13 第五層ボス戦
ボス部屋の入口と思われる扉には手を触れず、来た道を引き返そうとしたところ、扉から鍵の掛かるような音がして、やって来た道も壁に閉ざされた。
そして部屋の中央にある“円陣”に魔力が注がれ、やがて形を取り始める。
ボスが出た────。
牙があり、丸い胴体に、短い尻尾と短い四本の肢。
猪だ。
ただし体格が牛くらいある。
体重が五百キロを超えてるんじゃないだろうか。
軽自動車みたいだ。
あれはギルドの資料室で見た、ダンジョン・ヤグト第十一層から現れる害猪という魔獣じゃないかな。
強烈な突進力と牙による攻撃は強力と書いてあった。
そのまま猪の特徴だが、あの体躯で突進されるのは確かに恐ろしい。
転送されているのか召喚されているのか、この場で生成されているのかは分からないが、実体を得た害猪は、こちらを見てすぐ助走に入った。
軽自動車の突進を素手で受け止めるような状況に、股間がキュンとなるが、怯えを押し殺して盾を構える。
後ろで武器を構える気配がして、リディアから“保護”の魔術が飛んできた。
ありがとう。
どうやっても質量負けしているので、最初からゴブリンの群れを止めた“防壁”を張る。
名前はいま付けた。
よろしく。ちゃんと保ってくれよ。
みるみる近づいてくる害猪。
牙が俺の腹の高さくらいにあるのが嫌らしい。
盾に右手と左肩を添えて衝撃に備える。
ドシャッ!───
あれ?
意外と衝撃が少ない。
“杭”と“壁”が床や壁と接する部分に、細いスジが出来ているのが分かる。一ミリくらいかな?
つまり十数メートルにわたる固定部分全体を一ミリ押し込んだってことか? とんでもない運動エネルギーだな。
この突進を受けて、“壁”はどれくらいしなったのだろう。
気になるな……。
ともあれ“盾”は持ちこたえた。
「攻撃は待ってくれ。すこし確認したいことがある。
見た通り盾は大丈夫だ」
先程のゴブリンの群れにしても、いまの害猪の突進にしても、止められたのは盾を床と壁に固定できたからだ。
盾を床に固定する杭は、盾の自重と、盾を後ろへ押す力の一部を受け持ってくれるが、全部ではない。
敵の衝突点が杭の接地点から離れているほど、梃子の原理で杭が受け持つ力は減る。
減った分は“防壁”の場合、壁が受け持っていた訳だが、壁が張れない地形だったらどうなるか。
盾の使い手がそれを受ける事になるわけだ。
アレを相手にソレは無理。
質量攻撃は斬撃と違って、防いでも被害が来る。
だから、盾が保つと判れば確認したいことがある。
まずは“壁”を変形させて、横から見た断面を「十」な形状にしてみる。
左が害猪の来る方向、右には俺が立っている、地上には盾があり、地面の下には当然杭が埋まっていて、横線が地表に沿って伸ばした壁であり、ボス部屋の壁に固定していた壁は解除してある。
盾に阻まれた害猪が再び勢いをつけるために離れていく。
そして向きを変え、再びこちらへ向かって走り出した。
さてどうなるか。
ドシャッ!───
盾は保ったが、埋めた杭ごと押された距離が十センチに増えた。先程の一ミリと較べると百倍だ。
杭と壁で受け止めていた面積が減った結果と分かってはいるが、やはりあの突進のエネルギーは途轍もないな。
それでも“見えない盾”の形状を工夫すれば、岩壁に固定しない“防壁”でも、ちゃんと防御が効くのが確認できた。
それにしても害猪も大概丈夫だな。
あれだけの衝撃を、当然自分も受けているわけだが、怯む様子は見られない。
受けているんだよな? なんの衝撃も受けていないなんて言ったら、泣くぞ。
仕事をしろよ、反作用!
丈夫な猪首のお陰なんだろう、耐衝撃性能は相当に高いようだ。
さて、正面から受け止めるのはこれでよし、次は突進を往なしてみよう。
左右に往なすと、横や後ろにいる味方に被害が出かねないのでなしにして、まずは地上に立っている盾をすこし後傾させてみる。
ドシッ!───
お、これはいいな。
突進力を上向きに逸らされた害猪は、顎を上げ、腹を見せて上体を浮かせている。
力を上に逸らしたぶん、盾を押す力も目減りして、衝突音が軽くなった。
次は盾をすこし前傾させて受けてみる。
ブシッ!───
おお、これもなかなか。
突進力を下向きに逸らされた害猪は、頭を下げ、前に行くほど狭くなる盾と地面に挟まれて、杭と地面の交点に向かって伏せの姿勢で嵌り込んでいた。
力を下に逸らしたぶん、垂直な盾よりも安定して押し返せて、衝突音の収まりが良くなった気がする。
嵌り込んだ害猪が短い足を必死に動かして、急いで後退を試みる。
怒ってる怒ってる。さらに突進力を上げようとしているようで、今までより大きく離れて助走距離をかせいでいる。
いけるかな。
害猪が、これでもかとばかりに突っ込んでくる。
助走距離が長い分、これまでよりも速度が乗っている。
俺は盾を構えてその時を待つ。“見えない盾”は展開していない。
タイミングを計って、「三」「二」「一」「今っ!」
盾を顔の横に立てると、床と天井に杭を打ち込み、盾の握りを両の拳でぐっと握りしめ、下の“杭”を伸ばしながら、上の“杭”を同じ長さだけ縮めた。
転移部屋で三メートルの高さを昇った即席昇降機だ。
害猪が足のすぐ下を通り抜けていく。
通り抜けたあとは速度を落として、やがて止まり、そして倒れた。左右二つに分かれて。
「終わったよ」
俺は即席エレベーターを動かして床に降り、脇に避けていたみんなに声をかけた。
そして害猪の屍骸が消える前に触れて、収納に収める。
「勝ったんですか? 一人で、あんな大きな魔獣を相手にして?」
「もう、あんな無茶をして、心臓に悪いよ」
「怪我はしてない? ホントに大丈夫?」
「不、思、議、生き、てる」
なかなかの言われようだ。
害猪が収納に収まると、ふたたび「ゴリゴリ」という音が聞こえて、傾斜路の入口の壁が開いた。
「奥の出口が開いたようだ。さっき無視した本来の入口を確認してから、反対側の壁を調べて出口を出よう。
ここに居て、またボスが出てきても厄介だしな」
入口扉を調べると、開く様子はなかった。
結局、入口の扉を開こうが引き返そうが、害猪は出てくるのか。
そう思いながら来た道を戻り、ボス部屋から退出した。
†
傾斜路を上がった先にあった小さめの部屋は、やはり宝箱の部屋だった。
部屋の中央にそれほど大きくない宝箱が一つ。
罠は張っていなかったので、ハンナが開けると中は鉄鋳塊だった。
まあ第五層のボス討伐報酬なんで、さほど良いものは出てこないよね。
というより、こんな重くて価値がそれほどでもないものが報酬って、収納のないパーティーには荷物でしかないんじゃないか?
運ぶ手間が大きい割に売却益の少ないお土産は、嫌がらせなんじゃないかと疑ってしまう俺。
あ、こちらでは鉄の価値が高いのかな?
だがまあ、俺たちは収納があるから、ちゃんともらっていくよ。
宝箱を開けたあとは休憩だ。
正直疲れた。ちゃんと休もう。どちらかというと気疲れだけどね。




