6 ボス部屋調査 6
「くる…」「上だ!」
シルィーとスレインの声が響いた。
来たか。
期待を裏切らないな。
とは言えこちらも目の前の魔獣がまだ全部片づいていないので、あまり上を気にしている余裕はない。
少しの間、中列の皆さんに頑張ってもらおう。
あらかじめ考えていた罠を有効化する。
これは岩壁の中ほどに“庇”を作るものだ。材料はもちろん“見えない盾”の“防壁”を使っている。
地面で見えない盾を使った“腰高の壁”を張った要領で、頭上にもう一枚張った。いや二つ目を張ったということではなく、一筆書きで壁を延長した形だ。
こちらは角度をつけることで、岩壁から斜め下へ突き出した庇の形になっている。
浴槽の、抜いたゴム栓の“外周”のような形状だ。
ワンタッチ排水栓だからゴム栓がわからない? 住宅設備展示場で見てきてくれ。漏斗の広がった部分を途中で切り取った広い側という感じだ。
当然ながら、庇も視覚に映らない。
ん? なんだ? この感覚……。
庇の罠を有効化したところで、気配の感触が強くなった。
なんだろう?
……きょう初めてやったことというと「防壁を環状に展開した」ことか。
いつもは直線か、折れた直線の壁で使っていたからな。
先ほどから中列の三名や後列のリカルドの様子が、意外なほど良く分かると思っていたけど、これが原因か?
それが上下二段になって、“防壁”の面積が増えたことで感知の度合いが高くなった?
そうすると、“防壁”はある種俺の感覚器としても働くということになるのか?
ということは、筒状に全周を覆うか、いっそ球状に囲んでやれば……。
いやいや、役に立ちそうではあるが、戦いの真っ最中に考えることじゃないな。
“防壁”のもたらす(?)感覚は、精霊眼の精細表示のような視覚情報じゃなく気配のようなものなんだが、どんなかたちであれ全体の様子が分かるというなら素直にありがたい。
スレインの頭上に魔獣が一匹いる。
初手はスレインが矢を撃つ。狙う魔獣は俺の頭上にいるやつだ。
頭上のそいつも動き出した。
スレインの頭上の奴も上から……飛び降りずに、お尻を下にしてずり下がってきた。おい。
目の前で相手をしていた魔獣に盾鎚撃をかましてチラリと頭上を見上げると、こちらは頭を先にして駆け下ってくる。
矢を避けた勢いのまま下り始めたか。
一拍遅れて、ルーシーさんの頭上にも魔獣が一匹現れた。
でかいな。こいつが群れのボスか。
俺の頭上の魔獣が“庇”に到達した。
直上から俺に襲いかかるつもりだったようだが、“庇”によって進路を内側に逸らされ、見た目宙に浮く。
壁際に留まろうと必死に足掻いているが、その甲斐なく中空に放り出されて落ちる。
落ちた先にはシルィーがいて、風の魔術剣により魔獣は倒された。
“庇”の表面がアイスバーンのように、摩擦係数が小さくなるよう設定したのが上手く働いたかな。
“庇”を張る直前に思い付いたんだが、設定メニューがあるわけじゃないから、通用したら幸運☆くらいのつもりで追加設定してみた。
ちゃんと効いているようで何よりだ。
今度きちんと検証しよう。
スレインの上の魔獣が庇からはみ出したところで、垂れ下がった下半身へ向けてスレインが矢を放つ。
矢は見事に命中し、魔獣が落ちる。
「んぬおぉぉぉぉぉ!」
そこへ腰壁の外の魔獣に対処していたノルドが、大剣を大きく振り回して回転させ、体ごと振り返って落下途中の魔獣を切り裂いた。
名前が付けば「大回転斬り」とでも呼ばれそうな大技で、落下途中の魔獣を二つに切り裂き、その後も回転を減じることなく一周し、勢いをのせたまま腰壁外の魔獣にまで一撃入れた。
スレインが屈んで大剣の回転軌道を避けている。彼がノルドにタイミングを伝えたのだろう。
息の合った連携だ。
そのとき三匹目、群れのボスらしい個体は空中にいた。
前の二匹が岩壁の直下に降りられなかったのを見て、見えないものの障害があると判断したのだろうか、着地予定地点はルーシーさんのすぐ後ろだ。
スレインが弓を射るが、屈んだ姿勢から放たれた矢は魔獣の脇を抜けて飛び去った。
ルクスが中列に戻りながら槍を突き出そうとするが、少し距離が足らない。
シルィーが魔術剣を、たぶん長射程で突き出したが、魔獣は体勢を崩してまで身を捩ってこれを避けた。
魔術剣の剣身って見えないのに、分かるのか!? こいつ凄いな。
俺も加勢したいが、目の前には魔獣があと二匹残っている。
“防壁”の開口部をいったん塞いで中のボスを倒すかと一瞬考えたがその瞬間、目の前の魔獣に止めをさしたようで一匹消えた。
残り一匹となったところでチラリと横を覗うと、ルーシーさんは目の前の魔獣に集中している。
怒濤の山津波を信頼しているのか、それとも背後のことも気配で把握しているのか…。
いや、手を止めてないとはいえ余計な思考は技を鈍らせる。残りは一匹、俺も目の前の相手に集中してさっさと片付けることに決める。
こいつが最後の魔獣なら、先ほど後続に抜かれそうになった手で、魔獣を腰壁と盾で挟みこんで、口から片手剣を差し込み、奥まで一気に…よし終わった!
群れのボスが健在で、中列の三名とやりあっているのは気配で分かっていたので、俺も参戦しようと振り向くと、シルィーの魔術剣を掻い潜った群れのボスが、ルーシーさんの背中へ向けて跳躍するところだった!
慌ててルーシーさんの背中に“防壁”を張る。“一方通行”状態で。
群れのボスが“防壁”に遮られて接触した直後、俺の盾から“防壁”に沿って“衝撃”を打ち出したのと、ルーシーさんが体内魔力を瞬かせてコマ落としの動きで振り返りざま右手の刀で魔獣の腹を刺し貫いたのが同時だった。
次の瞬間“衝撃”が魔獣の頭に当たって、腹に刺さった刀を軸に魔獣の体が九〇度回転する。回転の直前に“防壁”の解除が間に合った。
ルーシーさんの体内魔力が再び瞬くと、先に相手をしていた腰壁外の魔獣に突き付けたままの左手の刀と合わせて、ハサミで断ち切るように左右から振り切ると、魔獣の首が飛んだ。
なんだこの人。
間近で見ると、傍で見る以上にとんでもないぞ。
あの速度にまったく反応出来ない。“防壁”も“一方通行”でなかったら、ルーシーさんの動きを邪魔してたところだ。
それにあの刀、いやに厚いと思ったら双剣、いや双刀だったのか。
いろいろ予想外のことが重なり、こちらを見てニッコリ微笑むルーシーさんを前にして、俺は魔獣の群れに放り込まれたとき以上に汗をかいていた。




