18 地上へ
ダンジョン・ヤグト第五層は、巨大なドーナツ状の大空間だ。
天井の高さは六層と同じく三十メートルほど。
広さは、中央岩塊から外壁までが最短で千メートルくらいだ。
俺たちが出てきたのは、中央岩塊の九時(西)方向。
目的の正規径路は、外壁に開いた八つの通路すべてが四層と繋がっているため、最寄りのものを選択。十時(西北西)の方向にある、通称十番径路だ。
ボス部屋の入口扉を外から確認したい気持ちはあるのだが、中央岩塊の三時(東)方向と反対側なので、今は無視して通過する。
広い平面なので、先頭が俺とハンナ、二列目にリディア、後列にシルィーと月那という密集隊形で進んだ。
当然、避けられる戦闘はなるべく避ける進路をとっている。
風の探知で探知済みの範囲を出る前に、一旦止まって再度探知をかける。
洞窟蝙蝠が来るかもしれないと緊張したが、結局そんな事もなくあたりは静かだった。
ひょっとしたら洞窟蝙蝠は、中央岩塊の壁沿いに生息していて、天井全体に広がっている訳ではないのかも知れない。
中央岩塊を出たところで一度壊滅させているので、壁から離れたところで風の探知を使っても、それを感知する蝙蝠がいないということならそんな風になるだろう。
戦闘せずに済むならそれに超した事はない。と、俺たちは先を急いだ。
さらに何百メートルか進んだあと、三度目の探知をかけると少々面倒な事が分かった。
魔獣に見つからずに迂回出来る広さがない場所に差し掛かったのだ。
大きめの岩塊を背にして陣取り、通常の狩りに近い隊形をつくる。
第五層のボスを倒しているのだ、一匹づつなら一般の魔獣に後れを取る事はないだろう。
とは思うものの、何があるか分からないのがこの世の常だ。
現に俺と月那は、こんなダンジョンの中で魔獣を狩る羽目になっている。
向こうにいた頃は想像もしてなかった状況だよ。
リディアから強化をもらって、ハンナが飛び出していく。
この釣りのあいだの待ち時間というのが、間が持たせにくいというか中途半端なんだよね。
必要以上に緊張していては、戦闘を始める前に消耗してしまう。弛緩しきってしまえば、いざ戦闘が始まったときに力を出し切れない。
なにか一瞬で戦闘状態に入れるいい呪文はないものかね?
寿限無寿限無………いやいかんいかん、雑念はいかん。
ん……ハンナが戻ってきた…気がする。
月那の媒介効果で、誰か聴覚探知持ちからの情報が流れてきてるのか?
シルィーは……違うな。月那自身……も違う感じがする。
ハンナ本人か?
彼女も、精霊が云々という話をしなければ聴覚探知持ちだ。
むしろ精霊抜きで考えれば、彼女の聴覚探知がいちばん鋭敏だろう。
そうか、こちらへ戻ってくるハンナ自身の聴覚探知情報が、月那を媒介して流れ込んできているのか。
相変わらず楽しそうに走っている感じが伝わってくる。
釣果は上々のようだ。
相手の足はかなり速いが、障害物を盾にしてうまく速度を削いでいるみたいだ。
((そこの岩陰を回れば姿が見える))
俺は立ち姿勢を軽く緊張させて、ハンナの帰還と獲物の来訪に備えた。
俺が体に緊張を纏わせるのと同時に、右手の月那と、月那の後ろのシルィーが緊張を纏い、半呼吸遅れてリディアがそれに倣った。
うん、みんな分かってるね。
岩場の向こうからハンナが顔を出した。
俺たちの前は少し開けた広場になっているので、そこをハンナが一直線に駆け抜けてくる。
「よろしくっ」
「おつかれ」
片手剣を持った右手を挙げて迎えると、俺の横を通る瞬間に掠るようにハイタッチしていった。
持った剣が揺れないように加減されているあたり、芸が細かい。
そして姿を現わす魔獣。
「あ……」 あれは───。
「あー、月那。
新しく思い付いた手立てで動きを止めるので、止めを頼むよ」
「はい。わかりました」
「ぷっ」
リディアが吹き出した。
「リディア」
「だって」
ハンナがリディアを窘める。
「慢心する奴は長生きできないぞ」
そう言ってリディアを出しに使い、俺も自戒する。
猪だった──。
体重百キロを超えていそうな立派な猪の成獣(の魔獣)なんだが、害猪の後ではどうしてもね。
ダンジョン・ヤグト第五層から下の層で現れる“魔猪”だったな、たしか。
“害猪”がハイルーフの軽自動車だとすれば、“魔猪”はビッグスクーターが向かってくる感じかな。
ただし車と違ってどちらも張りぼて感はまるでない。
みっしりとした筋肉の塊だ。
“盾”の実績があるから割りと平気にしていられるが、素の俺が体ひとつで向かい合いたい相手ではない。
脅威度がビッグスクーター程度の“魔猪”でもだ。
そうこうしている間に魔猪が近づいていた。
こちらも気を引き締めて、接触の間合いを計る。
“捕獲”───
遮断スキルを発動させると、股間のあたりへ向かってきていた魔猪が高さを上げ、肩のあたりへ向かってくる。
そして接触の瞬間、下へ落ちた。
そう、落ちたのだ。頭を下にして、落とし穴に嵌まったように。
幼児用の滑り台を想像してほしい。
高さは六十センチほどだが滑落面は四メートルくらいの非常に緩やかなものだ。
そこから魔猪が滑落面を逆走して駆け込んでくる。
高さを上げつつ前へ進んだ魔猪は、頂上の先で前肢を踏み外して頭を下に落ちる。
落ちたところには篭がある。
四つ足の獣型魔獣なら、後肢が中空を蹴る事になり、駆動力を得る事ができなくなって抜け出せない。
もちろんこの罠は“見えない盾”で作っているので、相手には穴がある事すら分からない。
完璧だ。
そこへ月那が止めを入れる。
魔猪が収納された。
「これが新しく考えた手立てってやつなんだ。
じゃあ次も同じ魔獣を連れてくるからね」
魔猪が収納された瞬間、ハンナが次の魔獣を釣りに出た。
よろしく、と片手を上げて送り出す。
───ん? 月那さんなにをしているのかな?
月那が、さっきまで魔猪がはまっていた部分をぺしぺしと触りながら何やら考え込んでいる。
「達弥さん、次の魔獣はわたしにやらせてもらっても良いですか?」
「何か考えてるの?」
「はい、ちょっと。うまく行かなかったら助けてくださいね」
そう言って拝まれては、嫌とは言えない。
こちらへ来た当初こそ危なっかしい精神状態だったが、持ち前の順応性の高さからか、いまではとんでもない壊滅力を持っているのだ。
俺は二つ返事でオーケーした。
ハンナが戻ってきた。
後ろに先ほどのと同じくらいの魔猪を連れている。
こちらを見たハンナが「 ? 」という顔をしたので、コッチコッチと月那を指差してやる。
納得したらしい顔でハンナが月那の横を通り抜ける。
目標を切り替えた魔猪が月那に迫る。
魔猪が目標を変えないように、こっそり両側に壁を張っていたのだが、必要なかったようだ。
そして“接触”の瞬間、
“落し穴”───
素直な落し穴だった。
初めて見る、月那の地属性術だ。
あまりそんな感じはしないが、土だって立派な流体だ。だから月那には操れるのだろう。
大陸は旅をするし、海底が山登りをしたりする。マントルだって鍋のお湯よろしく対流するからね。
だがそれにしても発動が速い。いや、水属性術を混ぜて泥濘化して操作したかな?
“洗浄”の派生技か。
うん月那らしい芸の細かさだね。
頭から穴に落ちた魔猪は、穴を掘ったときに出た土で作ったのだろう、月那との間にできた土塁に腰を打ち付けて逆立ちしていた。
月那はそこへ構えていた両手剣をそっと当てて、ずぶりと魔猪に刺し込んだ。
ああ、剣も魔術剣を発動していたのか。
地、水、風属性を満遍なく使っていたわけだ。
魔猪が月那の収納に格納されたとき、ハンナが声を上げた。
「敵がこっちへ向かってる。
大型犬サイズが十匹以上の群れだよ」




