11 転移室
部屋に入ったときに、罠のたぐいはハンナが調べている。
月那とシルィーも、聴覚探知と風の探知で、隠された操作盤や収納庫などがないか調べた。
俺とシルィーの精霊眼で、例の三メートルの高さにある壁の扉も視てみた。
精霊眼を使うと、扉の向こうに生き物がいる居ないは見て取れるんだが、剣とかロボットのような非生体は、精霊眼では捉え難いので、油断できない。
それらに付着している有機物がうっすら捉えられるので、まったく見えないと言うわけでもないんだが。
潤滑油や保護油、血糊とかは見えるんだよね。以前は生きていた元生体、生体の残滓、ただの有機物として。
その辺りまでは部屋に入ったときに探査を済ませていたので、休憩のあと最初に調べたのは、床の中央に描かれた“円陣”だ。
精霊眼で見てもまったく魔力が通っていないので、すぐにどうこうなると言うことはないと思うが、今のこの世界ではあまり知られていない機構らしいので、安心はできない。
推定“転移陣”は何を感知して作動するんだろう?
重さ? 生体の接近? 何処かで見ていて作動させている?
というかこのそもそもこの“陣”、動くのかな?
とりあえず西の森で狩った小型の魔獣を一匹、陣の中へ放り込んでみる。
反応なし。
結んであったロープを引いて回収する。
次は同じ魔獣の屍骸を十匹固まりにして放り込む。
お、反応ありだ!
“円陣”に魔力が供給されて活性化する。
三十秒もしないうちに、光につつまれて屍骸が消えた。
結んであったロープは途中で切れている。
「消えましたね」
月那が声を掛けてきた。
「ああ。
勿体ないなあ。ゴブリンの屍骸でもあればそいつを使うのに」
「フフフ。また捕まえればいいじゃないですか」
「驚いてないんだな」
「驚いてますよ。消えちゃうんですもの。
でもこういうのは本で読んでいましたから」
「そうか。心の準備が出来ていたんだな」
他の三人を見ると、初めて見た現象に衝撃を受けたのか、口を開けて固まっていた。
「リディア。リディア」
「あ……なに?」
お、戻ってきたな。
「いまの魔獣の屍骸は何処へ行ったと思う?」
「どこって…第一層じゃないの? そう言ってなかった?」
「言ったな、たしかに。
だがそれは、俺が元の世界でやっていた遊戯での話だ。ここの事じゃない」
「じゃあ、分からないわ」
「そうだな、正解。『分からない』だ」
つぎに俺は、収納から鉄塊を取り出した。
先程の魔獣の屍骸十匹分と同じくらいの重量だ。三十キログラムくらいかな?
それをロープで玉掛けに結んで、引きずって“陣”に入れる
陣の上で鉄塊を引きずっても傷もつかない。丈夫だな。
……反応なしだ。
こんどは全身板金鎧を出す。
「なんでそんなもの持ってるのよ」
リディアが突っ込んでくるが、俺も欲しくて持っていたわけじゃない。遊戯でドロップしたものが処分前だっただけだ。
これも重さは三十キログラムほど。古い型の鉄板金鎧だから惜しくない。
後期の鋼板金鎧なら、軽くて価値も実用性も高いんだが……いやまあいい。
ハーネス掛けにロープを結び、やはり“陣”に引き入れる。
反応なし。
屍骸には反応したと言うことは、有機物にだけ反応するのだろうか?
ふと思いついて、鎧の足側にまわって“見えない盾”を伸ばしてみる。
下は斜めに鎧の足裏に向けて。上は四メートル程の高さまで。伸ばした盾の上にはロープを乗せて経由させている。
女の子たちに頼んでロープを引いてもらう。
足側を動かないよう押さえた状態で上からロープを引くので、上半身が起き上がっていく。すると、
反応ありだ。
ふたたび“陣”に魔力が供給されて活性化する。
また三十秒しないうちに、光につつまれた鎧が消えた。
「高さか」
「膝上くらいの高さで反応するようね。
これで一気に戻れるのかあ」
リディアの好奇心が復活したようだ。
興味で目が輝いている。
「さてリディア、第二問だ」
「?」
リディアは首を傾げている。
「今の鎧は何処へ行ったでしょう?」
「またぁ?
んー、じゃ先刻の魔獣の屍骸と同じところ」
「じゃあ、その同じところへ転移されて、二つはどうなっていると思う?」
リディアは少し考えているようだったが、はっと何かに気付いたようで、顔色が青くなった。
「気がついたか?」
「鎧が、魔獣の屍骸まみれになっている……」
「正解だが、都合の良い方から二つ目の答えだ」
「なに? もっと悪いのがあるの?」
「二つが混じり合って分けられなくなる」
ひっ、という息を吸う音が、小さくリディアの口から漏れた。
「壁の中に出て、混じって動けなくなる。
土の中に出て、生き埋めになる。
水の中に出て、溺れる。
十メートル以上の上空に出て、墜落する…
そもそも転移じゃなくて、消去されている」
話が進むと、顔色が青から白へと変わっていく。
「魔獣の巣に出て、食われる。さっきのゴブリンはこれだな。魔獣部屋と呼ばれていた。
最後に、他の物質と混じって融合爆発を起こす」
「ゆうごうばくはつ? それって何?」
どんどん顔色が白くなっていったリディアが正気にもどった。
引っ掛かるのはそこか?
「爆発は分かるか?」
リディアがふるふると頭を振る。
そうか、火薬が一般的じゃないと、爆発が分からないか……。
「シルィー、圧縮して小さく固めた空気を一気に膨らませて相手を吹き飛ばす術はあるか?」
「ある。“破裂”」
「それを威力を弱めて、衝撃だけ受けるような加減はできるかな」
「でき、る。やる?」
「頼む」
「わかっ、た」
この辺に。と、俺とリディアの間の空間を指差した俺に、うなずいたシルィーが術を用意する。
月那とハンナも寄ってきた。
君たち物好きだね。
「破裂」
放たれた術が俺たちの中心で発動する。
───ドムッ!
腹の底から揺すられるような衝撃が、体の前面に当たってきた。
直径一メートルの張り手でほんの数センチ押されたという感じだが、体が浮いて後ろに持って行かれそうになる。
肩から下だけっていうのは耳の保護か。器用だな。
「──大丈夫か?
今のを何百倍かに大きくしたのが爆発だ。
融合爆発の場合は熱核反応を伴うから、さらに何億倍か強力になる」
月那とハンナはその場に踏みとどまったが、リディアは押されて一歩下がっていた。
倒れなかっただけ上出来だな。
「──億倍って────」
「ああ、混じり方によってはそう言う反応も起こす。
周辺を巻き込んで大爆発だ。地形が変わる。タルサの街も更地になるな。
ここは二千年近い歴史があるダンジョンだそうだから、今までなかったということはそうそう起こる事じゃないんだろうが、確実に無いとまでは言えないな」
「──」
「ちなみに一番都合の良い転移は、先にあった物を押し出すか、先にあった物を避けて実体化する。だ。
これで分かったと思うが、出る先のことを調べるまでは、転移で帰るというのは無しだ。
全員分断された上に、最下層に出たなんて事も考えられるんだ。
試しに飛んでみて、向こうで死んだら話にもならん」
全員がコクコクと頷いていた。
これでよし。




