4 西の森 ベースキャンプ
ベースキャンプは、森の手前五十メートルほどのところにある、割と広い岩棚の上に設営した。
来るときに岩棚の上で昼食を摂ったのが気に入ったとか?
そんな訳はない。
この辺りの地面は、草が生い茂っているうえ湿気をもっていて黒い。
ちょくちょく水が出る場所ということだ。
だいたいバルニエ大草原というのが、普段は何もないのに雨が降るとあちらこちらに小川が現れる場所だ。
しかも水は南東方向へ流れていく。
つまりタルサ‐セリエス街道を横切るかたちで南東の断崖へ流れていくため、街道の下に排水用の穴が設けられているのは、広く知られていることらしく、多少の高さを取って夜営地を選ぶのは、バルニエ大草原では基本だそうだ。
ここを拠点に、三泊四日で「西の森」の川のこちら側を探索しつつ、いろいろな技能の継承を試みるつもりでいる。
周囲に他のパーティーの姿はない。
安定して水を確保するために、西の森を東西に流れる川が森を抜けた所へ夜営地を選ぶのが定石だそうだが、俺たちの場合、水は収納に頼っている。
俺と月那の収納には、飲用可能な水とお湯がそれぞれ一トン(直径一・六メートルの桶に五十センチの深さで水を張った位)ずつ。安全のためにシルィーの収納にも水が五十キログラム(五十リットル、膝を畳んで入るお風呂半杯位)入れてある。
従って、わざわざタルサ市から遠い、王都寄りの野営地まで行く必要はない。
俺たちは徒歩なのだから。
水はいざとなれば月那とシルィーの水属性術に頼ることもできる。
だが、これでも収納に入れられる水は、満タンじゃなかったんだよね。
一体どれほどの量が入るのか、一度ちゃんと検証しておきたいのだが、一時的にせよ川が干上がるようなことになっては問題なのが悩ましい…。
天幕は、Dランク昇級講習で見た円蓋型を、二度目の“ダンジョン・ヤグト”入りの報酬で購入していた。
“またり”と“白き朝露”で、三人用と四人用をそれぞれに一張りずつだ。
大きなものを一張り買うという意見もあったのだが、いろいろ勘案して二張りに分けた。
大型だと設置したときに背が高くなり過ぎるとか、大型だと注文してから手に入るまで時間がかかるとか、大型だと収容人数の割りに値段が高くなるとか(容積で値段が決まるようだ)、いつまで一緒に居られるか予想できないとか、いろいろだ。
この野営に、大盛り上がりに盛り上がった人が居た。
月那とハンナの二人だ。
この日の夕食、二人は料理をしまくった。
主な食材は、ハンナがここへ来るまでに大量に確保していたし、パンと野菜はタルサで買ったものが収納に入っている。
二人の料理っぷりは、まるでそれまでの鬱憤を晴らすかのような豪快なものだった。
考えてみれば、宿屋暮らしなので二人ともずっと料理をしていない。
ハンナがEランクの頃は、ギルドに納品しないといけない魔獣以外の獲物で、昼食に外でBBQぽいこともしていたようだが、Dランクに上がってからはさっぱりである。
月那については言うまでもない。
月那が純粋に、料理をつくり誰かと一緒に食べることが好きなのに対して、ハンナは、獲った獲物を解体して食材にし、それを料理して自分と仲間で食べるという一連の行程が身に染みついているのだという。
若干方向性に違いはあるものの、その熱意はいずれ劣らずで、これ以降料理は二人の専決事項となった。
無論ほかの三人に否やは無い。
ご馳走さまです。
俺は何もしていなかったのかと言うと、そんなことはない。
月那から「紙とインクが収納内にあると、メモと複写ができた」と聞かされて以来、武器の手入れを試みていた。
道具屋で買い求めた砥石や保護油を使って、収納内で手入れと保管をする。
こういうのも熟練度があるようで、始めたばかりの頃よりも最近の方が上手くできている気がするが、気のせいか?
熟練度が上がったら、手入れも自動でできるようになったりしないだろうか?
ともあれ、収納内で手入れが完結できるのは有り難い。
幸いこの体の元になったと覚しき分身のエイルは、俺の倉庫キャラクターである。
限界まで拡張していた収納には、刀剣防具が大量に収められている。レベル3としてはだが。
収納物の確認をしていて気付いたのだが、ゲームのとき宿屋に装備されていた「倉庫」が収納に統合されていた。
だから、しまい込んでいたレアイテム類もこちらで使えるという訳だ。もちろん倉庫も最大限拡張してあった。
そんな訳で、研ぎ練習につかう刀剣には事欠かない。
惜しむらくは、俺と月那のレベルが未だ一桁で、装備できる武器が安物の鋳込剣に限られていて、手入れのし甲斐がないことだ。
代わりにハンナに渡した山刀や、その他小刀小剣類は、装備可能レベルが低くても鍛造刀剣なので、力を入れて手入れしている。
ヌルヌル切れるぞ。
あとは月那の包丁だね。
いつの間にか手に入れてたよ。月那の料理刀。
俺を含め五人全員が風呂好きなので、遠出は難しいかと思っていたのだが、月那がやってくれました。
というか、これができるようになったので、遠出をしてみようという気になったと言うのが正しい。
水と風、火属性の三属性複合魔術で、体表に泡の皮膜を作り、泡で叩いて汚れを浮かせ、水で流したあと脱水、風で乾燥させる。火属性は温度を管理する。
複合魔術の「洗浄」である。
服も装備も着けたままで使えるので、お手軽簡単(いや、三属性複合している時点でお手軽じゃないのはよく分かっています。月那にしかできない)。
試しに掛けてもらったときは、温泉の湯量感こそないものの、汗と皮脂の不快さがきれいさっぱり取れたので、効果に間違いはない。
「まだマイクロバブルの域には達してませんが」と言っていたので、さらに進化させるつもりなのだろう。
もの凄い意欲だ。
ともかくこれで、タルサの温泉には届かないものの、野営としては破格の清潔感を得ることに成功した。
これで水洗トイレがあれば…と一瞬思ってしまうが、それは考えてはいけないだろう。
ひょっとしたら月那が何かやっているかも知れないが、ここは敢えて問うまい。
ちなみにタルサ市は下水道があって水洗だ。
水(湯)の豊富な街ならではだね。
こうして野営をしてみると、日本のゆる~いキャンプ場の有り難さが良く分かる。
話に聞いたことしかないけどね。
俺はインドア派だから。
余るだろうとは思っていたが、いや確信していたが、料理は余った。かなり大量に。
それを月那が軽く火を入れ直して、食べやすくしたものから次々と収納へ入れていく。
状態変化無効の収納様さまだ。
少なくとも明日以降当分のあいだ、昼食のおかずに困ることはないだろう。
月那に、食器を複合魔術「洗浄」で洗うのと、収納に入れて食器だけ取り出すのと、どっちが綺麗になるの? と聞いてみたら、「収納です」と言っていた。
すこし悔しそうに感じたので、そこらがカイゼン目標なのかもしれない。
ガンバレ月那。
†
食事も片付けも終わればあとは寝るだけだ。
故郷での野営と違い、魔獣寄せになってしまうため火が焚けないこの地では、夜は月明かりと星明かりだけになる。
今の食事も、日があるうちに作って食べて片付け終わる、文字通り夕方の食事だし、よほど大規模な拠点野営地を設営するようなパーティーでないと、暗くなってから火を焚くという選択肢は出てこない。
火を焚くことで得られる利点に対して、負う危険が大きすぎるのだ。
そこで問題になるのは夜の見張りだ。
一人なら、危険を承知で仮眠を取るだけで、一刻もはやく安心して眠れる場所へ移動する以外の選択肢はない。
二人か三人なら、誰かが途中で寝落ちしてしまうリスクを受け入れた上で、夜を二分割か三分割した時間を一人づつ交代で見張ることになる。
四人だと、誰か一人がまったく見張りをせずに眠るか、一般的にはどこかの時間帯だけ警戒を厚くして二人で見張る。
あるいは警戒時間を四分割して、一人づつ交代で見張る。
夜が十二刻なら、普通は四刻×三交代にする所を三刻×四交代にするわけだ。
六人になってしまえば、三分割した時間を二人組で見張れば良いので問題ない。
だが五人は選択肢が多い。
思案ロッポウならぬ思案ゴケだ。
一。
居眠りの確率が低い最初の4刻だけを一人で見張り、他の時間帯は二人で見張る。
二。
誰か一人が睡眠時間を削り、時間帯二つ(8刻)受け持って、三つの時間帯すべてを二人組で見張る。
三。
三つの時間帯を一人ずつ三人で受け持ち、二人は完全に休む。
三つ目は即座に却下となったので、残りは二つ。
一つ目の変形で、一人目の2刻が過ぎた所で二人目が加わり、二人になった後さらに2刻が過ぎた所で一人目が三人目と入れ替わる。という案も出たが、入れ替わりが複雑で分かりにくいのと、寝ている人の邪魔になる頻度が増えること、それならもう一つ目でいいじゃない。ということで、これも没になった。
初野営でなければ一つ目を採用したいところなのだが、今回に限り二つ目を採ることになった。
その代わりに「西の森」探索では安全マージンを多目にとる。
†
最初の時間帯は、俺とハンナが見張りを担当することになった。
二番目は俺とシルィー、三番目が月那とリディアだ。
俺が二回分担当するのは、籤で当たったせいだ。イジメとかじゃないぞ。
まあ都合が良いと言えば良かった。
天幕の周囲を直径十メートルほどの円形に囲む、鳴子のような感知器は俺が設置したので、様子が気になっていたのだ。
地面に近い高さに糸をぐるりと張り巡らせて、ナニカが触れると音が出るという簡単な仕掛けだが、不意を打たれる前に知ることが出来るのはとても有り難い。
「今日はありがとうね。ひさしぶりにいろいろと堪能したよ」
ハンナの台詞だ。
ほかの三人はすでに眠っているため低く抑えた声だが、顔が近いので充分聞き取れる。
「俺が礼を言われる事じゃないだろう? こちらこそ美味しいご飯をありがとうって立場なんだし」
「うーん、今日のことだけじゃなくて、今日のこともか。
パーティーを組んでくれたこととかいろいろだよ。リディアを叱ってくれたこともあっただろ?
あの子勉強してて頭がまわるから、村のすこし歳上の連中くらいじゃ相手にならなくてさ。年のわりに頼られて、リディアもそれに応えちゃうもんだから肩肘張るようになって、だからタツヤに甘えてるところを見ると、村から出てきて良かったなって思うんだよ。だからありがとう」
同じ岩に背中を預け、角度をつけて座り、肩を触れあっている。
熾火もとうに消え、あたりは星明かりだけだ。
夜目が利かないと見張りが大変そうだが、俺もハンナも視覚強化術を使っているので、周囲はかなり明るく感じられる。
「どういたしまして。
でも、よく若い女の子だけで村から出られたね。
村の人口とかは大丈夫なのか?」
「親も爺婆たちも、あの子が村の中に収まる器じゃないのは分かってたからね。できれば帰ってきてほしいって言ってたけど、進む先は自分で決めろとも言ってくれたよ。
それにシルィーが居てくれたから。
村から出るのが二人だけで済んだってのもあったかな」
なるほど。
──その後は話もせず、静かに見張りを続けた。




