18 ボス部屋調査1 Sideルーシー
ダンジョン・ヤグト第五層、未踏領域の調査初日は、第四層も終わりに近くなったところで、早めの野営になった。
今回、目的地へ向かう途中の行程は、“怒濤の山津波”に任せたのだけれど、パーティーごとに色合いというのは違うものね。
私がパーティーを組んだのは、旅先で師匠に弟子入りした時が初めてだったけど、リリア師匠は「夜番なんて気にせず寝ろ寝ろ。寝なきゃ明日動けないぞ」と言っていた。
そんなことを言って、夜のうちにどこかへ行ってしまうのではないかと寝たふりをしてみれば、いつの間にか寝入ってしまい、朝が来ればすでにひと狩り済ませた風の師匠が、獲物を火にかけて朝食の支度をしている姿を見るのが常でした。
ある夜ふと目が覚めると、周囲の気配がささくれ立っている。
魔獣の気配。
師匠は焚き火跡を挟んだ向こう側、魔獣の気配はそのさらに向こうから。
師匠の陰で先制攻撃ができないので、もう少し近寄るのを待つ。
驚かせて逃がしてしまうと、あとでまたやって来て面倒なのよ。
チラリと見えた姿は、猯の魔獣でした。
あと少し……。もう少し…。そろそろか。よし行こう!
そう思った瞬間リリア師匠の腕が動き、魔獣をむずと掴んでポイと投げ捨てた!
投げられた魔獣が宙を飛び、近くの木に当たって落ちる前に片刃の短剣が飛び、尻尾を木に縫いつける。
続けてさらに小さい刃が首に刺さり、魔獣が息絶えました。
凄い!
師匠はと見ると、……寝てました。
翌朝、目が覚めるといつものように師匠が獲物を火にかけ、朝食の支度をし、仕留められた魔獣が三匹に増えていて、中でいちばん美味しそうな角ウサギを食べ、猯からは魔石だけ取りだして、残りは埋めました。
魔獣の肉は、総じて美味しいので勿体ないのだけど、食べきれなかったからといって生肉を持って歩くこともできないため、割り切って!
くっ…。
その後、あのささくれ立った魔獣の気配で確実に目が覚めるようになり、眠った(あるいは半覚醒の)ままの師匠の手際を、十回中十回見られるようになるまでに五十日を要し、師匠と同じ行動が取れるようにはいまだ至っていていません。
二つ目に参加したのは、リリア師匠の付録で参加させてもらったAランクパーティー“アカツキ”。
ここは代表のレピドさんによる『人の体には生活とともに染み付いたリズムというものがあり、長く深くダンジョンに潜るには、地上の生活に倣った生活のリズムを崩さないことが重要なのだ』という考えのもと、砂時計で生活時間を刻んで、可能な限り地上と同じように行動していました。
ある意味、組合の推奨する行動を体現したパーティーと言えたでしょう。
そして三つ目が本日ただいま、組合依頼のために組んだ、Cランクパーティー“怒濤の山津波”を主軸とした臨時パーティー。
この“怒濤の山津波”とは小さい頃からの顔見知りで、ほぼ一緒に冒険者になったものの、私が登録から十日でDランクに、彼らがDランクになって“怒濤の山津波”が結成される頃にはCランクへ昇格して、ランク差がついて以降は距離をおかれています。
あの「姉さん」というやつね。
以前は互いに名前呼びだったというのに。ふん。
その“怒濤の山津波”のやり方は、時間ではなく行程のどこそこで休憩や野営をするか決めておくという方式でした。
“アカツキ”とは真逆で、外の時間は関係なし。
外へ戻ったときに昼夜の感覚がズレるという不具合はあるものの、行く先の情報があるのが前提なら、これもまた有効な方法でしょう。
「ミリアさんとクルトさんから差し入れがありますよ」
ダンジョンに入って最初の大休憩のときに、タツヤさんがそう切り出してきました。
姉さんと義兄さんから?
「いつものつもりで夕食を頼んだら、今回の参加者の顔ぶれを確認されて、全員の三食分用意すると」
「ミリアとクルトがか。あいつら気を使って……」
「お知り合いだそうですね」
「ああ……、オレの幼馴染みだ」
スレインがそう答えていた。
まったく……。
第五層へ入る前に交代で就寝する。
明日は第五層へ入って目的地へ直行し、そのまま探索に入る予定だ。
“怒濤の山津波”はダンジョンへ入るときに、通常荷運び人を二名雇って潜るそうだけど、今回は収納があるので荷運び人は無し。
そして夜の見張りの役割は私たちにも回ってくる。
当然ね。
三交代の見張りの最後を、私とタツヤさんで担うことになった。
シルィーさんは本日お休みだ。
今回、タツヤさんが“西の森探索”用に考案したという、糸を張り巡らせた“接触感知器”という道具を使ってみたけど、これがなかなか興味深い。
地面に挿した何本かの針へ、二段に張った糸に何かが触れるとコロコロと音を出す道具で、その外側に低く張った糸には触れても音が鳴らず、見張り人にだけ振動が伝わるという造りになっていた。
本職の斥候であるスレインも、興味深そうにしていた。
父の工房で作れないかしらね、これ。
先ほども小型の蜥蜴型魔獣が引っ掛かり、位置を教えられて私が小剣を投げて仕留めている。
『自分で仕留めないの?』
『遠距離攻撃は当たらないんですよ』
だそうだ。
この人にも苦手はあるのね。
何でも出来そうな気がしていたので、少し安心してしまったのは内緒。
『明日、いえもう今日だけど、貴方とシルィーさんは戦闘に参加したい?』
当然ながら周りは眠っているので、声量は極力抑えている。
『どちらかというと参加したいといった所ですね』
『微妙なのね』
『先日ここを通ったときはバタバタしてましたから、出会っていない魔獣もいますし、興味はあります。でも今回の目的は調査ですからね。その邪魔にならない範囲で戦闘に参加できれば上々ですよ』
ふーん、目的と手段を取り違えたりはしないのね。
“男の浪漫”と言っていたリカルドよりも、周りをよく見るスレインに近い感じ。
『じゃあ戦闘に参加できそうな場面があれば、参加してもらうようにするわね』
私もこの人たちが、実戦でどれくらい闘えるのか興味がある。
『了解です』
『それと……』
『なんですか?』
『クルト義兄さんが食事を用意してくれたこと、あまり掘り下げないでおいてもらいたいの……』
スレインたちと親交を深めるために、この話をきっかけにされるのは、少々あり難くない。
話しにくい内容だけど、無自覚に深掘りされるとさらに傷口が広がりそうなので、口止めをしておくことにする。
『理由を聞いても?……あ、怒濤の山津波の事を言い出したのはクルトさんですからね。俺は話していませんよ』
『分かってる。話したのはリーザさんね』
『リーザさん?』
『スレインの奥さんよ。姉さんとリーザさん、スレインが幼馴染みで、そこへ私やリカルドの年少組が加わった形なのよ』
『その幼馴染み'sで情報が回ったということですか?』
『リーザさんと姉さんは小さい頃からとくに仲が良くてね、私が五年ぶりにダンジョンへ入ると知ってお祝いしてくれたのよ。他所でもお祝いを言われたわ』
『ああ、女性の口コミ網ですか。(月那と妹みたいなものだな…)』
『以前にちょっとあって冒険者を休業していたのだけど、戻ろうと思えばいつでも戻れたのよ、そう思わなかっただけで。って、私のことよりもリーザさんよ。依頼内容が他所へ漏れていると広まるのは、あまり好ましくないわ』
『なるほど、確かに変なつつき方は出来ませんね。分かりました。このことについてはお口チャックしておきます』
そう言ってタツヤさんは、口の端を親指と人差し指で摘まんで横に引く。
“チャック”の意味が分からないけど、どうやら黙っていてくれるようだ。
あと仕草がカワイイ。
全員が起きて、姉さんとクルト義兄さんが用意してくれた食事の最後で朝食を済ませ、第五層へと出発する。
このくらいの浅域で単独の魔獣を相手にするなら、Cランク冒険者であれば鎧袖一触で推し通れる。
なので速度を落とすことなくサクサクと進んでいった。
「そろそろ転進しないと行き過ぎませんか」
「お、そうか。こっち方面は久しぶりなんで勘狂ったかな。すまんすまん」
随分大きく回り込んだ進路を取るわね。と思っていたら、タツヤさんが先頭のスレインに声をかけた。
ああそう言うこと。
タツヤさんたちのダンジョン探索者としての力量を測りに来ているのね。
まあそんなものか。
害にはならないから、口は挟まないでおこう。
そして目的地。
「けっこういるな」
スレインが呟く。
目的地の広場には、大量の魔獣が屯していた。




