15 ダンジョン・ヤグト 第六層 前編
短いが充実した休憩で心身を回復させた俺たちは、タルサ市への帰還を果たすべく、宝箱部屋から出発した。
転移部屋を経てゴブリン広場へ出るが、魔獣の一匹も見ることはない。
まあ、安全なのは良いことだ。
ぐるりとゴブリン広場の大外を回って反対側にある細道。そう、バルニエ大草原北の岩棚にあったものと同じに見える細道だ。そこを進んだ先、大草原でなら岩棚から出たあたりで道が広くなったが、代わりにくねくねと曲がった下り坂に変わった。
第五層と第六層は、天井高が三十メートルほどもある大空間なので、下り坂なのは正常だが、歩を進めるごとにこれからいま降りた分をまた上がらないといけないのに思い至ると、実に微妙な気分になってくる。
そんな下り坂を延々と降りた先で、扉が行き先を塞いだ。
扉があるのか!
「どうかしたの?」
曲がり角を過ぎて突然立ち止まった俺に、三番手を歩いているリディアが問いかけてくる。
「行き止まりだよ」
先頭のハンナが答えるが、精霊眼を発動させている俺には別の答えがあった。
「いや扉だよ」
歪な螺旋状になった下り坂が、くいっと曲がった先、そこを両開きの扉が塞いでいた。
距離が離れていると景色に埋もれ、近いと全体像が分らないように偽装されているが、地図作成スキルには扉の先の小部屋が表示されているし、精霊眼には扉の輪郭が見えている。
人が作ったものなら偽装だが、ダンジョン内の扉だと擬態?…なのか?
だが、扉だと分っていれば、距離を調整すればその存在が確認できる。
俺は剣を指し棒代わりにして扉の輪郭を示す。
「本当だ。これはいったい…」
「分らないが、扉の向こうに生き物はいないようだ。
ハンナ。鍵と罠はどうだ?」
「……罠は…ないね。鍵も…見当たらない。ついでに開け方も分らない」
なんだって!?
そう言われて扉をジッとよく見る。
いったいどういう扉なんだ? コレ。
ジーーッと見ていて馴染みのある構造に気付く。
この世界の扉は、掛け金が扉の内側にあるのが一般的だ。それも機構が露出しているのが基本になっている。閂とかね。
この扉は、岩の窪みに偽装された把手らしきものこそ見えているが、掛け金機構はまったく見えない。
外から内側を閉じているのか、でなければ掛け金が扉に内蔵されているのだろう。
盾をしまい、ハンナに交替してもらって近くで見る。
把手らしきものの周囲を調べると、外側の岩に見える部分が一部動く。それを持ち上げると把手が動くようになった。
「鍵はないな。把手も動きそうだ。開けるぞ」
四人が緊張する。
罠や解錠はハンナの領分じゃないかって?
罠ならそうなんだけどね。ハンナは盗賊ではなく狩人なので、鍵開けが専門分野という訳じゃない。罠を扱う都合で他の者よりもこうした機巧に馴染みがあるといったところだ。
おまけにこの扉に鍵は付いていなかった。
見たところ、ビルの搬入口によくある大扉の造りに、トラックの荷物扉に付いている把手押さえを組み合わせたような構造に見えたので、俺が開けてみる。
どちらも金属扉用で、この世界では見かけないものだ。
扉の操作自体は簡単で、把手を上げれば掛け金が外れる。把手を降ろせば掛け金がかかって扉が固定される。降りた把手が自然に上がらないように、岩に偽装した固定具が把手を押さえるという造りなんだが、偽装されている上に見たことのない構造となれば対処は難しい。
万が一に備えて全員臨戦態勢をとる。
俺は扉を開けるため、剣は諦めて盾を握った左手で小剣を鞘ごと握り込んだ状態だ。
扉の向こうは、宝箱部屋よりなお狭い小部屋になっているのが地図作成スキルで分かる。
五人一度に入れるが、五人一度に横になることはできなさそうな広さだ。
ハンナに把手の固定具を跳ね上げてもらいながら、右手で把手を水平位置まで持ち上げる。
扉を引いて、五十センチほど開いたところでなるべく静かに左手へ出る。
後ろでは月那が右手側へ出ている。
「脅威はない。小部屋の出口が見える」
「こちらはすぐに壁です」
後ろから月那の声がした。
「全員小部屋へ出よう」
「「「了解」」」(小声)
ハンナに小部屋の罠を調べてもらってから、全員出て扉のところに集まる。
小部屋に罠はなかった。ひょっとしてこの辺り一帯は安全地帯なのかな?
いや、ゴブリン広場があった訳だし、そう決めつけるのは早計か。
みんなで扉を囲んで見る。
この扉が不自然なのだ。
ここが閉まっていては転移部屋が機能しない。
いや、機能させないために閉めたのか?
まあ詮索は後だな。
掛け金を動かす把手と把手押さえの固定具が、扉の表裏両側から動かせるのを確認した後、実際に扉を閉めて、外から開けてみる。
問題なく開くね。
鍵はやはり無かった。
もう一度開けて、今度は開けきってみる。
「ああ、これがこの扉の本来の状態なのか」
「どういうこと?」
思わず声をあげた俺に、リディアが訊ねてくる。
「少し離れて見てみると分ると思うよ」
そう答えると、みんなゆっくりと壁まで下がっていく。
「ああ!」
「「「あっ」」」
ハンナが最初に気付き、すぐに他の三人にも分ったようだ。
閉まっていたときと同じ手順で、開ききった扉を固定してやると、扉が岩壁に溶け込んで、何処にあるのか分らなくなったのだ。
そこにはただ岩壁の道が延びているだけで、扉があった痕跡などまったく残っていなかった。
「凄いね、この隠蔽具合は。初見で見せられたら気付けないよ」
ハンナが感心したように言う。
「この扉、開けたままにしておきますか?
ダンジョンの中でゴブリンと遭遇しなかったのって、ここが閉まっていたのが理由という気もしますし」
「いや、元通り閉めておこう。
自然に閉まったのか、誰かが閉めたのかは判らないけど、ここ暫くと同じ状態にしておいた方がいいだろう。
もちろん目印は付けておくよ」
「わかりました」
「その前に、この先はもう第六層なんで、扉の手前で休憩がてら要旨確認しておこうか」
シルィーの持つ第六層の地図を出してもらい、水分補給をしながらみんなでそれを囲む。
「いまここに居て、この扉がここだ」
地図に下り坂の終わり部分と扉とその先の小部屋を書き込みながら、みんなに説明をする。
「その先に短い隘路があって、抜ければ第六層の中央だ」
第六層は第五層と似た円環状の空間だが、中央の岩塊は第五層よりも小さい。
第五層の中央岩塊が直径百メートル、周囲三百メートル以上もあるのに較べて、第六層の中央岩塊は下ほど細っていて、接地部分で直径は三十メートル、周囲はせいぜい百メートルほどだ。
五層から繋がる正規径路の出口が岩塊の北にあり、第七層への斜路は南東方向の外壁にあり、俺たちがこれから出ようとしている出口は岩塊の南西方向にあるという位置関係になる。
なので、第六層へ出たら、岩塊に沿って時計回りに三十メートルほど進めば、第五層に続く正規径路にたどり着けるという寸法だ。
移動距離が短いので、戦闘が避けられる確率は高い。
避けられるといいな。
†
扉を元のように閉めて小部屋を後にする。
閉めた扉の隠蔽も大したもので、目印の石積みがなければただの行き止まりにしか見えない。
俺と月那の地図作成スキルに標点を付けるのはもちろん、扉の両端に、あたりに落ちている少し大きめの石を使い、積み石をして目印にした。
ダンジョンの壁や床は、有機物を吸収するし、無機物も吸収されて宝箱行きになるため、もともとダンジョンにある石塊を使ったこんな方法でしか印を付けられなかった。
“地図作成”スキルによると、この隘路を抜けた先が、ダンジョン・ヤグト第六層だ。
「さあ第六層へ出るぞ」




