17 ダンジョン・ヤグト 第五層
正規径路を第六層から五層へ向けて昇っていく。
こちらの通路も転移部屋と第六層をつなぐ道と同様、歪な螺旋を描いて続いていた。
地図作成技能は通常地面や階層を平面図で表示するが、いま歩いているような階層を跨ぐ斜路では格別何も表示されることはない。
これまでは直前にいた階層を表示したまま、しばらくすると表示階層が更新されて、そちらの地図の中で移動を始めるという風に変化してきた。だが今回に限っては径路途中の表示が連続して変化しているよう見える。
というのも、いま歩いている正規径路と、転移部屋から第六層へ降りるのに使った道が地図に示され続けていて、その相対位置が変化するのを見て気がついたのだ。
ときどき中央岩塊の縁らしい表示も現われる。
「…月那」
「はい、なんでしょう?」
「地図作成技能の表示がいつもと同じか見てくれ」
「はい。……あ、なんですか? これ。通路の平面……図?」
月那の場合、地図の表示寸法は変化させられるが、表示を広げればその分視界を遮るので、今いるような比較的安全な場所でないと地図作成技能を使わせられない。
俺の場合は、視界の範囲外へ地図を表示できるので、余裕があるときなら視界にかからない領域に地図を広げておける。
もっとも表示領域が増えると脳の負担が(たぶん)増すので、無意味に表示はしていないが。
確認してもらうと案の定、月那にもいつもと違う表示が見えたようだ。
ダンジョン・ヤグトで階層を移動する斜路は、知られている範囲では第四層と第五層の間を除いて各一箇所だ。しかし今ここには知られていないもう一つの斜路が並んで走っているために、地図作成スキルの動作が変わったかな?
いやもっと単純か。
六層と五層の間に、途中で表示を変えなければいけないほどの距離があるために、別地図として扱わざるを得ないんじゃないか?
いくらゲームっぽい、“魔術”だの“精霊”だの“収納”だのがある世界でも、現実である限り現実空間の約束事に合わないものにはならない。
製作者や利用者の都合で途中を端折って地図をポンと切り替えるというような訳にはいかず、地図の方が現実に合わせるより他にないわけだ。
俺の中で、カチリと音を立てて嵌まった感触があった。
今いるここは、元の世界とすこし……けっこう違ったルールに則ってはいるが、それでも確かに現実なのだと納得できた。
ここが現実なら、俺の知る現実をここへ現出させられないものだろうか。
全部はもちろん無理だろう。前提条件が違うのだから。
だが全部がぜんぶ駄目という訳でもあるまい。
手始めに地図の表示だ。
試すだけなら経費は無料だ。
この技能が空間の情報を立体で収集しているのなら、おなじ中空視座でも直上俯瞰の平面地図ではなく、二軸の回転を加えて鳥瞰視点の立体表示に……グリグリっ…と…、……できた。
透明な地球儀を思い浮かべてくれ。
地軸ともう一つ、地軸に直交する第二の軸を想定する。
第二軸も、地軸と同様に地球儀の中心を貫いている。
この二つの軸を回転させる事で、透明な地球儀の内部に収められた立体をあらゆる方向から観察する事ができる。
最後にもう一軸、先の二軸と直交する第三の軸を想定すれば、傾き具合が調整出来るようになるが、これはあった方が便利という程度だ。
それよりも拡大・縮小ができた方が便利だな。
よし、これもいけた。
これで第六層から第五層へ繋がる斜路が二本と、その両端に第五層と第六層の階層を繋いだ 3Dの立体地図が出来上がった。
うん、通路全体の構成を直感的に把握するには、立体表示できた方がいいね。
高低差が無視できるなら、ふつうの平面図表示で問題ないんだけど、宝箱部屋の前後のような高低差があると、立体表示にした方がだんぜん把握しやすい。
こうしてみると、二本の斜路は二重螺旋を描きながら伸びているんだな。
二重螺旋というのはデオキシリボ核酸の立体構造としてよく紹介される右巻きのアレだ。
「月那、“地図作成”の地図を、カーナビゲーションの“平面表示”から“鳥瞰表示”に切り替える感じにできるかな?
“2D表示”と“3D表示”って名称かも知れないが」
「うちのは“平面表示”と“俯瞰表示”ですね。運転者が父と母で代わるとき、ナビの表示も切り替えてますから分かりますけど……」
「いま俺の頭の中でもやっているから、月那も試してみてくれ」
「はい……………、あ! できました!」
月那も無事にできたようだ。相変わらず飲み込みが早い。
「これは……凄いですね」
「そうだな。
機械モノは苦手って聞いてたけど、よく分かったじゃないか。表示のこと」
「苦手ですよ。でも母がわたしに輪をかけて苦手なので、ナビの事は否応なく覚えさせられました」
「な、なるほど」
「ちょっと、人の頭越しにイチャイチャしてないでよ」
「「あ…」」
しまった、俺と月那の間にいるリディアから物言いがついてしまった。
「すまん。地図作成技能の地図表示で新しい表示が出来るようになったんだよ」
「新しい表示? どんな?」
「平面表示だったのが立体表示に出来るようになってだな…」
「よく分からないわね」
「これは言葉では説明し難いな。画にすれば一目瞭然なんだが」
「それなら、落ち着いたらわたしが描きますよ」
「そうか、画も描けるんだな。それじゃあ頼むよ。
俺は定規を使わない画は苦手でね」
「はい」
「ほらまたっ」
「すまん。あ、ほらそろそろ第五層に着くぞ。しずかに、しずかに」
「まったくもう…」
こうして俺たちは、ダンジョン・ヤグト第五層へ戻ってきた。
岩塊の外側へだけどね。
†
さて、第五層だ。
ここも洞窟の出口がすこし高くなっていた。膝下くらいだ。
周囲になにもいない事を確認してから、全員外へ出る。
少し脇へ寄って壁を背にし、俺が前、後列は右からハンナ、シルィー、リディア、左端が月那の並びだ。
「さて月那、頼むよ」
「大丈夫でしょうか…」
「どのみち使うんだ。対処法は分かっているし、六層より五層の方が強いと言う事はないだろう?」
「はい……、…風の探知」
月那が風の探知を使った。
第五層でも洞窟蝙蝠は出るんだが、第六層より強いとか数が多いということはないだろう。
それに、いきなりシルィーに使ってもらうより、先に月那が使って数を減らしておき、次に探知範囲の広いシルィーに使ってもらった方が、二度に分けて数を減らせるぶん安全性が高くなるんじゃはないかな。
そんな予測をして危険度の分散を試みた。
きた。
「空から十二匹です。地上の魔獣はいますが、こちらに向かってくる様子はありません」
月那から探知結果の報告が入る。
「数はだいぶ少ないな。六層の百分の一か。
個別に片付けよう」
「「「「 了解 」」」」
後ろに残したリディアを軸に、中央の俺はそのまま、ハンナとシルィーが右手、月那が左手に、扇形に陣取る。
接敵した。
十二匹全部が洞窟蝙蝠で、俺のところには二匹きた。
ゲームみたいな“挑発”の技能は持っていないので、遠隔攻撃でチクチクと削ることになる。
蝙蝠も、俺を防御範囲が広い相手と警戒しているらしく、なかなか下まで降りてこなくて微妙な膠着状態に陥った。
自分の相手を倒したら、他の者(主にリディア)を助けると言う話になっているので、あまり時間をかけたくない。
当たらない投擲以外の遠隔攻撃手段を持たない俺は、どうするのか?
次に蝙蝠が出たら、試そうと思っていた手を使ってみる。
“杭──”
杭とは言っても、地面に打つわけじゃない。空中にいる蝙蝠を狙って杭を打ち出してみる。
あ、外れた。
狙いを付けるのが難しい。
命中精度に難がありそうなので、次の手を。
“杭──”
狙いが付けにくいのなら当たりの面積を増やしてやればいい、というアレンジ版だ。
具体的には、杭…というか壁の先端を折り曲げて、広く平らな面を打ち出してやるのだ。
形は、線路を止めるのに使う犬釘に近いだろう。
“杭”で攻撃すれば刺突だが、こちらは面制圧の打突攻撃になると思う。
当たった!
当たった…が、遠くへ飛んで行き、落下して消えた。
うーん微妙。
同じ方法で二匹倒したが、この方法はあとで魔石を集めるのが大変そうだな。
おっといけない、他のみんなは?
月那は風魔術で蝙蝠を引き寄せては、両手剣で切りつけていた。
引き寄なんて、どこのボスだろう…。
反対側のシルィーを見ると、風魔術で自由に飛べないようにした上で、端から下降気弾で一匹づつ地面に叩きつけていた。
下降気弾は、打ち下ろしの空気槌の小規模版になる精霊術だ。大規模にすると下降噴流になるという関係らしい。
あ、地面に落ちた魔石を風魔術で手元に引き寄せた。
“吸引”か。
こっちも余裕だな。
ハンナが居ないなと後ろを振り向くと、リディアが一匹づつ相手が出来るように、ハンナが残りの二匹を牽制していた。
足下に魔石が一個転がっているので、いまリディアが相手にしているのは、お代わりの二匹目なのだろう。
リディアはと言うと身体強化の成果だろう、けっこう鋭いスイングで両手杖を振り回している。
もしかしたら長い攻撃範囲のおかげで、俺より有利に立ち回れるんじゃないか?
やがて月那とシルィーが自分の担当分を倒し終えて俺の横に並んでくると、ハンナは目にもとまらぬ左右の切り上げで二匹の洞窟蝙蝠を背中から倒して、リディアの闘いが終わるのを待つ体勢になった。
山刀は、腕を伸ばしたところとはズレた位置に攻撃が当たるので、油断がならない。
使いこなしているな、ハンナ。
やがてリディアの闘いが終わり、落ちた魔石を拾ったリディアが、
「おまたせ」
と言って振り向いた。
「お疲れさま」
「む───」
声を掛けると、リディアがふくれている。
「どうした?」
「いいの! む───」
よく分からないが、いいらしいので先を急ごう。
「全員問題なければ、シルィーの風の探知を行こうか。───いいか? じゃあ頼む」
「わか、った」
シルィーが風の探知を使うと、今度は蝙蝠が動く気配がした。
先刻よりは数が多そうだ。
「蝙蝠、が、百五十、くる。他に、動き、はない」
「では月那、予定通り下降噴流を頼む。タイミングは任せる。
“丸天井”、固定」
「はい。─────“下降噴流”」
すぐにバラバラッベシャバシャッ──っという連続音がして静かになった。
まだ屍骸が残っていたが、収納してみると残らず収納できた。
今度は生き残りはいなかったようで、あっさりと終わったな。
「撃墜数は百五十三。シルィー、他はどうだった?」
「最寄り、の、十番、径路、は、ここと、ここに、単独、の、魔獣が、こっち、に、小さい、けど、群れに、なって、るのが、いる」
「分かった。よし、それじゃあ出掛けようか」




