19 帰還
「敵がこっちへ向かってる。
大型犬サイズが十匹以上の群れだよ」
ハンナの警告に、俺たちは警戒を強めた。
大型犬サイズで群れというと、魔狼か?
「ゴブリンと同じ手順で倒そう。
近くに隅がないので、この岩塊を背にして壁を築く」
「「はい」」「わかった」「りょう、かい」
魔獣で群れをなすものは多くないらしい。
もちろん例外はある。
ゴブリンがそれで、もう一つ有名なのが魔狼だ。さっき驚かせてくれた洞窟蝙蝠もそうだが、あれは統率された群れとは違うかな?
ともかく、他は群れてもせいぜい数匹ていどらしい。
群れをつくる相手の何が面倒かって、指揮個体がいて連携する場合があることだ。
力比べ、速さ比べでは終わらない場合があるのが面倒の種になる。
見えた。
三匹が先行して向かってくる。速い。
俺は防壁を張って迎え撃つ。
今回は左右に各四メートルの壁を伸ばしたあと、後方へ八メートル伸ばした上で、背にした岩塊へ向けて伸ばし固定している。
広さにしたら四十畳ほどの、野球のホームベースのような形の空間を確保した。
先行する三匹が近づいてくる。
中央の一匹が一歩前に出ているため、こちらの最前部にいる俺と最初に接触する。
俺と接触した魔狼は、足下から伸び上がるように跳躍して盾を飛び越えようとしてきた。
見えない盾に激突して自爆してもらおうと、わざと足下を空けておいたのだが、残念ながら引っ掛かってはくれないようだ。
あくまで喉笛狙いで上に来ると言うならそれもいい。軽めの盾鎚撃で、魔狼の重心の少し上を斜め上方向へ打ち上げてやる。
盾を飛び越える直前の瞬間に盾鎚撃を受けた魔狼は、前進する力を削がれたうえ体を起こされてしまい、空中でこちらに腹を見せて宙に浮いた。
無防備に大の字になって腹をみせた魔狼に、片手剣を突き込むと、一匹目はあっさりと魔石に変わった。
ゴブリンならなにも考えずに壁に撃突してくれるのだが、やはり魔狼の方が攻撃が速いし複雑だな。
一歩遅れて走ってきた二匹目と三匹目は、俺より一歩下がった位置に陣取った月那とハンナへ向かった。
二匹は一匹目よりも遠い獲物に狙いを定めたため、飛び掛かる踏切り位置も相応に奥になる。結果いちばん速度と力が乗った状態で、防壁に頭から突っ込んでくれた。
加減なしで防壁にぶつかり脳震盪を起こしたように見える魔狼二匹。
死ぬと魔石に戻る(戻るんだよな? よく分からんけど)洞窟型の魔獣に、脳があるのかどうか大いに疑問だが、状態としては脳震盪の様子を見せてよろめく魔狼。
そこへ月那の石弓とハンナの弓から矢が放たれる。
至近距離で止まっているも同然の的を外すはずもなく、魔狼二匹も魔石に戻った。
最初の三匹が魔石に戻る頃、本隊が到着した。
十匹の集団だ。
一番大きいのが離れた場所で止まってこちらを見た。あれが群れのボスか。
残りのうち七匹がボスの左右に停止し、二匹がこちらへ走り寄り、仲間の魔石のところで匂いを嗅ぎ始めた。
犬みたいだな。狼か。
こちらも黙って見ていた訳ではないが、さすがに正面に見えている矢は避けられる。近寄られ過ぎると、今度は壁が邪魔になって矢が射れない。
壁は目に見えないので視線は通るのだが、矢に対しては壁として働くので死角ができる。
こちらからの攻撃だけ通ると助かるのにな。
というか、それ出来ないのかな?
………“一方通行壁”、出来ないかな?
俺が自分の剣を壁の裏から押し当てながら、一方通行が出来ないかと試していると、魔石のところにいた魔狼が魔石を咥えて、食べた!?
二匹共だ。
食べた二匹はそのまま奥へ向かって走り去り、岩の陰に入って見えなくなった。
意味が分からず驚いていると、その隙に残りの七匹がこちらへ向かってきてきた。
そして気付いた時には壁の外側へ張り付かれていた。
魔狼たちは数にものを言わせて、壁の外側でときおり肩から体当たりしながら周囲を走っている。
見えないが壁があり、壁際は攻撃されないと学習したようだ。
これを待っていた。
「弓で攻撃! 壁は無いものと思え!」
射線が壁に引っ掛からないようして機会を窺っていた月那、ハンナ、シルィーの三人は、射線を下げて矢を射ちはじめた。
連射だ。
押せば押し返されて通れない、見えないが壁があると認識していた魔狼たちは、無防備にさらしていた腹を次々に射抜かれていった。
安全だと思っていたら、じつは遮るものも無いいい的になってしまった魔狼たちは、三人の斉射と連射によって七匹が倒れ伏した。
石弓はやはり連射性能に課題があるよな…と後ろを窺うと、やっと次矢を装填し終えた月那の向こうにいるリディアの頭上から、魔狼が襲いかかろうとしていた。
「リディア! 頭上に敵だ! 前へ逃げろ!」
たぶん仲間の魔石を食ったやつらだろう。背にしていた岩塊を乗り越えて、最後尾にいるリディアに襲いかかろうとしていた。
リディアが後ろも見ずに前へ走ると同時に矢が三本、二匹の魔狼へと飛ぶ。
シルィーの側にいた魔狼へは月那の短矢が、月那の側にいた魔狼へはシルィーの矢が、そしてハンナの矢は交差方向へ射るとリディアが射界に入るためだろう、月那が狙ったのと同じシルィー側にいた魔狼に吸い込まれた。
あ───ボス狼から全員の視線が切れている。
慌てて前へ向き直ると、ボスの魔狼がすぐ目の前まで迫って来ていた。
だが盾は前に向けたままなので、まだまだ対応は可能だ。
ボス狼が見えない壁を飛び越えると、盾に向かって跳んでくる。
最初の魔狼と同じように盾を打ち出し、ボス狼をお手玉しようと試みるが、ボスは膝を曲げてその打撃を殺してきた。
ネコか! お前は!!
斜め上に突き出した盾を乗り越えて俺の喉笛を狙って来るボス狼。
だがまだだ。
“打撃”───
盾の上側から、遮断スキルを打撃のかたちで放つ。
ここ第五層に着いて最初の洞窟蝙蝠に使った、“杭”の再構成版だ。
名前はいま何となく出た。
下から顎を打ち上げられたボス狼は、上体を盾から離して起き上がらされた。
その下顎へシルィーの矢が刺さり、左手の月那から肩の高さの突きがボス狼の右胸に入り、ハンナの山刀が延髄を切り裂き、俺の片手剣が盾の下越しに下腹部を貫いて、闘いは終了した。
「ごめん、あたしが後ろを向いてしまったもんだから」
「いや、先に後ろの様子を見に振り返ったのは俺だしな。気にするなよ」
「でも」
ハンナが謝ってくるが、これはどっちもどっちだ。
後ろの様子をまったく確認しないまま戦うことは出来なかったし、強いていうなら魔狼たちの連携が、考えていた以上に巧妙だったということだろう。
本来野生の狼は、群れで狩りをするときに、どれかの個体が傷を負う危険を冒さない。相手が強いと分かれば被害が出る前に引き上げるらしい。
一体を犠牲にして獲物を仕留めるような行動はしないそうなのだが、今の魔狼はそうではなかった。
仲間の魔石を食うわ、全滅寸前になっても襲ってくるわ。だいたいあれだけ巧みな連携を取ってくるのに、吠え声ひとつ聞こえなかったのだ。
どうやって指示を出しているのか、まったく謎である。
「ともあれ後悔も反省も生きていればこそだ。
さっさと帰ってたっぷり反省しよう。
できるだけこそこそと、目立たず戦闘を避けながらな」
「なによそれ」
リディアが呆れ声で言ってくる。
矢と魔石をささっと回収して速やかにその場を立ち去った俺たちは、今度こそ魔獣と会敵することなく、第五層から第四層へ繋がる八本の斜路のひとつ、通称“十番径路(地図の十時方向にある径路)”へと向かった。
†
回収した魔狼の魔石を収納の収納物鑑定で調べてみると、ボス狼のものが“害狼の魔石”となっていた。
“害狼”というのはギルドの資料によれば、第九層からソロで現れる上位魔狼だったはずだ。
つまり第五層では普通見ない希少魔獣ということで、これは階層主だったんじゃないか?
ボス部屋の害猪はともかく、階層主がいちばん通交量の多い正規径路に出るってのはどういうことだ?
いや、魔獣に人の都合は関係ないだろうから、正規径路に出るのは有りだろうが、ギルドの資料に五層の階層主なんて記述はなかったのが気になるな。
気になる事はまだある。
仲間の魔石を食った二匹の魔石なのだろう、魔石の中の二個だけが他よりも大きかったのだ。ボス狼ほどではないが。
魔獣って仲間の魔石を食って力を増したりするものなのか?
まあ今ここで考えても答えが出る話ではないのは分かっている。
さいわい魔狼の群れ以降は魔獣に遭遇することもなく、無事に十番径路へたどり着き、俺たちは第五層を後にした。
そしていま第四層。
「正面から魔獣が三体来るよ。たぶん狼」
と先頭のハンナが報せを飛ばしてくる。
三角形の隊列で急速に近づいてくる魔狼。
俺の喉笛を狙って下から飛び上がってきた一匹目の魔狼を盾で受け、浮かせてお手玉して、空宙でジタバタしているうちに腹から頭に向けて片手剣を突き込み、死亡と同時に収納へ格納する。
二匹目も似たようなコースを取り、ハンナの喉笛を狙って飛び上がってきたところを、シルィーの空気槌が下から上方へとカチ上げる。
飛びかかったつもりがアッパーカットを食らい、顎を上げてしまった魔狼は、ハンナの山刀に喉から腹まで切り裂かれて絶命する。
魔狼が消滅して空中に残った魔石は、シルィーの“吸引”に引かれて手の中に収まると同時に、シルィーの収納に格納された。
二匹目を切り下ろして姿勢が低くなったハンナにむかって、頭上から襲いかかってきた三匹目が山なり軌道の頂点を過ぎたところへ、ハンナの後方から差し出された月那の両手剣が襲いかかる。そこに狼の魔獣が噛みついた瞬間、一瞬ピクッと震えてそのまま月那の収納に格納された。
ゴブリン部屋、第五層ボス部屋、第六層、第五層と続けて苦労させられた俺たちにとって、第四層はかなりやり易い場所だった。
じつに素直なダンジョンだ。
慢心してはいけないが、実際問題足を止める必要がほとんどない。
魔狼が複数出ても、せいぜい並みの魔狼が三体だ。
問題はなかった。誰も初見の場所だなんてことを気にしていなかった。
地図作成スキルのおかげで、迷子の心配もない。
正規径路を進むと、第三層へ通じる斜路へ辿り着く。
ここを上がればよく見知った場所に出る。
そして第三層。
ほとんど競歩という速度で進んでいく。それでも体力面で最弱のリディアですら、もう遅れることはない。
散発的に襲ってくる魔獣も、足を止める事なく誰かが一人一撃で仕留めている。
二層へ上がる斜路へ到着したところで、無理矢理進行を止めて携行糧食を食べさせた。
水分補給は各人で適宜行っていたが、腹に固形物を入れていなかったので、ここで無理矢理にでも食べさせる事にした。
なぜかって?
全員が走っていた。
全力疾走ではないが、結構な速度だ。
斜路を上がりきるところまでは競歩だったのだが、第二層へ出たところでジョギングになり、十分も経つ頃には軽いマラソンになっていた。
そして第一層。
ここではもう魔獣に襲われる事すらなくなっている。
いま、二十三時三十一分。
最後の昇り斜路となり、壁や天井が人工物になる。
その先に見えているのは、ダンジョン・ヤグトの“入口”だった。
通算三度目のダンジョン・ヤグトは、変則に散々振り回されたな───




