7 西の森 探索二日目 後編
森の中、開けた場所で最初の休憩をとったとき、シルィーさんにお願いしてみました。
「シルィーさん、今日は風の探知を教えていただく予定ですが、もうひとつお願いしてもいいでしょうか?」
「なに?」
「あの、ブーメランを……教えていただけませんか?」
「いい、よ」
「ありがとうございます!
それで、先ずはブーメランを見せていただけますか?」
「わかっ、た。はい」
そう言ってご自分の収納からブーメランを取り出しました。
シルィーさんからブーメランを受け取ると、今度はそれをわたしの収納にしまいます。
「なに、を、して、る?」
シルィーさんが不思議そうに訊いてきます。
とったりしませんよ。
「収納で、ブーメランの詳細情報を集めています。
それでわたしのブーメランを作ろうかと思いまして」
「! でき、るの!?」
「たぶん出来ます。
香辛料の調合をしたときの感触からすると、できそうな気がします。
まずはこのブーメランの複製を作りたいですね。
わたし用に。
そうすればわたしも、ブーメランが投げ放題になります!」
驚いた様子のシルィーさんにわたしの計画を話します。
「ブーメ、ラン、が、なげ、ほうだい…」
「はい。投げ放題です(はーと)」
「それで、材料はなんだった?」
「樫の削り出しとなってました」
樫とは出ましたが、もともとはゲームの中の武器だったはずです。
これは地球産の樫のブーメランなんでしょうか。
「樫、あってる」
どうやらシルィーさんの見立てとも一致したようです。
一瞬、地球じゃないのに樫? と思いましたが、「人」と呼べる生き物が歩き回っている世界なのです。翻訳さんが「樫」と訳して差し支えのない樹木があっても不思議はないと思い直しました。
「ちょっとまって……」
そう言うと、シルィーさんは手近の太い木に歩み寄ると、じっとしています。
しばらくそうしていると、
「こっ、ち」
と言ってわたしの手を引いて歩き始めました。
えっと、そっちは達弥さんたちと鉢合わせする方角ですよ。
とすこしワタワタしてしまいましたが、けっきょく誰と出会うこともなく、じきに目的地へ着いたようでした。
「ここ」
シルィーさんが指し示す先は、木が倒れて森の中に道が出来ているという光景でした。
え? ナニコレ? ここはどこでしょう?
思わず地図作成スキルを開くと、白地図です!
ひさしぶりの白地図ですよ!
南東方向に先ほどまでいた森の地図が端っこだけ表示されていますから、隣の地図領域ということでしょう。
スキルの頁表題には「西の森 深域」と出ています。
ええぇ、深域!?
わたしたち浅域にいたはずですよ。川なんて渡ってませんよ。そもそも数百メートル歩いただけで隣の地図領域にいるって何ですか。
思わずシルィーさんを見ると、人差し指を唇に当てて「しー」という感じでわたしを見ています。
「こっち」と声に出さず唇の動きだけで伝えてくると、わたしの手を取って倒木の一つに近づきました。
「これ、収納、できる?」
静かに指差したのは、わたしでは一抱えにできない太い倒木でした。
収納に入れてみます。
入りました。
収納枠の名前は、「樫の倒木」になっています。
樫だったのですね。
「まだ、入る?」
「入ります。収納枠にはだいぶ余裕がありますから」
「それじゃあ…」
と、シルィーさんは別な倒木へわたしを誘い、これ。これ。と次々に収納させていき、収納し終わったのは、回収した倒木が二十本になったときでした。
「これ、で、十分、かな…」
何が十分なのでしょう?
わたしたちは、ブーメランの複製を作る木材の話をしていた筈なんですが。
「もど、ろう」
そう言って左の手を差し出してきました。
いつものシルィーさんの手です。
またあの道を通るのでしょうか。
妖精の道。
いろいろな物語に登場する、あまりいい話を聞かない現象なので少し心配ですが、使うのがシルィーさんですしね。
ちょっと葛藤。
「怖、い?」
「ちょっと怖いです。
すでに一度、似たような現象に晒されている訳ですから。
達弥さんのところに戻れないと困ります」
「大、丈、夫。ちゃん、と、帰して、あげ、る、から」
「お話で、そう言われてうかうかと妖精の道を通ると、帰ってきたときに何十年も経っていたりするんですよね」
「ああ、翅妖精、ね。
あの子、たち、二点、を、移動、する、のに、かかる、時間、という、概念、が、さいしょ、から、うすい、から」
いるんですかそんなことしそうな妖精が!
こわいです。
「ああぁ、そうしてわたしはエルフの里へ連れて行かれて、ラヌー鳥の料理とブーメラン作りをさせられ続けるのですね(よよよ)」
そう言ったわたしは、差し出されたシルィーさんの左手を、右手でがしっと握り締めました。
本物のエルフが使う妖精の道。
そう考えたら、それはそれでワクワクすることだと思っている自分がいました。
「戻りましょうか」
「いい、ね、きみ。
この、世界、の、ヒト、では、見た、ことが、ない、ほど、ボクら、に、近、い
ぜひとも、里に、きて、もらって、ラヌー鳥の、料理、や、ブーメラン、作り、を、して、もらい、たい。
でも、いま、は、森の、もと、の、場所、へ、もど、ろう」
「はい」
そうして、わたしとシルィーさんは歩き出しました。
まわりはすぐに樹木しか見えなくなり、景色を見ているだけでは方角も分からなくなっています。
地図作成スキルを開いてみると、「地図のない領域」と表示されました。
見たままの場所じゃないんですね。
わたしたち二人は、短い下草が茂った場所を通っています。
とくに道のような印も見分けられません。
そういえばさっきの倒木でできた道。
あれは何だったんでしょうか。
そんなことを考えながら茂みを回り込むと。
「あっ…」
そこは見覚えのある場所。
野営拠点から少し森に入った広場。
地図作成スキルでもそうなっています。
それにしては、地図の踏破済み領域の表示が増えていませんね。
「戻りましたね」
「うん、もどった」
「じゃあ出かけましょうか。
あまりのんびりしていると、碌に探索を進めずに終わってしまいそうです」
「だい、じょうぶ。歩いた、歩数、ぶん、の、時間、しか、たって、いない、から」
「出鱈目ですねー」
「ルナ、の、収納、ほどじゃ、ない、よ、きっと」
「そうでしょうか?」
最後に収納した倒木。
それだけが異様に大きく、直径三メートル、長さ(立っていたときなら高さ)が四十メートル近い巨木。
収納枠の名前は、「臣木(樫)」になっていました。
これだけ別枠なんです。他のものは「樫の倒木」で一つの枠に収まったんですけど。
「千歩も行かないうちに森の深域まで達してしまうなんて、あれこそ規格外じゃないですか。それに危ないですよ深域なんて」
「あれ、は、ボク、の、ちから、じゃない。森、の、ちから。
ボク、は、ふつう。
きけんは、あのとき、なかった。近く、に、魔獣、も、猛獣、も、いなかった、から」
自分がふつうとか、とんでもないことをさらっと言うものです。
「この収納や流体制御だって、わたしがここへ連れてこられたときにくっつけられたんですよ。
もとの世界にいたときはなかったものですし、わたしの力じゃありません」
「収納、の、容量、と、つかい、こなし、は、ヒトの、器、の、大きさ、と、そうぞうせい、に、依る、と、お母様、から、教え、られた。力、は、誰かに、あたえ、られた、と、しても、使い、こなして、いる、のは、ルナ。それ、よりも、ルナに、使え、そう、な、技能が、ある、から、あとで、教える。風の探知と、対、を、なして、いる」
「え、風の探知と対の技能ですか!? それはとっても興味があります。是非おねがいします」
露骨に話を逸らされました。
でもこれはとっても興味があります。
ここは話の路線変更に乗るよりほかないでしょう。
「あと、さいご、の、一つ、以外の、倒木は、好きに、つかって、かまわ、ない。
さいごの、一つ、も、ボク、が、お願いする、ものを、作って、もらえたら、その後、自由、に、していい。ただし、他人、に、わたす、なら、相手、えらび、は、慎重に、ね。採った、場所、や、あれの正体、が、知れる、と、面倒事に、なる、ことが、ある。ボクが、もらった、正当性、に、まちがい、は、ない、けれど、ね」
「あの……臣木って………」
「それ、も、また、時間、が、ある、ときに、話す、よ」
シルィーさんの「また」って、何十年も先の話になりそうでこわいです──。
†
西の森探索の二日目。
西の森探索の一日目は、ハンナの組で、ハンナが身体強化魔術(自己強化のみ)を覚え、シルィーと俺の組では、シルィーが片手剣の使い方とブーメランを覚え、俺は風の探知を教えてもらったものの、効果はよく分からなかった。
探索二日目の今日は、ハンナ、リディア、俺の組では、三名ともが身体強化を使えるようになった事もあって、探索速度が飛躍的に上がったが、継承の面ではさしたる成果はなかった。
ルナ、シルィー組の成果はどうだったかな? と思いながら森から出ると、壁があった。
なんだあれは?
高さ三メートル、長さ三十メートルを超える、木か??
横倒しになった巨大な木が、壁のように聳えていた。
「ただいま」
「おかえりなさーい」
月那が出迎えてくれた。
その頭上には、ブーメランが回っていた。
ぜんぜん降りてこないな、あのブーメラン。風の精霊で操っているのか?
シルィーに継承してもらったのだろうけど、よく覚えたな。大したもんだ。
「おかえり、な、さい」
シルィーも現れた。その頭上にも、ブーメランが回っている。
こうなるともうラジコンか無人機だな。持ち主に追従するってね。
待て、ブーメランが二つ!?
俺がシルィーに渡したのはブーメラン一つだけだ。
それだけしか持っていない。
だが二人の頭上にはたしかにブーメランが舞っている。
あの巨大な大木といい、月那・シルィー組は成果大だったらしい。
「樫《かし》」の英名は「ライブオーク」だそうです。
「楢《なら》」の英名は「オーク」だそうです。
「hurt」 読みは「ハート」、意味は「ぶつける」




