5 ボス部屋調査 5
魔獣たちが一斉に突入してきた。
四ヶ所の通路すべてからだ。
それぞれの通路に魔獣の一匹が入ると、一歩入り込んだところで“腰高の壁”により前へ進めなくなって足が止まる。そこを上から攻撃する。という手筈になっている。
前衛それぞれの腰高に壁を張ったので、足下を抜かれる心配は無くなった。後ろを気にする必要はなくなったが、やはり少々やり難そうだ。
だがこれでもだいぶ改善されているのだ。
外周を囲む岩壁へ、単純に“腰高の壁”を築いた場合、攻撃の種類が“突き”の一択になる。
“見えない盾”による腰高の壁と、岩壁に遮られて剣を振り回せないからだ。
そこで腰壁を、鳥かごの水飲み器や餌鉢のように、岩壁から迫り出させてみた。
これで斬撃八種のうち“上段からの切り下ろし”と“左右の袈裟斬り”が“突き”に加わり、合わせて四種類の攻撃が使えるようになった。
それでもゴブリンのような二足歩行で多少上背がある魔獣が相手なら、同じ状況でもさらに“左右の薙ぎ払い”が使えたので、いまは転移罠でゴブリン広場へ飛ばされたときより攻撃を出しにくい条件だ。
もっともあのときは剣よりも、シルィーと月那のブーメラン二十連による突貫攻撃に頼るところが大きかったのだが、今回は閉ざされた空間の内側で籠城戦の形を取るため、シルィーの精霊術による殲滅力には頼れない。
前回ダンジョン未踏領域から帰還するとき、同じく第五層で使えるようになった“一方通行の壁”は、今日は使っていない。
別に正々堂々を気取っているわけじゃない。
そんなことを言えば射撃や魔術などの遠隔攻撃は、充分に卑怯な攻撃手段ということになる。
それが出来るというのなら、理不尽ではあっても物理や術理など、世界の法則に含まれた手段なのだろう。
“一方通行の壁”を使えば、魔獣をさらに奥まで引き込み、一方的に壊滅できるだろう。
ならば何故使わないのか?
なんというか、馴染まないのだ。
戦いの中、思いつきで発動させてしまった経緯があるし、あれから機会がなくて一度も使っていないこともありそうだが、そうだな。“不安”というのが一番近いか。
職場の先輩に誘われて始めたMMORPG「七国( Seven Nation Fantasy Online )」
そこにあったのは、それまで見聞きしたゲームと比べて、格段の現実感をもった仮想の世界だった。
このゲームの現実感とは、画面の細密さのことではない。世界のそこここに“理”があったのだ。
能動性の魔獣がもつ知覚範囲に始まり、広い世界と多様な移動手段、手段ごとに異なる移動速度、そして移動に要する時間。 つまり距離と速度と時間、そこに確かな空間の広がりが感じられ、人と人、人と魔獣の地政学なんてものまであった。
もちろん幻想世界なので、現実世界にはない“魔術”があり“精霊”がいて“魔獣”がいた。
それらのすべてがちゃんとその世界の“理”に沿って存在していたのだ。
だがあの便利すぎる“一方通行の壁”は何だろう? とても現実の現象とは思えない。
“杭”や“壁”ならまだ分かる。
シルィーの魔術剣(防御)というか、“静止”の魔術? ああいったものが凝集して薄い板状の“場”になったとでも考えれば収まりはつく。
たとえ現実で実現されていないとしても、想像はできるのだ。
“一方通行の壁”は、この世界の写し絵のようなゲーム「七国」内で、レベル86だった俺でも聞いたことがない“スキル”だ。
限界レベルが99だったので十分上級と言えただろうが、それでもこんな技能に聞き覚えはない。
というか、こんな技能が実装されたら、ゲームバランスが取れずに、すぐ駄目ゲーム認定される仕様と言える。
「現実の方がゲームよりも自由で驚きな性質を持っているのだ」と言われたら返す言葉がないが、じゃあこれがどんな“理”で成立しているのかと言えば、まるっきり想像がつかない。
そこが問題だ。
正体が不明なこともだが、あまりに便利な“一方通行の壁”に寄りかかってしまうことに不安を覚える。
自分がなにを使えているのか“想像できない不安”が拭えない。だから当分の間この“一方通行の壁”は極力封印するつもりでいる。
身内に対しても、“一時的な効果”ということにしておこうか。
もちろん誰かが危ないときにまで封印を続けようとは思わない。不安はあるが、それはそれこれはこれだ。
でもなるべくこっそり使えるといいかな。
仮にこの“技能”が公になったとき、俺は凄いと賞賛されるか? ひょっとしたらそうかもしれない。
羨望の眼差しを向けられるのか? まああるかもしれない。
嫉妬されるか? ありそうだ。
自分の利益になるよう囲い込もうとされるか? 間違いなくあるな。
それは全力で御免被りたい!
元の世界へ戻る手段を探すためには、自由に動ける環境が必須だ!
力不足で身動きが取れないのは問題だが、世間のしがらみで身動きが取れないのもやっぱり問題なのだ。
幸い今、仲間たちは堅調に戦っている。
隣で刀を振るうルーシーさんは、相変わらず体内魔力を瞬かせながら、コマ落としのような動きで魔獣を屠っている。
俺より頭半分小柄なルーシーさんの持久力が心配だが、この世界では“筋力”は男性に、“魔力”は女性に有利に分布しているらしい(リディア談)ので、魔力による“身体強化”を使いこなすルーシーさんは問題ないのかもしれない。
だが、いちおう気にかけておこう。
その向こうで大剣を振っているノルドは、やや手間取っている感がある。
魔獣の方も、見えない腰壁の向こうでおとなしくしていてくれている訳じゃない。こちらの攻撃を避けたり自分の攻撃を届かせようと飛び上がったりするのだが、その動きを捌いたあと攻撃へ転ずるのにややもたつきが見える。
だが攻撃力が高いので、一撃入れば相手が沈黙するため、戦列の維持に問題はなさそうだ。
こうして他の大剣使いの戦いを見ると、月那は実に器用に相手に合わせ、両手剣一本で往なしから攻撃に繋げていたんだなと感じる。
俺はと言えばいつものように、盾で捌いてできた隙に片手剣を差し込んで痛手を与えている。
いちど腰壁と盾で魔獣を挟んで固定したところ、姿勢が低くなった魔獣の上を、後ろの魔獣が無理矢理乗り越えて来そうになったため、いまは壁を乗り越えようと伸ばしてきた前肢を頭ごと盾で押し上げ、後肢は壁に任せて後ろの魔獣への盾として使いつつ、伸びた腹を片手剣で突く方式に変えた。
後ろの通路を担当しているリカルドのことは、さすがに振り返って見ている余裕はない。
だが聞こえてくる戦闘音と、俺が腰壁を回り込んだときにチラリと見える様子を勘案するだけでも、意外なほど詳しい状況が判る。
戦いは安定しているものの、やや決定力に欠けるといったところで、一匹にかける時間が長い印象だ。
だが防御を抜かれそうな様子がまるでないのは、流石だし非常に安心できる。
中列の三名は、後方のリカルドと左翼のノルド兄弟への援護をしている。
シルィーはこの程度の状況では俺に援護をくれないし、スレインとルクスの兄弟は俺の盾側にいるため物理的な援護は出しにくい。
ルーシーさんは瞬きの間に位置を変えるため、中途半端に手が出せない。
そもそも前側の三名がわりと近いため、間に入っての援護が難しい。
必然のこる二名への援護となるわけだ。
そんな事情でシルィーは、主に反対側にいるノルドの相手に隙を出させるような援護している。
ルクスは後ろのリカルドの脇へ入り、槍での加勢と二匹目への牽制をしている。
スレインは得物が短剣と短弓なので、無理をせず監視主体に弓での牽制が出せるよう準備している。
よく分かってらっしゃる。
欲を言うなら、俺とノルドの位置を入れ替える。あるいは、シルィーとスレインが入れ替われるならその方が良さそうに感じる。
Cランク冒険者パーティー“怒濤の山津波”は、リカルドが魔獣を押さえてノルドが損害を与える。ずっとそういう形でやって来たのだろう。
だから今回のように別れざるを得ない状況では、殲滅効率が低下する。
別れた今の状況で、ノルドにいちばん有効な援護を出せるのは、シルィーの精霊術だ。
だがまあそれも、本当に欲目の話だ。
脆さを晒しているわけではないし、いまから変更できるものでもない。
そうして結構な数の魔獣を減らしたころ、転機がやって来た。




