14 帰還任務
初めは転移部屋で休憩するつもりだったけれど、宝箱部屋へ切り替えた。
理由は、もし何かあってまたこの部屋やボス部屋に行かないといけなくなったとき、一旦下へ降りてしまうと、再度上がるのが手間だからだ。
それにこの高さが障壁になって、転移部屋やゴブリン広場からの魔獣に襲われる可能性が低くなる。
ボス戦を生きて乗り切れるような冒険者なら、たとえ後衛でも三メートル程度の高さが降りられないと言うことはない。
降りるに易く、昇るに難し。
よくできている。
「それで、この後はどうするの? それに、さっきは何をしたの?」
リディアが質問してきた。
「さっき害猪が出たのが“階層ボスの部屋”だと思う。ボスと戦っている間は入口に鍵が掛かり、出口は壁になって塞がれる。ボスに勝つと通路の壁が開いて、傾斜路を上がったここが宝箱部屋、つまり階層ボス討伐報酬の受け渡し場所だ。
俺たちはいまその状態にいるわけだな。
この後は、そこの鍵のない三メートル飛び降りる扉から出て転移部屋へ入る。
あとは二択だ。
“一つ目”。
転移陣に乗って第一層に戻る。
だがこれは行き先が確認できていないので、今回は“没”だ。
だから実施するのは、“二つ目”の選択肢。
転移部屋を出てゴブリン部屋を過ぎ、多分あの細道の先が第六層へ繋がっているんだと思う。そこから徒歩でダンジョン入口まで戻るということになるかな」
俺はやれやれと両掌を上に向けて肩をすくめながらそう結んだ。
「ちゃんと帰れるかな? あたしたち」
「帰れるだろう。多少しんどいかもだけど。
もともと第三層で余裕だったんだ。役割を入れ替えるなんて非効率なことをしてさえ問題はなかった。それが西の森の探索でさらに力を付けたんだ。
ただ、新しい力はまだ体に馴染んでいないだろうから、無理をしたり欲をかくと危ないだろうけど、タルサへ帰ることだけ考えていれば問題はないと思うぞ」
「そっか」
少しは安心できたかな。
「月那、食糧の残りはまだ大分あったよな」
「非常食は先ほど食べた分しか消費していませんから、まだ三週間分くらいありますよ。パンも十日分、生肉は売るほどあります」
「野菜やハーブも?」
「はい。野菜も香草もたぁっぷりとあります」
「それでなにか軽いものが出来るかな? 腹五分目くらいでちゃんとした肉や野菜で作ったものを、なるべく時間をかけずに。
今14刻だから、軽く食事をして一休みする。15刻過ぎに出発して、なるべく戦闘を避けるように進めば、日付けが変わる前にダンジョンの入口まで辿り着けると思うんだが。どうだい?」
「「「「 ! 」」」」
「最初の野営の夜に作り置いたお肉を使えば、すぐに食べられます。あとはスープと果物でも用意すれば。もともとそれでお昼にするつもりでいましたから」
「みんなそれでどう?」
「はい」「いい良い」「いいわ」「良い」
即決だった。
今は戦闘の安全性を考慮しつつも、気力を回復させる方が大事な気がしたので、味気ない糧食は止めにした。
腹にダメージを負ったとき、胃の中で消化中の物があるか空かで生存確率が変わってくる。
胃に穴が開いて中身が腹腔にぶちまけられると、腹膜炎その他を起こして命が危ないのだが、食べずにいては体力が続かない。
探索のような先が見通せない場合はとくにね。
腸の中身がぶちまけられたときは、……諦めよう。あそこが空なんて状態は、厳しい断食でもしない限りないのだから。
ただこの世界だと、回復術や魔術薬があるので、そういった治療を受けられることを織り込めば、生存率はもっと高いことになる。
結局こんなときには、嵩が少なめでエネルギー補給効率のいいものが手堅いんだが、気力や意欲の回復となると話が別だ。
魔術だの身体強化だのが活動の前提になる場合、心の充足の重要性があちらの世界よりも高くなりそうな気がする。
そんな訳で、腹五分目だがちゃんとしたお昼を選んだ。
小腹がすいたときには、その時こそ糧食を囓ればいいだろう。
「それで先刻やってた事なんだが」
月那が半目になって何かに集中し始めた。あれは収納の中で料理をしているんだろうな。熱源は火属性魔術か。
たしかに外で鍋を使って煮たり焼いたりするより、熱効率は高そうだし匂いも出なくてココ向きだけど、味見とかどうするんだろう?
器用さに磨きがかかってきた月那を見ながら、俺は話しを続けた。
「防壁がゴブリンの群れや害猪の突進でも受け止められるのは確認できたんだが、壁に固定できない状態でどれくらい使えるのかを知っておきたかったんだよ」
「防壁?」
「盾から“見えない盾”を延ばして地面に杭を打つだけじゃなく、横に壁を延ばして“盾”の上側を岩や石壁に固定したものを、そう呼ぶことにした。
ゴブリンの群れを止めたやつだよ。
それでも、たとえば平原の只中だと、近場に高さのある岩壁なんてないだろ? ここよりも広い一辺が数百メートルあるような広場の中央でなら、固定に使える壁が遠すぎて、“壁”は使えないかもしれない。
そんな条件でも対処できる手立てを実地で試せるいい機会だと思ってね」
反応がない……。
ちょっと呆れられている気がするのは気のせいか?
いや、実地に試せる機会って大切なんだよ。
「それであの猪を二つに切り分けたのは? 新しい技能?」
あれ、無視なのか。
「あれも“見えない盾”だよ。
敵の攻撃を止めるために、ふつう盾は攻撃の来る方向に垂直に構えるものだけど、今回は害猪の正面に、進行方向と同じ向きで杭を打ってみたんだ。
あの突進を受け止める強度がある壁を、厚みは触ってもほとんど分からないくらい薄くして、そこに害猪の突進力をぶつけてみたらどうなるかな? って思ってね。
まさか二枚下ろしになるとは思わなかった」
「お昼の用意ができましたよ」
月那がそう言ってきた。さすが素速いな。
話を中断して、ストレージから出てくる出来上り品を皆で分ける。
いただきます──。
「それで、猪の二枚下ろしがうまく行かなかったらどうするつもりだったんですか?」
スープを飲みながら月那がそう尋ねてきた。
料理しながらでもちゃんと聞いてたんだね。
「ふつうに防壁で突進を止めて、皆に攻撃してもらうつもりだったよ。
でも往なしの実験が思いの外うまく行って、あれを利用した新しい拘束法を考えついたから、実際にやるとなればそっちを使っていたかもしれない」
†
軽い食事を終え、出発時間になるまで全員壁にもたれて座って休む。
ダンジョン内の他の場所に較べれば、随分安全な場所だと思うが、仮にもボス部屋の付属施設だ。ここで寝入ってしまえるほど俺の神経は太くない。
人の情報処理の九割は視覚情報の処理に充てられていると聞いたことがある。
それが本当なら、目を半ば閉じた状態にしておくだけで、かなり神経が休められる筈だ。
なので薄目になって壁にもたれて、体と神経を休める。
少しすると、俺の左に座っている月那が、距離を詰めてもたれてきた。
右に座っていたハンナも、同じように密着して肩に頭を乗せてきた。
しばらくすると、ハンナの向こうにいたリディアが、俺の脚の間に入って背中を預けてきた。
お─、いやあったかい……。
それからは何事もなく時間が過ぎた。
「そろそろ出発の時間ですよ」
左側からそう言う月那の声が聞こえて、全員が動き出す。
さて、帰還任務の再開だ。




