25 厄猪ふたたび sideルーシー
「あれ? 姉さん、タツヤ。二人ともまだいるのか?」
そう言いながら緊張を半ば解き、前室から出てくる二番手の面々。
そんな彼らが後にした前室の内扉が閉まり、「カチャ」っと施錠の音がする。
そして部屋の中央にある“魔術陣”に魔力が注がれたのか、モヤモヤしたものが現れて形を取り始めた。
また“ボス”?!────。
「警戒して! 様子がおかしいの!」
やがてモヤモヤが形を取って現れたのは、先程と同じ“猪”だった。
けれど、灰色に焦げ茶の斑と、一回り大きな体。
うそっ───。
頭が真っ白になる。
それでもなんとか声を絞り出す。
「“厄猪”よ。第十八層からの魔獣。アレの正面には立たないで!」
「身体強化でも使ってくるんですか? ってどうしました? 大丈夫ですか?」
自分で血の気が引いているのが分かるけど、傍から見てもそうらしい。
「そうよ…」
初めて厄猪と遭遇した第十八層での記憶が、堰を切って押し寄せてくる。
厄猪という名前は、後から帰還したもう一人の生存者、アカツキの斥候リーガンさんから聞いた。
リーガンさんは私が離脱したあともその場に残り、Aランクパーティー“アカツキ”が崩壊する様を見届けていたのだ。
役割として。
攻撃のことごとくを弾き返す硬い体毛と体表、短い攻撃間隔にはリリア師匠ですら大技を出す余裕を持てず、師匠と回復役のセシリアさんがまとめて倒されたあとは、あっという間だったそうだ。
「筋力もそうだけど、体毛や体表を硬化してくるから、掠っただけでも大きな痛手があるの。それに剣も魔術も通用しない…」
実際に闘っているときは、ただただ硬い魔獣としか感じていなかったけど、あの頑強さは身体強化によるものだったらしい。
それが魔力を使った身体強化だということは、アカツキの風属性魔術士“ルカ・シフリンの覚え書き”に書かれていた。
リーガンさんと私が十八層から後送されるときに、報告用に持たされたもので、冒険者組合へ提出してあった物を、数日遅れてダンジョン・ヤグトから脱出したリーガンさんが返却を受け、彼らの最後の様子とともに私に届けてくれた。
「つまり、トゲトゲの付いた大岩が地面の上を飛んでくる感じですか」
「そう。だから……」
言葉が続かない。
頭が働かない。
目は見え耳も聞こえているけれど、見ている光景の意味が、聞こえる音の意味がふわふわと頼りなくなっていく。
回れ右をして地上へ向け走り出したくなる。
逃げ場なんてどこにもないのに。
手足の感覚が遠退き、自分が立っているのかさえ曖昧だ。
「タツヤ! ルーシーは“厄猪”とは戦えない。そこで守ってやってくれ!」
失礼ね、スレインったら。
と気持ちは思うものの身体はついてこず、私は溢れ出る記憶に翻弄されていた。
Biiizzzzzz───。
聞き覚えのある“厄猪”の怒りの鳴き声が響く。
小刻みなくせに重い攻撃が、角度を変えながら打ち込まれる。
あの攻撃のせいで、師匠は碌に技が出せなかった。
「くそっ、盾に亀裂が入ったぞ」
盾戦士のレピドさんは、不意打ちを受けて最初に倒れてしまった。彼が生きていれば展開が変わっていたのだろうか? それとも盾ごと打ち破られて、結果は同じだった?
いえ、“もしも”に意味なんてない。
レピドさんは死んだ。
セシリアさんも死んだ。
ノーラさんも死んだ。
ルカさんも死んだ。
そしてリリア師匠も死んでしまった。
私は見てないけど、私と一緒に後送されたリーガンさんは、その死に様を見ている。
厄猪が現れたら、みんな逝ってしまうのだ。
「シルィー、俺が動いたら厄猪の肢を空気槌で払ってくれ! お前の右手側からだ!」
「わか、った…」
「こらっ、タツヤ! ちゃんと姉さんを守ってろって!」
ぼんやりした頭に、そんなやり取りが聞こえてきた。
この人も行ってしまう……。
「あなたも行ってしまうの?」
タツヤさんの肩をつかんでそう問うた。
「すぐに戻ってきますよ」
「うそ」
「嘘じゃありません」
「………“アカツキ”だって、ほとんど全滅しちゃったんだから……」
アレのところへ行けば、みんな帰って来ない。
生き残ったのは、戦わなかった者だけ。
「いま行かないと、“怒濤の山津波”の皆さんが全滅しちゃいますよ」
「やだ」
知ってる人が居なくなるのは寂しい。
「そうでしょう? 幼なじみが全滅するのは嫌でしょう?」
「うん……」
「だからちょっと行ってきます。時間が経って、こちらが一人減るごとに勝率が下がりますからね。戦力が欠けていない今が、最大の好機なんです」
だけどこの人は帰って来られるのだろうか……。
“見えない壁”の、いえ“遮断”の技能を使うから、ひょっとしたら大丈夫なのかもしれないけど。
それとも“アカツキ”の時も、盾戦士のレピドさんが健在ならアレに勝てたのかな?
これまで何度も問い返して、一度も答えが出せたことのない問題だ。
「ほんとに帰ってくる?」
「帰ってきますよ。ここは“壁”が張ってあるので安全ですが、ルーシーさんが“出たい”と願えば、壁は消えます。なので“厄猪”…でしたっけ? アレに一撃入れたいなら歓迎しますよ」
「ホント? ……」
「本当ですとも。なにせルーシーさんは、五層調査隊の最大戦力なんですから。機会は作ります。それが“盾職”の勤めです」
そう言って、タツヤさんがこちらへ小指を出してきた。
「なに?」
「俺の故郷の“約束の印”です。小指を絡めて……」
言われたとおりに小指を絡める。
なによこれ、もの凄く恥ずかしいじゃないの。
「指切りげんまん、うそついたら針千本のます」
そう言って指を離すタツヤさん。
約束を破ったら針を千本のませるって、海胆でも飲ませるの?
ずいぶん過激な契約をする土地もあるのね。
「それじゃあちょっと行ってきます」
私が頷くとタツヤさんは───飛んだ!?
私が跳ぶのとは違う。
体を伸ばして空中を飛び、握った拳から“厄猪”へ突っ込んで行った!!
何よあれは!!




