしい。
だが戦闘中の話だ。
安静にしているわけではない。
効果の高さを考えれば、ささいな出費だろう。
そんな中で、小さいながら進展があった。
ヤツの後方を調べていて、ちょっとした発見をしたのだ。
厄猪の股間の急所を狙ってみると、ここには短刀が刺さった。
だがまったく反応がない。
どういうことだろう。
神経がないのか?
急所というのは神経叢があって、普通なら知らん顔できない場所なんだが。
ダンジョン以外で魔獣を倒せば、死骸がのこる。
普通の獣を狩るのと同じに血が出るし、素材の肉や骨、羽や肝などが手に入る。
解体をしているし、だれもが普通にその肉を口にしているので、間違いない。
普通の獣との違いは、体内の魔石の有無と、通常種よりも強靱な体や特殊能力、そして魔石を持たない生き物への攻撃性だ。
一方ダンジョン内で魔獣を倒すと、体は消えてなくなる。
血は出ない。
残るのは魔石だけだ。
血が飛び散らないので、ダンジョンの方がいいという冒険者もいるらしい。
魔石以外が消えるので、後始末が楽だという話も聞いた。
いや骸が残ったとしても、どのみちダンジョンに吸収されて消えるのだが、たしかに解体の手間はない。
初めてダンジョンに潜ったときから感じていたが、この違いはなんなのだろう。
まあ考察は後回しか。
しかし厄猪の脚は、ものすごい勢いで動く。
脚が短くて歩幅が狭いのに、速度は人の数倍速いので、蹴り脚が速くて目に見えないほどになる。
猪の脚は短くて、蹴られる心配がないので後ろにいるわけだが、これが馬や羊の後ろなら、蹴られるのが必至の位置取りだ。
あと試してないのは、脚の裏と腹の下か……。
さすがにここを探るのは、蹴られるというか踏まれるな。
厄猪の腹は、あの巨体であっても俺の膝高くらいだ。
その腹を調べようと思えば、アイツの下へもぐるか、アイツをひっくり返すより他ない。
下へ入るのはちょっと遠慮したいかな……。
“見えない鎧”を装備しているので、踏み潰されてあの世行き……ということにはならないと思うのだが、確信は持てない。
ハッキリ言って試したくない。
体重数百キログラムに踏まれるなんていうのは、想像するだけで恐ろしい。
これは本能による恐怖で、理屈でなんとかなるものじゃない。
傍で見ている連中が、その瞬間俺の死を確信すること請け合いだ。
だからと言って“倍力鎚撃”で殴り倒すのはな───。
「あっ」
思わず声が出た。
なにもひっくり返してまで調べる必要はないじゃないか。
前後左右と上も硬くて、攻撃は通りそうになかったのだ。
残っているのは、下だけだ。
良くても悪くても、そこを攻撃してもらえばいい。
それで駄目なら、“倍力鎚撃”を連打して殴り倒そう。
よし決めた。
あとはひっくり返す方法だが……。
“捕獲”?
いやどうせ傾斜を使うなら、前脚よりも左右のどちらかを上か下へ動かし、横向きに寝かせたいな。
いまなら機動力があるから、こちらから積極的に攻めることができる。
よし、それで行こう。
厄猪の前へ出て、後ろ向きに“猫だまし”で挑発する。
パン──。
怒った厄猪が速度を上げる。
あ、すごい。あそこからまだ速度が上がるんだ。
だが加減速も旋回性能もこちらが上だ。
あ、厄猪の速度が戻った。
最高速度を出せるのは一瞬か。
リッターバイクに乗っているような加速で、距離を離してから反転する。
距離を置いて厄猪と向かい合った俺は、まっすぐ厄猪へ向かって突進した。
リッターバイク:排気量1,000cc級の自動二輪車




