3 地力向上計画 後編
リディア持久力向上計画は地味に続いている。
持久力という言葉の通り、筋持久力の強化はたいてい持久戦になる。地球型の形而下な筋運動ならばだ。
一度目の休憩を取った後、リディアに身体強化術を使って歩いてもらう。
そろそろ体も温まっている頃だ。
不思議そうな顔をしながらも、言うとおりに身体強化を使って歩いてくれるリディア。
リディア持久力向上計画のことはリディア本人と話していない。
頭のいいリディアのことだから察しているかもしれないし、ハンナやシルィーから聞かされているかも知れない。先日来俺があれこれしているので、その一環と思っているかも知れないし、それは事実その通りだ。
要は俺や月那が、「今回リディアの持久力を向上させるために、技能を使ってあれこれします」と口にすることで、リディアがそれを意識して行動してしまうのを避けられたらと考えたのだ。
普段の持久力の無さっ振りが見られないと、問題点を見つけることができない可能性があるからね。
さて精霊眼を発動。
相変わらずの球内視界が追加される。
リディアの魔力が筋肉に集まっていく。
まあ身体強化なんだし、これでいいんだよな。
歩く速度は変えていない。
二百メートルほど進んだ所で、
「魔力が切れた」
とリディアの自己申告が入った。
早っ!
あれ? でもこれは……?
俺やシルィーの場合、魔力は視覚として捉えられる。
「暗視」は魔力視(精霊眼)の下位互換らしいので、ハンナも加えて良いかもしれない。
要は通常の可視光を超えた何かから視界を得る能力ということで良いのだろう。
ラピスさんは聴覚として捉えているし、月那も「精霊の歌が聞こえる」などと言うのでそれに近そうだ。
だが大抵の人は魔力そのものを感じ取る感覚を持ち合わせていないのだそうで、魔力が集まった掌や目の周りなどが、ほんわりと暖かく感じることで「魔力が集まっているようだ」と感じ取っているに過ぎないらしい。
魔術を行使する人でもそうなのだ。
とすると、リディアのこれは…。
「休むー」
というリディアの要望を容れて、立ち止まってもう一休みする俺たちだった。
†
「ここだよな?」
「ここですよね?」
昼すこし前、俺たちはゴブリンの大量討伐をした現地に到着した……筈だった。
土の地面から頭の高さを超える岩がゴロゴロと露頭している風景。
似たような岩ばかりなので、周囲の景色に見覚えはないのだが、“地図作成”スキルはココがそうだと示していた。
(マーカーが付けてある訳じゃないから、確実と言う訳ではないんだけどね)
ピコンッ! という効果音を付けたそうな感じで、標点の絵記号が現れた。
あるのかよ!
もう驚かないけどね。驚くもんか。
“地図作成”上の、目の前の大きな岩棚に標点を付けておく。アイコン名は「ゴブss?」
雑だ。
以前は在った(はずの)、岩棚の奥へ入る細道が見つからないのだ。
似たような岩が多いので、場所を間違っている可能性は無きにしも非ずなのだが、一度細道の奥まで入ったためにできた、“地図作成”の踏破済領域が変形している箇所はここ以外にないので、やはりここが怪しい。
この岩棚沿いを二手に分かれて反対方向へ進み、反対側で合流後、岩棚の上でお昼ご飯を食べても何も見つからず、かなり広いその岩棚には、上が開けた広場すらないのが確認できただけだった。
釈然としない感覚を抱えてはいたものの、あまりここで時間を使うわけにもいかず、俺たち五人はその場を後にするのだった。
†
「人間、誰だって間違えることはあるわよ」
ポンっと頭に手を置きに来たリディアをフっと躱してスカっと空振らせる。
ポン、フっ、スカっ。
ポン、フっ、スカっ。
ポン、フっ、スカっ。
頭に手を乗せようとするたびに躱し続けていると、ムキになったリディアが身体強化まで使ってきた。
「なあリディア」
リディアの突進を右手一本で受け止めて、俺はリディアに話しかけた。
「リディアの身体強化、やっぱり変だぞ」
「へ? 変? 何処が?」
「魔力が骨と筋肉にしか行ってない」
「それが変なの? 力を強くするには、力を出す筋肉と、土台になる骨を強化すればいいんじゃないの?」
骨に強化を入れるあたり、リディアの非凡さが垣間見えるね。
「それは半分正解で、半分間違いかな」
「?
あーっ! 魔力が切れた!」
俺に止められた後も身体強化を解除せず、力も抜いていなかったリディアの体から、へにゃりと力が抜けて座り込んだ。
「なあリディア、その状態から誰かに回復術かなにかを掛けてみてくれ」
「魔力切れで魔術が使える訳ないじゃないの」
「いいから、ほれ」
ゲームと異なりMPゲージやHPゲージなどないこの世界では、魔力切れや体力切れで死ぬことはない。
意識を失なったり身動きできなくるだけだ。
それはシルィーに確認してある。
もっとも魔獣や盗賊の目の前で気絶すれば、先行きは暗いけどね。
「【治癒】」
リディアがハンナに治癒術を使った。
「あれ? なんで? 使えた……」
「そう、リディアの使う身体強化魔術は、たぶん触媒型なんだよ。だから他人に魔術を使うときは魔力を放出する分消費するけど、自分に使う分には魔力はほとんど消費されない。
少なくとも消費は少ない。
いま見たとおり、魔力は空になっていない。というか、見た限りそれほど減っていない」
「え? じゃあなんで体が動かせなくなるの? 魔力が切れたときと同じよ? えっと、しょくばい?」
「触媒っていうのは、自分自身は変化や消費をされずに、他者の反応を早くしたり遅くしたりと、変化させるモノのことだな」
それで? と先を促してくるリディア。
食いついてきた。やっぱり知識欲が旺盛だな、この子は。
「魔力によって強化された筋肉は、普段より沢山働くわけだが、それは何の力で動いている?」
「魔力……は燃料になってないのね。
じゃあ燃料切れ起こしてるってこと?」
「そう。筋肉を動かす場合、筋肉はまず筋肉の中に蓄えられている燃料を使って動こうとする。
それが無くなる頃、二番手に体内の糖を燃料に換えて動こうとする。
長丁場になるようなら、三番手として脂肪を燃料にして動こうとする。
筋運動ってのは、作業の長さと強さによって多段階の別な反応を組み合わせて成りたっているんだ(その筋肉そのもの、つまり蛋白質も最終的には生き続けるためのエネルギー源として消費されてしまうのだが、今は関係ないから省いていいだろう…)。
つまり今のリディアの状態は、二番手と三番手の燃料を作り出す能力が足りていないって事じゃないか?」
「それで最初の燃料が切れた所で動けなくなっていたってこと?」
「多分そういう事じゃないかな」
「でも今までハンナやシルィーに身体強化を掛けたとき、二人とも動けなくなったりしなかったのは何で?」
「二人とも普段からよく体を動かしているだろう?
糖を燃料にする回路も、脂肪を燃料にする回路も十分鍛えられていて、強化なしの自前の回路だけで燃料供給が賄えているんじゃないか」
「私、ハンナとシルィーを危ない目にあわせていたのかな…」
「それ、は、違う。
リディア、の、身体、強化、魔術は、ちゃんと、役に、立っている。
自分、を、強化、して、一瞬、で、身動き、できなく、なる、リディアが、変」
「そうだよ。ここ一番でいつも以上に力が出せる、リディアの身体強化にはいつも助けられてるよ。
こんなに役に立つ身体強化の恵みを、一瞬しか味わえないリディアが不憫だよ」
萎れそうになるリディアに、シルィーとハンナが空かさずフォローを入れてくる。
「なんか二人とも、さり気なく酷くない?」
いいトリオだね。
そんな顛末で、リディアの対処法として考えられるのは二つあった。
†
ポンフっスカっ。
ポンフっスカっ。
ポンフっスカっ。
……
広い草原を楽しそうに走るハンナが、先行偵察を兼ねて駆け廻り、ついでに小型の魔獣を狩っては持ってくる姿が、訓練された猟犬や牧羊犬を思い起こさせてほっこりする。
こちらも嬉しいのだろう、リディアが俺の頭に手をポンと置きにやってくる。
身体強化は使いっぱなしだ。
おかげでちょっかい掛けられる間隔が短くて、忙しないったらありゃしない。
リディアがこんな調子なので、パーティーの移動速度はぐっと上がっている。
<対処法その一>
身体強化を、骨格、筋肉に加えて、心臓と肺臓を含めた内臓全体へも掛ける。
生理学には詳しくないので、どこに掛けるのが効率的かというのは分からないんだよね。
自分で試してみたところ、俺の場合は内臓に強化を掛けても掛けなくても差が出なくて。ことのほか内臓が頑健?
まあぼちぼちと検証していきましょう。
それにしても、いい加減やめさせないとな。
「森が見えたよー」
戻ってきたハンナから報告が入った。
目的地が視界に入ってきた。
予定よりもだいぶ早く到着したが、ベースキャンプの場所を選ぶ必要もある。
今日の進行はここまでだね。
「いや────────っ! 痛────ぃっ! ヒィ───ッ……」
夕食後しばらくして、リディアの悲鳴が響き渡った。
若いねぇ。
もう筋肉痛が出てる。
ことさら鍛えてもいないのに…、あれだけ調子に乗って走り続けていればそりゃあね。
三十歳を過ぎると、筋肉痛が日を跨いで翌日に出るようになるんだってさ。
おお、恐い。
<対処法その二>
日頃から有酸素運動を心懸け、地道に心肺機能を高めましょう。




