5 西の森 探索一日目
地力向上計画の二日目、西の森探索を始める。
今回の探索では、進度を重要視していない。
昨日の月那とハンナではないが、外で動き回ってダンジョンで溜めたストレスを発散するのと、手軽に継承できる技能があれば受け渡をしてしまおう。
欲を言えば、楽な継承が可能な原因も分かるといいな。と言ったところである
チームは二つに分ける。
まず、俺と月那は別のチームだ。
これは、お手軽継承を可能にする要素があるとすれば、“白き朝露”の三名よりも、俺たち“またり”の二人のどちらか、あるいは両方である可能性が高いと思えるからだ。
なぜなら、俺たち二人はこの世界の異物だから。
だから行動単位を二つの集団に分ける。
探索一日目は、俺とシルィーで一組。月那とハンナ、リディアでもう一組
探索二日目は、俺とハンナ、リディアで一組。月那とシルィーでもう一組だ。
二組で、四百メートルほど離れて草原と森の境目に立ち、揃って森の奥、北へ向かって探索する。
四百メートルというのは、シルィーの風の探知の届く範囲である。
上手くすれば同調して動けるだろう。
上手くいかなくても、大きな音を出せば異常事態がを伝えられる距離だ。
昼近くになる、または川に突き当たる、または「まだもう少し行けるかな?」と誰かが考えたところを目安にして探索方向を変更し、二百メートルほど東に進んでから方向を南へ変える。
もちろん「もう方向を変えないと」と思ったときも同様だ。
最後に南へ向かって進み、草原に出たらその日の探索は終了だ
森の中での行動は、基本シルィーとハンナが決める。
二人とも森の熟練者なので、彼女らの判断で他の者に指示を出して、採取をしたり狩りをしたり、休憩したり技能の継承を試みたりする。
俺と月那は地図係と時計係を務める。
“地図作成”スキルの“踏破済み領域表示”によって、二百メートル東へ進んで南に進路を変える。なんて所が大きくずれないように気をつける。その辺りは現場で判断だ。
それに“地図作成”技能があると、どこにいても出発地や野営地きの距離と方向を間違えないので、迷子の心配をしなくて済む。
とても便利だ。“地図作成”スキル
†
森の前に立つ。
月那たちは、野営地から最寄りの森の入口に、俺たちはそこから四百メートル東に立つ。
遠目にお互いを見て、手を振り合ってから森に突入した。
前を行くシルィーは急いでいる風もなく歩いて行く。
だんだんと木が高くなり密度が増し、日射しの通りが悪くなってくる。
下生えも増えているが、シルィーの歩みに迷いはない。
ときどき立ち止まって“風の探知”を使ったり、「そこ、の、花を、根を、残して、六割、採取」とか、「あそこ、の、枝の、鳥、落とせる?」と仕事を振ってくる。
さすがに投擲では遠方の鳥に攻撃を届かせられないので、頭を振ると、自分の弓で射止め、それを回収しに向かう。
そんな風にして探索は進んでいった。
継承の方は、まずは俺がシルィーに片手剣の手ほどきを試みた。
シルィーが“風の魔術剣”を使うときの基本は、短丈を両手剣の柄として使っている。
それを片手剣としても使えるように訓練するということだ。
そんな必要があるのか? と問われれば、微妙であると言うしかないだろう。
まあ今回は伝えられるかどうかって所が重要だからね。
訓練するに当たって“風の魔術剣”の物理特性を確認した。
魔術剣の物理特性ってなによ。と、自分でも思う。
思うのだが、擬問なのは“風の魔術剣”で防御ができるのか? というところなのだ。
月那が“風の魔術剣”で鉄の盾を切り裂いているのを見ているので、斬撃力、斬る力が十分以上なのは明らかだが、魔獣の牙や他者の剣を魔術剣で受けたとき、どんな挙動を示すのか? というのがなかなか想像できなかった。
要は振り下ろされた剣を魔術剣で受けたときに、その攻撃を止められるのか? ということだ。
相手の剣ごと切り裂いた。という結果はわりと容易に想像できる。
だがそうなったとき、魔術剣によって切り裂かれ柄と分かたれた剣先は、どんな軌道で飛んでいく?
柄側に残った剣の根元は安全かと言えば、残った刃で切りつけることは可能なので、相手を無力化したとは言い難い。
なんでこんな回りくどい事を考えているかというと、普通の剣一本で魔術剣や魔剣を持った敵を相手にせざるを得なくなったとき、俺なら切り飛ばされた剣先が相手に向かって飛ぶよう仕向けるし、魔術剣が振り切られた隙に、手元の柄に残った刃で切りつけることを考える。
剣先を切り飛ばされた瞬間、闘いが終わるわけではないからだ。
その時まだ生きていればの話だけどね。
そんな反撃をさせないためには、一度剣の勢いを止める事が有効になりそうだ。
鍔迫り合いに持ち込んで、剣の速度を一旦ゼロにする。
そこで魔術剣の出力を上げて相手の剣を切断する。
こちらが切りつける必要はない。魔術剣に通常剣を切断する力があるのなら、相手が剣を押す力で剣は切断されるだろう。
剣技で切断するわけではないのだ。
速度はほぼゼロなので、離れた剣先はその場で下に落ちる。相手の体勢は、鍔迫り合いの最中に剣を外された状態になって崩れる。返す魔術剣で相手を無力化する。といった流れだ。
結論を言うと、相手の剣、というか攻撃を受け止めることはできるそうだ。
ただそれは自動ではなく、「剣を止める」ように精霊にお願いしないといけないらしい。
つまり「防御」と「攻撃」は意識して切り替える必要があるということだ。
そうでなければ、先ほど想像していたように剣を切り飛ばすことになる。
あるいは相手の剣が魔術剣をすり抜けて、こちらの身に届くかだ。
それと、相手が強くて武器だけを止められないときには、握り手、腕、体と、精霊防御が作用する範囲が広がっていくことが、こちらは自動で起こるらしい。
相手が強すぎてどうやっても止められないということも起こりうる。
だがそこまで行くと防御と言うより、もう「固定」の魔術と呼んだ方がいいような気がするけどね。
ピー────
森の中にぽっかり出来た空き地でそんな話をしているとき、鳥の鳴き声が聞こえた。
それを聞いたときのシルィーの反応は激烈だった。
普段の茫洋とした様子からは想像できない、渇望と呼ぶのがふさわしい表情だ。
「どうした?」
「しっ」
唇に人差し指をあてて静かにと促し、その指をゆっくりと木の一本へ向けた。
「ラヌー鳥。木の、向こう、側、に、いる」
「珍しいのか?」
「とても、珍しい…しかも、美味、しい」
珍しいな。普段好きも嫌いも言わないシルィーがこれほど感情を露わにするなんて。
「獲らないのか?」
「……方法、が、ない。木の、向こう側、に、矢は、届か、ない。空気槌、は、強い、と、木ごと、折って、しまう。弱けれ、ば、逃げ、られる」
「横打ちの空気槌は?」
いつも横や上下から打ち込んでいる精霊術では駄目なんだろうか?
「あれ、は、相手、の、正確な、位置、が、分から、ない、と、当て、られない」
そうか。横打ちだから自分からの距離が正確に分からないと使えないか。
珍しく必死感を出しているシルィーを見ていると何とかしてやりたいが、さて。
「風の探知で位置を把握するのは駄目なのか?」
「風の探知、は、ラヌー鳥、に、気付かれて、こちら、から、遠ざかる、方、へ、逃げる」
あー、能動電波探知も能動音響探知も、それを知覚できる相手からすれば、大声で喚かれているようなものだから、隠密性は皆無だ。
そりゃあ逃げるか。
「サイド…横打ち空気槌で横へ追い立てて、そこを弓で狙うのは?」
「見え、る、範囲、ぎりぎり、まで、術を、維持、して、ラヌー鳥、が、飛び出し、てから、矢を、番えた、の、では、間に、合わ、ない」
横打ちは術を発動している間中、意識の集中を続けないといけないのか。
みごとに袋小路にはまってるな。
俺にはあの距離で当てられる投擲武器はないし……。
………当てなきゃ行けるかな?
「なあシルィー。俺が鳥を横へ追い立てたら弓で仕留められるか?」
「できる。……手立て、が、ある?」
「確実じゃないが試してみたい手はある」
「やろ、う。今の、まま、じゃ、手詰まり」
「分かった。じゃあ弓の準備をしてくれ」
俺がそう言うと、シルィーは自分の収納から、いつもの短弓より立派な弓を取り出して、矢を番えた。
取って置きの弓か?
「いくぞ」
俺は自分の収納から取りだしたソレを、左へ向かって投げた。
ソレは回転しながら高度を上げ、時計回りの進路をとって、木の向こう側へ消えて…、
───ピィ!
鳥の鳴く声がし、羽ばたき音が聞こえたあと、木の右手から鳥が飛び出した。
ヒョゥッ──と矢の飛ぶ音がした次の瞬間、矢は飛び立った鳥に突き刺さり、地面に落下した。
成功だ!
俺が投げた武器は、回転しながら時計回りに飛び続け、高度を下げて手元に戻ってきた。
「それ、は? ハンナ、の、新しい、片手刀?」
射落とした鳥へと向かいながら、シルィーが尋ねてくる。
「いや、これはブーメランという投擲武器だ。
ぱっと見は似ているが、まったくの別物だよ」
机に置いて上から眺めた姿は、たしかによく似ている。
けれど山刀は金属製の刃物で、ブーメランは木製の鈍器だ。
それに断面形状が飛行機の翼のような上下非対称なので、山刀とはまったく異なる。
「それ…ブーメ、ラン? が、飛ぶ、とき、風の、精霊、が、すごく、喜んで、歌う」
へえ。
興味が湧いたのか、シルィーの視線が、ブーメランとラヌー鳥の間を六対四の割合で行ったり来たりしている。
射落とし済みのラヌー鳥より、ブーメランの優先度の方が高いようだ。
「気になるなら使ってみるか?」
「いい、の?」
「ああ、いいよ」
ほれ。と差し出すと、嬉しそうに抱えたままラヌー鳥へと駆けていく。
あれは風の精霊がシルィーを浮かせてるんじゃないか? 一歩の歩幅がえらく長くなっている。
一足先に到着したシルィーが、ラヌー鳥を拾い上げると、こちらへ振り向いた。
ドキッ!───
ふだん茫洋とした表情でいるシルィーが、左手にブーメランを抱え、右手でラヌー鳥を掲げて満面の笑みを湛えているさまに、不覚にも俺の心臓は鼓動を早めてしまった。




