23 騎乗講習 3
チュン────
スズメ? ……なのか? こいつは。
全体は赤茶色で背中に黒い斑点、腹は薄茶色で、頬と嘴から喉にかけて黒く、目の周りの黒い隈取りに沿うように胸元にかけてが白くなり、明暗を付けつつ“のほほん”とした貌を印象づくっている。
どこからどう見ても“雀”に見える。
見えるが、体高二メートル、体長が三メートルを超えている、巨大な雀が小首をかしげてこちらを見ているのは、けっこう衝撃を受ける光景だった。
ダナン講師がココだけは全員一緒に連れてきたので、大丈夫なのかな? と心配していたのだが、流石はプロだ、問題はなかった。
他の騎獣たちのように俺と月那とシルィーに群がるものは居らず、雀たちは思い思いに過ごしていた。
何故かは不明だが、雀は俺たち三名に過剰な興味を持たないようだ。
貌を見ていると、ただ何も考えてないだけに見えるのだが、いずれにしても一息つけるのはありがたい。
そんな雀たちでも気に入らない相手というのは居るようで、俺たちより先に触りにいった三人が近づこうとすると、トットットッと離れていってしまう。
ダッシュしている訳ではないのだが、その離脱速度が妙に速い。
三人ともまったく追い付けないでいる。
へー、脚は速いんだな。
「タツヤー、ふわふわで気持ちいいよ。一緒に入ろうよ」
入る?
ハンナの声が呼ぶのでそちらを見ると、ハンナが一羽の雀の下に入って寝そべり、親鳥に温められる卵か雛よろしく雀の腹から頭だけ出してこちらを見ていた。
重くないのかな?
「スズメは腹の羽毛がフワッフワでね、寒くなると何羽も寄り集まって寒さを凌ぐから、あたしら子供の頃からときどき混ぜてもらってたんだよね」
「飼ってたのか? スズメ」
「飼ってないよ。
山の村だから、勝手に来て建物の日の当たる側に巣を作るのよ。村の衆も蠕虫の魔獣を食べてくれるから、たいていは放っていたしね。
共存共栄よ」
リディアが解説してくれる。
益鳥なんだな、スズメ。
「蠕虫の魔獣の魔石を吐き出すから、子供のいい小遣い稼ぎになってたしね」
人間がスズメの上前をはねていた!
そうこうしている間に他の雀も集まってきて、続々とハンナの上の雀に繋がって塊になっていく。
寄ってく? と雀が招くのでお邪魔してみると、これは良いな!
ふわふわの羽毛が暖かい空気をたっぷり含んでいるのに、通気が良くて今の季節でも暑くない。
冬場にこの生きた羽毛布団で野営出来たら、天国の心地よさだぞ。
いつの間にか混じっていた月那とシルィーも、ちゃっかり寛ぎ状態だ。
俺たちの様子を見て、混ざろうか混ざるまいか逡巡していた黒っぽい髪の女子も、心を決めて羽毛の塊へ入って一瞬で蕩けた。
あ、銀髪くんが雀の後ろから忍び寄って来ている。雀たちが固まって動かないあいだに触ってしまおうという魂胆だな。
抜き足、差し足。
銀髪くんがぱっと飛びかかった瞬間、狙われていた雀の後ろ蹴りが炸裂した。
どういう関節をしてるんだろう。からだを殆ど浮かせることなく後ろ蹴りが出ている。恐ろしい。
銀髪くんは後ろに吹き飛ばされる事なくその場で棒立ちになっている。雀が手加減、いや脚加減したんだろう。
と、一瞬意識を飛ばしていた銀髪くんが目を覚まし、目の前にあった雀の脚に掴みかかり、もう一方の手でタッチした。
なんというか、執念だな。
接触された雀の方は、しまった! というような顔をしている(気がする)。
「よし、そこまででいいだろう。受講生は集まれ」
ダナン講師が呼び、全員が集まった。
「今回は幸い、どの騎獣にもまったく気に入られない者は出なかった。だが目当ての騎獣に受け入れられなかった者はいるかもしれない。これから少し休憩にするから、この後どの騎獣で訓練するのか考えてくれ。後で教えてもらう。では解散」
俺たちと一緒に雀団子になっていた黒っぽい髪の女子は、「あのふわふわはとても魅力だけど、最終目標は荷車を引けないといけないから、私は四つ足のどちらかにするわ」と、あっさり決めて去っていった。
俺たちも考える時間だ。
重量物を運んだり曳いたりするのに一番向くのは四足蜥蜴。次が馬、二足竜も曳けるそうだが、どちらかと言えば小型の車を高速で走らせるのに向くらしい。
反対に雀は牽引不可、騎乗でも余計な荷物を乗せる力はない。ただし高速ということだった。
「二足竜かスズメかな。速い方がいいでしょう? 私たちの場合荷物を乗せたり車を引くのは考えなくていいし、戦場を駆けるわけじゃないから防御力は必要ない。何より手が掛からないのが良いから、私はスズメ推しね」
リディアがそう言う。
確かに俺たちの場合、荷物は収納が使えるし、戦場を駆ける予定もないから、竜の鱗による防御力も必須ということはない。旅の間あまり手が掛からないというのも得点が高い。
何より月那が馴染めるという意味で、馬か雀が好ましかったのだが、それを口に昇らせずに水を向けてくれるのはありがたいな。
「あたしもそれで良いよ」
「ボクも、同、じ」
「わたしもスズメで」
「あの羽毛は柔らかさは癖になるものな。俺もスズメだ」
こうして俺たちの騎獣は“雀”に決まった。
†
教えてもらった通りに、雀の繰具を付ける。
俺が知っている繰具というと馬のものだけだが、あれほど大げさではない。
繰具を革帯で固定するのは同じだが、座席は硬い皮で作った簡素なもので、リディアが身体強化なしで扱えるほど軽い。
馬の鞍というと、胴の上に跨がるかたちで置くのだが、雀のそれは肩に置く。要するに肩車だ。
これは同じ二足歩行の竜でも同じだという。
鞍に跨がるという意味合いで、馬はオートバイのようであり、脚を投げ出して座る雀や二足竜は、スクーターに似ているだろう。
馬で鐙に当たる脚乗せは、雀の場合鞍を固定する革帯に付いていて、スキーの締具のようにつま先と踵をはめ込む。
馬の轡と手綱に相当するのは、繰桿と呼ばれる棒が一本、首のところに付いている。
傍らから見たところは、どこぞの汎用人型決戦兵器の操縦席を排出したような見てくれだ。
この桿を手前に引くと首が上がり、視線の水平を保とうと体を前のめりにする事で加速する。
前に倒すと首が下がり、同じく体を起こす事で減速する。
何もしなければ現状維持で、前方に障害があるか疲れるか腹が減るか喉が渇くか飽きるかするまでその状態を維持する。おお、クルーズコントロール付きだ。
棹を左右に倒すと、首が傾いてそちらに旋回しようとするし、締具の右または左を押すと下半身を捻ろうとするというので、ひょっとしたら横滑りなどさせられるのではないだろうか?
さて、雀に騎乗して、……馬場ならぬ鳥場で歩くところから始めるぞ。
なんと言っても初心者だからね。
†
昼1鐘(12時)まで鳥場で基礎練習を繰り返し、雀に水と餌を与え、ブラッシングした後、自分たちの昼食である。
最初に基礎講習を受けた棟に戻ると、他の面々はすでに昼食を始めていた。
俺たちも机に着席して、腰嚢から弁当を取りだし食べ始める。
今日は収納を使っていない。
それぞれが実際に腰嚢から、氷で傷まないようにした弁当を取り出し、月那に蒸気加熱で温めてもらっている。
収納は冒険者ギルド以外の場所では見せない方がいい。というシルィーの助言に従った。
シルィーは面倒事を避けるために、以前からそうしていたのだという。
まあ商人とかに見られたら、熱烈な接触が来るのが容易に想像できるので、右に倣えだ。
四属性の魔術士はたまに居るので、せいぜい珍しがられる程度らしい。
見た目では精霊術士と区別が付かないしね。
騎乗講習の他の面子だが、女の子三人は馬に、銀髪君は四足蜥蜴で講習を受けるそうだ。
そう考えると、荷物の運搬にまったく向いていない走鳥を選んだ時点で、収納や整理箱の存在を疑われても仕方ないのだが、だからと言ってこちらから確証を与えてやる必要はない。
面倒だけど仕方がないね。
食事を終えて軽い午睡の後は、バルニエ大草原へ出て訓練だ。
五人のうちの誰かが先頭の一列縦隊になり、ダナン講師が殿に付き、時に前や横に出てきて、俺たちの行動を指示する。
例えば「あの並んだ岩の間まで並足で進め」とか「先頭を交代しろ」という指示があり、俺たちはそのように動くわけだ。
実際に広い場所で走ってみて、ひとつ気付いたことがある。
走鳥というのは、昔の戦争の時に軍が使っていた、単発の戦闘機と似た操縦感覚なんじゃないか? ってね。
俺は戦争なんてニュースや記録映像でしか知らない世代だけど、その頃の戦闘機の操縦席を写真で見て、操縦桿一本でどうやって動かすのか想像出来ず、ひどく悔しかった憶えがある。
アレはコレなんじゃないのか?
勿論あちらは三次元機動でこちらは平面走行だ。
あちらはワイヤーを使った直接制御で、こちらは鳥に意思を伝えるだけで実際に行動するのは走鳥自身、言ってみればフライバイワイヤーだ。
でも俺の中で、静かに胸落ちする感覚があった。
途中の休憩でハンナが自分で走り出して、雀と競争になっとき、「程々にしてちゃんと休ませろ」と言われた以外は、小言を言われる事もなく訓練は続いて行く。
次第に速度が速くなり、こちらもテンションが上がってつい走り出したくなるが、今は駄目だ。
ダナン講師は短い時間でなるべく多くを伝えようとしている。
難しそうに聞こえても、出来ない事は言わない。
やり方を考えろ。
どうすれば走鳥と一緒に走れるのか感じ取れ。
伝えようとしてくれている事を理解し、可能な限り吸収しろ。
高揚感な時間が過ぎていったが、それもいつかは終わりがくる。
「よくやったな。これで最後だ。
ここを真っ直ぐに降りて、あの岩を踏み越えろ」
初級者向けのスキーゲレンデほどの下り傾斜を、直滑降で降りた先に三角に突き出した岩が見えた。
走り出す。
下り坂なのでどんどん速度が上がっていく。
三角の岩は射出台だ。そこを踏み切ると…
飛んでいた。
跳ぶじゃない、飛んで! だ。
走る事に特化した走鳥の、あまり大きいとはいえない羽を羽ばたかせて、走鳥が宙を飛んでいた。
スキーのジャンプ競技というのはこんな感じなのかな?
そんなことを考えている間にも、無常に地面は近づいてくる。
着地だ。
コイツと俺自身の重量を、コイツひとりに背負わせるのは申し訳ない。
最終的にはコイツの負担となるわけだが、一度に背負わせない方が良いだろう。
それには──
着地の直前に腰を浮かせ、着地の瞬間に膝を曲げて、俺の体重がコイツに掛かるタイミングを遅らせる。
ダンジョン・ヤグト第五層で、害狼が俺の盾鎚撃を去なしたのと同じ要領だ。
ふわりと着地し、少し走ったあと停止。そして進路を塞がないように脇へ避けて後続を待つ。
ずいぶん下まで一気に降りたな。
ダナン講師が合図しているのだろう。月那が、ハンナが、リディアが、シルィーが、次々と飛んで降りては俺の隣に並んでいった。
最後にダナン講師が走り出す。そして飛ぶ。
驚いた事に、ダナン講師は俺たちが待っている場所を越えて飛んで行き、さらに遠くでふわりと着地した。
俺たちがそちらへ寄っていくと、
「本日の訓練はこれで終了だ。先に言っておくと、お前たちは五名とも合格だ」
おお、やった!
皆も大喜びだ。
走鳥たちも分かるのだろうか、ちょっと嬉しそうに見える。
「早々に免許を発行して冒険者ギルドへ送っておくので、遅くとも三日ほどで受け取れるだろう。そうしたらまたコイツらに会いに来てやってくれ。
それでは厩舎まで戻るぞ」
五人一斉に走り出したが、俺はふと思い付いて、コイツの好きに走らせてやる事にした。
他の四人よりも少し遅れたが、離されることなく同じペースで北門に到着した。
そして今日一日付き合ってくれた走鳥たちに水と餌を与え、ブラッシングした後、厩舎の係に引き渡して騎乗ギルドを後にした。
†
いつもの並びで歩いている。
騎乗免許講習を終え、冒険者ギルドへ向かっているところ。
前を行く三人は興奮しきりだ。
横にいるシルィーも心なしか嬉しそうに見える。
「三人とも騎獣の扱いは上手かったんだな」
「生活、に、密着、した、技能、だから、ね。でも、走鳥、は、初めて。馴れて、いた、のは、動物、との、付き合い、方、だね」
そうか、付き合い方か。
その付き合いのおかげで、突発事故でダンジョン・ヤグトの未踏領域に跳ばされ、そこから戻るために疲弊した、俺たちの、とくに月那の精神が癒やされた様子なのがありがたかった。
ルーシーさんの事だから、そういう計算もあって騎乗免許の習得を勧めたんだろう。
唐突だったものな。
まったく敵わない。
そのルーシーさんが目の前にいて、俺に言った。
「貴方と月那さん、別れてもらえないかしら」
──は?




