9 転移
「なんだ、結局なんにも居なかったわね。よっと」
と言ってリディアが下へ飛び降りた。
あ、バカ。
何も居ないからって、何も無いとは限らないのに!
高さ三メートルだと、身体強化ありなら楽に飛び降りられる。
リディアの筋力が強化されたのが裏目に出た。
「リディア!」
うわっ。ハンナがリディアのところへ向かって飛び降りた。
何か動き出したようで、魔力で描かれた陣が広場一杯に展開されていく。
ええい、ハンナには上に残って組合に報告して欲しかったんだが仕方がない。
「分断されると厄介だ。リディアのところに集まる!」
そう言って俺も飛び降りた。
後ろで月那とシルィーが続く気配がする。
ハンナとリディアに向かって駆け寄ると、あと少しで合流というところで、視界がフッと暗転し、下りのエレベーターが動き出したような感覚があった。
浮揚感がおさまると、暗いところのようだ。
真昼の日射しの下からの暗転なので、目がよく見えない。
「「ギャギャギャギャ!」」
「「ギッギッギッギッ!」」
この声はゴブリン!?
精霊眼を使うと、天井のある屋内のようなのだが、それにしては四方の広さや足下の感触に変化がない。
そして最悪なことに、周囲はゴブリンだらけだった。
数十匹の大集団だ。
「ゴブリン多数! 集まれ!」
周りから、打撲音とうめき声が聞こえる。
俺を含めたみんながゴブリンに殴られているのだ。
視覚強化を使う。
昼間の太陽光下に順応していた虹彩を広げて暗闇を払拭する。
自動で撮影していたカメラを、手動にして絞りを開けるようなものだ。
薄らとした光があるらしく、増感するまでもなく周囲が見えるようになった。
「視覚強化! 他の探知でもいい、使え!」
周囲の様子が分からないと恐慌になるからな。
不幸中の幸いなのか、ゴブリンたちはすべてが素手で、武器がないこと。
一人に一匹ずつしか張り付いていないのも助かった。あとのゴブリンたちは、遠巻きに見ているだけだ。
全部が腰蓑すら着けていないのは、すごく目障りなので何とかして欲しい。
左手の月那に襲いかかっている一体を盾で殴り飛ばして、腰の片手剣を抜き、俺に襲いかかっていた一体を刺す。
片手剣はこういう所で小回りが利いて助かる。
月那も襲ってくる相手が居なくなって、背中の両手剣を抜いた。
得物が大きいと、それを抜く動作が大きくなってしまうのは致し方ない。
ハンナとリディアが少し離れた所に見える。
二人とも引き倒されて馬乗りになられている。リディアを庇ったところを襲われたかな。あまり猶予はなさそうだ。
右後ろのシルィーへ振り向くと、殴られた拳を掴み、そこに空気槌を打ち込んで腕をへし折ったところだった。
なる程、ああして近接格闘戦に魔術を組み入れるのか。無詠唱魔術さまさまだな。
そこに月那の両手剣が突き込まれて、ゴブリンは倒された。
「リディア達のところへ!」
この頃になると、遠巻きに見物していたゴブリン達も動き出し、こちらへ走り寄ってきている。
競争だ。
三人でリディア達のもとへ駆け寄る。
月那はハンナに馬乗りになっているゴブリンを、走り抜ける勢いを殺さないまま首を刎ねた。
シルィーは短丈を握り、魔術剣を発生させて同じくゴブリンの首を刎ねた。
二人が二人を助け起こす。
俺は四人の手前に立ち塞がり、ゴブリンたちの接近を阻む位置に着く。
囲まれていなくて助かった。
「壁際へ移動! できれば隅へ。月那、先導して」
地図作成技能を持つ月那に先導を任せ、少人数で有利に立ち回れる場所へ移動する。
後ろの四人が動き出した気配を掴んで、後ろ走りで付いていく。
精霊眼では後方は見えないのだが、使っているとき生きものの気配に敏感になるので、同じ方向へ後ろ向きに走るくらいは楽にできる。
先程から視界の外に表示したままにしている、地図作成スキルの補助もあるしね。
注文通り広場の隅へ辿り着いた四人が、固まったまま向きを変えたのが分かる。
俺はその二メートルほど前で立ち止まり、“遮断”スキルを発動させる。
「杭!」
今日は位置情報記号みたいな先細った形の杭じゃない。
裾を広げられるだけ広げたので、丸い盾と合わせて、下が極端に広がった逆さ前方後円墳のようになっている。
「追加で、壁!」
盾の左右から、杭と同じ要領で、板状の“見えない盾”を伸ばして、左右にある壁まで繋いでやる。
あとは、あの膨大な質量に“見えない盾”が耐えられるかだが。さすがにこれは試したことがない。
初体験だ。
すぐそこまで来ていたゴブリンたちが、押し寄せる勢いのまま壁にぶつかる。
ぶつかって止まった。
意識していなかった“見えない盾(壁)”にぶつかったので、連中の勢いはそのまま連中への痛手になる。
前の連中は壁で止まったが、後ろの奴らはそのまま押し寄せてくるので、押し合いになって前の連中が潰れた。
何匹かそれで命が尽きたようだ。
盾は無事だ。丈夫でよかった。
「遠隔攻撃で倒す! ゴブリンの肩から下には壁があるぞ! リディアは全員の回復を。俺は要らない」
「わたしも要りません」
月那が俺のことばを追うように言ってきた。
自前の水属性治癒で治したかな。
俺は鎧で覆われていない顔の部分を“見えない盾”で覆っていたので、最初から被害がない。
止まった前方のゴブリンに焦れたのか、後ろのゴブリンが前のゴブリンをよじ登っている。
そのよじ登ったゴブリンを、ハンナの弓が貫く。
「はっ? えーっ!?」
間抜けな声をあげてしまったのは俺だ。
ハンナにではない。月那とシルィーだ。
二人の頭上にはアレが舞っていた。
それも、俺が渡したモノの倍ほどある、翼長が一メートル近い巨大なブーメランが、二人の頭上に十枚ずつ、円環を描きながら旋回していた。
月那とシルィーが右手で上を指差し、その手を前へ振り下ろした瞬間、合計二十枚の特大ブーメランが軌道を変えた。
外へ向かって上昇し、壁の上を過ぎたところで内側に向かって下降を始めるブーメラン達。
そしてそれらがゴブリンの斜め後ろから襲いかかる。
ドカッ! ボクッ! バキッ!────
凶悪な打撲音が連続して起こる。
ゴブリンの後頭部や頸、上半身にブーメランがぶつかる音だ。
凄いな。
全部のブーメランが別々の目標に襲いかかっている。
外れ無しだ。
しかも六~七割のブーメランが、落ちずにそのまま舞い上がっている。
案の定、それらが第二波として襲いかかった。
そして第三波でブーメランは全てが落ちた。
ゴブリンは一割も残っていない。
風精霊制御、恐るべし。
最後に残ったゴブリン達は、俺の前で俺の左右に進み出てきた月那の石弓とシルィーの弓による十字砲火で、残り一匹となり。
俺が小剣を投げて止めを刺そうとしたところ、ハンナの放った矢がそいつを貫いた。
片づいた…かな?




