8 帰路
西の森へ向けて出立してから四日目。
只今、タルサ市へ帰還するための準備中だ。
天蓋型天幕の、使い心地は良かったな。
ただ、高さが意外と邪魔になって、見張りの時に視界が遮られたのが気になるところだ。
それでも中央に支柱を立てる形式よりは低いんだが、高くなっている部分が多いということか…。
なんて事を考えながら、天幕を分解していく。
収納がバカ容量なんだから、そのまま入れておけばいいじゃないかって?
頻繁に使うならともかく、しばらく使う予定はないからね。人前で出し入れする可能性があるなら、ふつうに解体しておいた方が目立たない。
天幕の設営と解体にもまだ慣れているとは言い難いから、機会があれば設営解体も数をやっておきたいしね。
今回の西の森での探索。
主目的である技能継承は、成果が明確なものに限っても、
探索一日目
・身体強化(自己) リディア → ハンナ
・片手剣 達弥 → シルィー
・ブーメラン 達弥 → シルィー
探索二日目
・風の探知 シルィー → 月那
・聴覚探知 シルィー → 月那
・ブーメラン シルィー → 月那
の六つが成立した。
これはもう月那の関与は疑う余地がないかな。
例外が一日目の、俺からシルィーへ片手剣の扱いとブーメランを伝えた件だ。
これには月那はまったく関与していない。
まあ継承と言っても、俺自身はブーメラン使いというわけではないので、現物を渡しただけと言っていい。
あとはシルィーが“風精霊”と共同で技を進化させ、さらに翌日、シルィーから月那へを孫継承したわけだ。
他にもシルィーから月那へは、「風の探知」と「聴覚探知」が継承された。
憶えたてで、まだ探知範囲は狭いらしい。
シルィーにしても、初めてダンジョン・ヤグトに潜ったときが初使用だったわけだから、これは“風精霊”との付き合いの長さというか、意思疎通の熟練度がモノを言っているのではないだろうか。
探知魔術が俺たちにお披露目されたのは「風の探知」が先だが、これが元の世界にある「能動音響探知」の“風精霊”版なら、二つは一対の術だ。
むしろ「聴覚探知」があってこその「風の探知」と言ってもいい。
地球での「受動音響探知」に相当する「聴覚探知」で“風精霊”の声を聞くことが出来なければ、そもそも「風の探知」が成立しないからだ。
余談だが「風の探知」と「聴覚探知」、どちらも魔術としても精霊術としても発動が可能だそうだが、精霊術にした方が圧倒的に情報量が多いのだとか。
というか精霊術にしたときは、話し好きの“風精霊”から受け取る情報量が格段に多くなり、必用な情報を弁別するのに脳力の多くを割かなくてはいけないのだという。
いずれにしても、聞き上手のための術といえそうだ。
話を戻して。
リディアがハンナへ身体強化を伝えたときは、月那が同席していたので、これも月那が無関係とは言い難い。
面白いのは、身体強化の自己強化だけが伝わり、他者を強化する技能が伝わらなかったことだ。
つまり何でもかんでも継承してしまうわけではなく、資質がある器に対して、相応の技能だけが通常の何倍もの速さで流れ込むと言うことではないだろうか。
もともと暗視や視覚強化が使えたハンナに、リディアから全身の強化が継承された。
もともと精霊の声が聞こえ、精霊による強化ができた月那に、シルィーから「風の探知」と「聴覚探知」が継承された。
同じ「風の探知」を教えてもらっても、継承されることのなかった俺。
俺って何?
いやいやいや。
それは別にいい──。
大切なのは、“またり”と“白き朝露”が、わりと簡単に強化できたことだ。
とくにリディアの行動半径が広がったのがありがたい。と、個人的には思っている。
今後?
今後はとくにないな。
月那に、継承を加速する触媒としての能力があるらしい。ということだけ憶えておくことになるかな。
正体不明の力が働いていた様子なので、その出処を知っておきたかったというのが今回の「地力向上計画」を考えた動機なんだが、この力を使って一稼ぎしようとか言うつもりはない。
この能力を詳細に調べるだけの手間と時間をかけたとき、月那自身は幸せな状態からはほど遠くなるのが容易に想像できるしね。
だからこの“ずる”は、当面これっきりだろう。
「タツヤー、そっちは終わりそう?」
リディアが訊いてきた。
「ああ、いま終わったところだ」
「じゃあ一休みしたら出ようか」
「お茶が入ってますから、こちらへどうぞ」
ハンナが続き、月那が呼ぶ。
「わかった。いま行く」
解体して纏めた天幕を収納して火の近くへ行くと、月那が香草茶の入ったカップを渡してくれる。
「昨日シルィーさんに言われて摘んだ香草の葉をお茶にしてみました」
「一昨日、タツヤ、も、摘んで、いる。飲む、と、すっきり、する」
香草茶に口を付けてみると爽やかな香りが広がり、たしかに頭から首、肩にかけて緊張がほぐれる感じがする。
「それで、ルナ、の、ことは、これから、どう、するの?」
「月那のこと? とくに変わらないよ。これまで通りだ。これまで通り、二人で元の世界へ戻って、妹や家族と再会するのが目的なのは変わらない。 だからこれまで通り、命をだいじに、冒険者ランクを上げながら、帰る手掛かりを探すさ。
次の目標としては、騎乗資格を取って、機動力の増強かな」
月那を心配してくれてるんだな。
いつの間にか随分馴染んだもんだ。
「そう、良かった」
「またここにも来ようよ。ここは気持ちがいいよ。それで今度は五人でもっと奥まで潜ろう」
リディアが応え、ハンナが次回の要望を口にする。
そうだな。
時々こっちへ足を延ばすのも悪くないな。
そう思いながら探索をした二日間、いやタルサ市を出発してからの三日間を思い出していた。
目標にしていた地力向上計画は成果を出せたと思う。
新しい技能を覚えた者もいる。
その技能の継承を加速する触媒にも目星がついた。
リディアの体力向上もできた
なにより、みんなのストレスが解消できて、それぞれの絆も深まった。
任務完了。と言っていいだろう。
俺たちは気分良く、三晩を過ごした岩棚をあとにした。
†
「ここだよな?」
「ここですね?」
昼ごろ、俺たちはゴブリンの大量討伐をした現地に到着した……ようだ。
土の地面から頭の高さを超える岩がゴロゴロと露頭している風景。
似たような岩ばかりなので、周囲の景色に見覚えはないのだが、“地図作成”スキルはココがそうだと示していた。
標点が付けてあるから、確実ではあるんだが……。
目の前に、岩棚の奥へと向かう細道が…あった。
周囲の景色に憶えはないが、この細道はよく憶えている。
この世界へ飛ばされた最初の日、大量のゴブリンを倒す破目になったその場所だ。
だが、なんでだ?
西の森へ行く途中で寄ったときは、この細道が見つけられなかった。
腹立ち紛れで付けた地図作成スキルの標点は、確かにここを示している。
どういうことだか判断しかねたので、周囲から探索することにした。
行きと違って全員一緒だ。
また突然ゴブリンの大群と出くわしては溜まらない。
こちらの人数は前回より増えたが、細道の途中で出会ってしまったら、人数が多くなったぶん小回りが利かないという事もある。
だから先ずは外周りからだ。
岩棚の外周に沿って、時計回りに四分の三周ほど進むと、岩棚に上がるとき使った足場が現れた。
やはり行きにお昼を食べた岩棚で間違いないようだ。
先ずは防御が固い俺が登ってみる。
岩壁にへばりついた状態で上から攻撃でもされたら、防御の薄いハンナでは耐えきれない。
上が開いた谷底のような細道があるのだから、地形は間違いなく変わっているだろう。
登り切ったところで周囲を見渡してみても、なにも見当たらない。
次にハンナが上がり、リディア、シルィーが登って、最後に月那が上がってきた。
「なにも居ませんね」
「油断はしないようにな」
岩棚の上は、前と同じくだだっ広いが、細道の上なのだろう、少し先に一本の線が走っている。
俺とハンナでその線に近づき、下を覗き込んでみたが何もいない。
残りの三人が近寄ってきて、思い思いに岩棚の切れ目を覗き込んでいる。
下の地面まで三メートルといったところだ。
切れ目に沿って奥へ向かうと、広場が見えてきた。
ハンナが身を低くして縁に近づく。
生き物の姿が見えないことを確認して、俺たち全員が広場の縁まで近寄り、そっと下を覗き込むと、そこは空の広場だった。
「なんだ、結局なんにも居なかったわね。よっと」
と言ってリディアが下へ飛び降りた。
あ、バカ。
なにも居ないからって、なにも無いとは限らないのに!




