25 帰還 sideルーシー
「お早うございます、ルーシーです」
「おお来たか。入ってくれ」
冒険者ギルド、二階の一番奥にある「組合長室」
ドレイク・シノハーグ冒険者組合タルサ支部支部長の執務室だ。
受付けカウンターに沿った吹き抜けに面するこの部屋は、玄関広間側にも窓があって、開ければ受付周辺の声が拾える。
それを知っている受付嬢たちが座りたがらないため、この真下の区画は私が担当することが多い。
この話が、組合長と会う機会のあるCランク以上の冒険者から伝わったのか、冒険者たちも奥の受付けを避ける傾向があって、私は忙しいということが少なかった。
最近は受付対応をしていた方が気が休まるのだけどね……。
「ザルクから、うちの冒険者が砦に保護されたと聞きましたが」
「そうだ。うちのというか、君の所のだな。Dランク昇級試験で“怒濤の山津波”を破っちまった連中だよ」
「“またり”と“白き朝露”ですか?」
私の所のって何よ。そりゃ確かにうちに投宿しているけど……。
「彼らは“西の森”へ探索に行っている筈です。帰還予定日は昨日でしたが、戻りませんでした。ダンジョン砦で保護というのはどういう状況なのでしょう?」
冒険者たちの宿泊場所を、組合は把握している。
これは緊急依頼や、大量動員が必要な場合に、速やかに連絡を取るための措置だ。
届け出は義務ではないが、強く推奨されている。
「日付が変わる頃にダンジョンから出てきた五人組の冒険者に、ダンジョンに入った記録がなかったそうだ。身元は明らかなのだが、本人たちはバルニエ大草原にいて、気がついたらダンジョン・ヤグトの中でゴブリンの集団と戦闘になったと言っているらしい。話が荒唐無稽なんだが、万が一“砦”以外にダンジョンの出入り口があるようだと厄介だ。他にも少々気になることがあって、数日中にこの件の調査を行なうつもりでいるので、彼らに案内を頼みたい。砦からは、地元の冒険者で、問題を起こさずダンジョンへ入っていた者たちなので、組合職員立ち合いで事情聴取をしたいという話なんだが、五人の協力を取り付けるついでに頼めるか」
「わかりました。砦へ行ってきます」
「獣車の手配はできている。騎乗ギルドで受け取ってくれ」
「はい、行ってきます」
†
“跳躍”技能を使って北門まで行き、騎乗ギルドで獣車を受け取る。
蜥蜴一頭立ての貨客獣車。あまり速度の出ないものだ。
早く行きたいのなら、単独で騎乗した方が早い。
私に限れば“跳躍”で行けばなお早い。
それでも獣車で行くのは、歩けない者や歩かせない方がいい者がいた場合、荷物や装備だけでも別に運んだ方がいい場合などがあるからだ。
獣車を曳く騎獣の選定には、緊急度の意味合いが含まれる。
速い騎獣や牽引力の強い騎獣は費用がかかるからだ。
速度も牽引力も程々の蜥蜴が用意されていたということは、緊急性は然程でないということね。
まあいいわ。
気になる事は多いけど、どれもこれも五人の顔を見てからよ。
ダンジョン砦へ着いて、砦の責任者であるレナド氏と情報交換し、みんなに話を聞こうと待機している部屋へ入ってみると誰もいない。
部屋の中央に置かれた卓の向こうを覗き込むと、壁を背にしたタツヤさんを中心に、全員が床で塊になって眠っていた。
卓を回り込んで五人を起こす。
「起きなさい。起きなさいってば」
肩を揺すると、タツヤさんが目覚めた。
「おはようございます、ルーシーさん。今日はひときわ綺麗ですね」
「なっ──」
「4刻──。ずいぶんと早起きですね」
「時間が分かるの? …と、それは後で聞くとして、なんで貴方たち猫饅頭になっているのよ?」
言われて、自分が周囲の子たちで身動きできなくなっているのに気付いたようだ。
「うる…さ…い……」
リディアさんはまだ寝呆けているわね。他は目が覚めたようだけど。
「ああこれは、害猪を倒した後で一休みしたときがこんな感じだったもので……」
「害猪ですって! 貴方たち、十一層まで行ってたの!?」
完全にCランクの領域じゃないの!
なんだってそんな所に。
というか、よく帰って来られたわね。
「いえ、五層の未踏領域ですね。ボス部屋です」
「五層で害猪!? 未踏領域!? ボス部屋?」
何だかよく分からない話になってきた。
「慌てなくてもちゃんとぜんぶ話しますよ。でもその前に一つだけ確認したいんですが、俺と月那が最初にゴブリンの大量討伐をした場所の調査、どんな結果になりました?」
「あれね、場所を見つけられなかったのよ。Dランクの冒険者パーティーに確認を頼んだのだけど、同じような岩が並んでいる場所だからか見つけられなかったようね。討伐したゴブリンの屍骸は紛れもなく本物だったから、貴方たちの昇級審査に影響が出るような話にはならなくて、ギルドもとくに問い直すことはしてなかったのだけど…」
“地図作成”技能を持つタツヤさんに、ギルドの地図へ印を入れてもらっていたけれど、頼んだDランク冒険者パーティーは依頼不達成で、ちょっと残念な結果になった。
「なるほどね」
「ともかく立ち話もなんなので、卓に着いて話しませんか」
責任者のレナド氏がそう言ってくれた。
そうね、ともかく話を最初から聞きましょう。
†
それにしても転移罠とはね。
そんな話は、昔ゼーデス王国のダンジョンにはあったらしいけど、文献に残っているだけで、もうずっと確認されていないはずだ。
前回のゴブリン大量討伐に匹敵するゴブリンの群れ、未踏領域探索に、第十一層からしか確認されていない害猪、第六層へ出た挙げ句に洞窟蝙蝠の群れ、巨大蝙蝠、害狼が率いた魔狼の群れ。
話の途中途中でそれらの魔石を出してくれたので、“害猪”の魔石が出たところで砦の身上鑑定器を使って確認してもらったのだけど、それらは確かに彼らが言う通りのものだった。
「貴方たちよく無事だったわね」
話が終わったとき、最初に出た言葉がそれだった。
「これを……」
そう言ってルナさんが出してきたのは、第五層と第六層の地図だった。
ギルドで複写した地図に手描きで追記したものだけど、これはまた細密な画ね。
先程から話に加わらずに描いていた物だけど、とても手描きとは思えない出来で、描き加えたのが中央岩塊の内側(!)だけなので、範囲がとても狭いのよ。
中央岩塊だけの拡大図なんて、需要がないからうちだって持ってない!
レナド氏も感心しながら複写を取ってくれた。
冒険者ギルドの分もだ。
そんな風に事情聴取は順調に進み、お開きとなって五人とも帰れることになった。
帰り際にレナド氏から、「例の調査依頼ですが、こちらも絡めてお願いすると組合長にお伝え願います。正式な手続きは今日中に進めておきますので」と言われた。
出がけに組合長が「他にも少々気になることがあって」と言っていた奴ね。それもやっぱりダンジョン絡みか。
「承知いたしました。必ず組合長へ申し伝えます」
何かいろいろあるみたいだけど、兎にも角にも帰りましょう。
「今日はギルドの獣車で来ているから、貴方たちも乗って行きなさい」
外へ出て獣車のところへ行くと、蜥蜴の騎獣がしきりに気にしている。
何をかと思ったら、タツヤさんとルナさんとシルィーさんだった。
それをじっと見ていると、ルナさんは大回りしてそそくさと車に乗り込んでしまった。
シルィーさんは他の二人と同じく、さらっと撫でてやり獣車に乗り込んだ。
タツヤさんはと言うと、しきりに甘える蜥蜴につかまって、撫でさせられている。
ふむ──。
「タツヤさんはココね」
そう言うとタツヤさん、何故だか荷台の下を覗き込んだあと、力なく隣へ腰掛けた。
なによ、私の隣はそんなに嫌?
「それじゃあ出すわよ」
「「よろしくお願いします」」「「「願いします」」」
獣車はバルニエ大草原に拓かれた道を進み、タルサ市北門を目指した。




