16 ダンジョン・ヤグト 第六層 後編
「さあ第六層へ出るぞ」
短い隘路を抜けた先、六十センチほどの段差を降りたそこは、ダンジョン・ヤグト第六層の地面(地面か?)だった。
オーバーハングしている中央岩塊の、地面から六十センチ上に開いた穴が、第五層の転移室へ繋がる通路の入口になっていた。
振り返って見てみても、隘路がうまく邪魔をして、とても奥へ繋がっているようには見えない。
騙し絵としても一級品なんじゃないか? コレ。
「それじゅあ使ってみますね」
月那がそう言ってくる。
西の森でシルィーから継承した“風の探知”の実践使用だ。
ゲームのように、熟練度が確認できるわけではないが、それは現実世界であっても確実に存在している。
今回は、目標までの距離が短く、中央岩塊の直径も月那の有効範囲に収まっているため、シルィーに代わって実戦で使用しても問題ないと判断したのだ。
月那が抜いていた短剣を鞘に戻し、両掌を一つに握り、お祈りをするように目を瞑る。
(風の探知)
──ゥ゛バッ!───
空気が動いた。何だ!?
何かが一斉に動いた。大きなものじゃないが大量だ。
ハンナとシルィーが戦闘態勢に入っている。
上か!
「壁!」
咄嗟に盾を頭上に掲げ、壁を円形に張った。
丸天井だ、大きさは適当に半径十五メートルほど。
バチバチバチバチ─────
“見えない盾”に当たって堰き止められた、これは洞窟蝙蝠か。
もの凄い数で天井が見えないのだが、不思議と盾の上に着地しているやつはいない。
「月那、シルィー。魔術で殲滅してくれ! ハンナとリディアは横から入ったのを潰して!」
「「了解!」」
「「下 降 噴 流」」
えっ? 下降噴流って下向きに吹き下ろす強力な風で、離着陸する飛行機を叩き落とすというアレか!?
た、盾を“固定”しないと! どこにでもいい!!
次の瞬間、バラバラバラッバシャベシャベシャッ──っという連続音に、ゴウッ! と四方から聞こえる風音が続き、上方の視界が潰れた洞窟蝙蝠で埋め尽くされた。
頭上に掲げた盾にかかる力は感じない。
固定は間に合ったようだ。
よかった。ふう──。
頭上を埋め尽くした洞窟蝙蝠が、風属性精霊術だろう下降噴流で盾に叩きつけられて死に、順に消えてくれたおかげで少しだけ視界が回復した。
死んだ魔獣は消えたが、魔石が多く残っていて視界が完全には晴れてくれないのだ。
どうしよう、これ。
倒しきれずに蠢いている相手も居るようだし、地面にぶちまけたらいちいち拾っていられなさそうな状況が面倒だ。
そうか、剣で倒した魔獣がそのまま収納へ収められるなら、盾に接している魔石や屍骸も収納出来たりしないかな?
そう思い付いてやってみる。
おう、出来たよ。
魔石がざくざくと消えてゆき、頭上の視界がクリアになる。
もどった視界に洞窟蝙蝠の数倍大きい蝙蝠の魔獣が生き残って、のた打っていた。
あれは何だ?
あ、飛んだ。
「盾解除! 弓で落とせ!」
言うが早いか矢が二本飛んでいく。
ハンナとシルィーの矢だ。
痛手が抜けていないのだろう、フラフラと力なく飛んでいた巨大な蝙蝠の両脇に矢が刺さり、硬直して動きが止まる。
次の瞬間、短い矢が胸に刺さって止めになった。
月那の石弓から打ち出された短矢だ。
巨大蝙蝠が地面に落ち、体が消えて魔石が残った。
でかい。
足の親指くらいあるんじゃないか?
「状況終了…かな。
みんなお疲れさま。怪我はないかい?」
「みんな無事だよ。何だったの? いまのは」
ハンナが答えて、疑問も出してきた。
「誰か心当たりのある人は?」
右手を挙げながら俺が言う。
だが誰も話しを始めることはなかった。
「じゃあ先に移動を済ませよう。
ここは答え合わせをするのに向いた場所じゃない。
月那、さっきの風の探知で、蝙蝠の他に魔獣は居なかったか?」
「探知に引っ掛かったのは先ほどの蝙蝠だけでした」
「わかった。それじゃあ行こうか。ハンナ、先導を頼む」
「わかったよ」
俺たちは前進を再開した。
今度は何かに襲われることもなく、無事三十メートル先の正規径路昇り口に到着できてひと安心だ。
正規径路の昇り口はさすがに広く、二人で手を繋ぎ、両手を伸ばしても、壁に届かないくらいの広さがある。
転移部屋へ向かう通路とはだいぶ違うな。
転移部屋へ繋がる斜路もそうだが、この正規径路も蝙蝠が居そうなものだが……と思って天井を見ると、ここの天井はつるつるしていて手掛かりがない。
オーバーハングしていた中央岩塊や六層の天井が、柱状節理状のごつごつした形をしていたのとは好対照だ。
これでは蝙蝠はぶら下がれない。
良く出来たものだ。
俺たちは昇り口から見えないところまで入り込み、そこで一休みすることにした。
もう日帰りできない深さだからか、それともすでに夕刻を過ぎているせいか、正規径路だというのに辺りに人の気配がない。
「さっきの魔獣だけど、第五層から出る洞窟蝙蝠だ。
あんなに沢山いるというのは驚きだったけどな。
獲れた魔石は千百六十一個だった」
「千!? 大きい方は?」
「ギルドの資料にもあった、上位個体の巨大蝙蝠だ。
収納の中で魔石の属性情報を鑑定したらそう出た。
いきなり襲ってきた理由だけど、月那が使った風の探知の探針音に向かってきたんじゃないかな」
月那がはっと息を呑むのが感じられた。
「言っておくが、月那の責任ではないよ。
誰も知らなかったんだ。
俺たちに風の探知を教えたシルィーでさえ、俺たちに出会う前に風の探知を使ったことはなかった。とうぜん冒険者ギルドの資料にもない。
こんな希少な組み合わせ、知ってるとしたら歳を経たエルフの冒険者くらいのものだろう。
そんなの少しも広がっていないぞ」
「そう、だね」
シルィーが肯定してくれた。
「探針音から逃げるラヌー鳥、探針音に向かってくる洞窟蝙蝠か、色々いるな。
まあ無事に生き残って一つ勉強できた。
攻略法も分かったことだし、次にここへ来たときにはまた大量の魔石が手に入れられると思っておこう」
「…はい」
「えっ!? ちょっと、ラヌー鳥って風の探知で逃げるの?」
「そう」
「ショック!」
シルィーに頷かれて、リディアが衝撃を受けている。
月那特製の糧食を囓り、水分補給をしながらそんな話をした。
第六層の三十メートルは長かったな。
さて、この斜路を昇れば、第五層だ。




