1 地力向上計画 前編
いま、俺たちDランクパーティー“またり”と“白き朝露”は、“ダンジョン・ヤグト”の第四層を進んでいる。
月那が“流体操作”(推定)のスキルを、俺が“遮断”(推定)のスキルを発現させてから二度目、通算で三度目のダンジョンだ。
先頭のハンナが「正面から魔獣が三体来るよ。たぶん狼」と報せを飛ばしてくる。
シルィーの“風の探知”は待ち伏せするタイプの魔獣相手には非常に有効なのだが、間欠的な探知なので、高速で移動する魔獣に対してどうしても抜けが出る。
だがそうした高速で動く魔獣は、ハンナの耳が足音を拾う。
やって来たのはドンピシャで狼型の魔獣だった。
三角形の隊列で急速に近づいてくる狼。
一頭目の狼は、ハンナと先頭を交代した俺に向かってくる。
二頭目は、俺と前後を入れ替わったハンナを狙ってきた。
俺の喉笛を狙って下から飛び上がってきた一頭目の狼を盾で受け、浮かせてお手玉して、空宙でジタバタしているうちに腹から頭に向けて片手剣を突き込み、死亡と同時に収納へ格納する。
二頭目も似たようなコースを取り、ハンナの喉笛を狙って飛び上がってきたところを、シルィーの空気槌が下から上へと殴り上げる。
飛びかかったつもりがアッパーカットを食らい、顎を上げてしまった狼は、ハンナの山刀に喉から腹まで切り裂かれて絶命する。
狼が空中で消滅して残った魔石は、シルィーの“吸引”に引かれて手の中に収まると同時に消えた。
シルィーの収納に格納されたのだ。
二頭目を山刀で切り下ろして姿勢が低くなったハンナに、頭上から襲いかかる三頭目。
防具が薄目なハンナを、時間差をつけて二頭がかりで襲うあたり、連携しての襲撃に馴れた群れだったようだ。
上方からハンナに襲いかかってきた三頭目の体が、山なり軌道の頂点を過ぎたところで、ハンナの後方から剣が差し出される。
月那の両手剣だ。
奇襲するつもりが奇襲され、慌てて目標を変えた狼が差し出された両手剣に噛みついた次の瞬間、狼の魔獣が一瞬ピクッと震えて、その後消えた。
月那の収納に格納されたのだった。
さあ、既知の領域まであと少しだ。
†
先々週、初のダンジョン入りを果たしたその翌日の訓練で、俺と月那はスキル“遮断”とスキル“流体操作”を開花させた(推定)。
月那は、魔術剣を使い、身体強化精霊術で剣技そのものを向上させ、四属性魔術の初級を半日で制覇してのるという、華々しい成果を上げた。
今しがた三頭目の狼(魔獣)を仕留めたのもそうだ。
使っている両手剣を相手に突き込んだ後、一瞬だけ剣を延ばすかたちで風の魔術剣を発動させたのだ。
何も分からないうちに射程は延びるは威力は高いわで、相手にしてみれば溜まったものではない。
一方の俺は同じ日、よくわからないナニカを射出して、その余分の魔力でラピスさんを驚かせ、身体強化魔術を習得し、見えない盾を発動させた。
地味である。
地味であること自体に何ら含むものはないのだが、やはり華はない。
重ねて言うが、何ら含む所はないのだよ。うん。
一頭目の狼にしても、足下の地面に斜めに刺さるかたちで見えない盾を形成し、接敵の瞬間に震わせるように力を加え、相手の速度も利用してお手玉のように浮かび上がらせた、
強度も使い勝手も実に良い。
この強度。月那の魔術剣すら止める強度は、それだけで得がたいものである。
それが質量ゼロ。
いや、本当にゼロかどうかは不明だが、重さも慣性も感じられるレベルではない。
この強度と身体強化を併せれば、魔獣のお手玉くらい軽くできるわけなので、たとえ細かい芸を持たないただの非物質の盾であったとしても、御の字なのだ。
“遮断”スキルを最初に発動させた時、月那とDランクパーティー“轟雷”の盾持ち片手剣男との立ち会いを写していたために、“杭”を意識してしまったが、非物質の盾の発動自体は“盾”を意識すればできた。
思えばDランク昇級試験の時、ノルドに盾鎚撃を仕掛けたときも、無意識のうちにこいつを発動させていたのだろう。
いまは、普段使いの盾に沿うように生じさせるときは“盾”、地面に挿して固定する場合は“杭”とイメージを使い分けている。
地図作成スキルの時計と同じで、いったん出来ると認識してしまえば、あとの敷居は低いらしい。
†
当初一回目の三日後に予定していた二回目のダンジョン入りを七日後に変更して日々行ったのは、新しいスキルの習熟と、“白き朝露”の近接戦闘力を底上げすることだった。
シルィーの場合、魔術剣を使うときに短丈を両手剣の柄に見立てて振り回すので、月那に両手剣の基本を教えてもらう。
そもそもすこし前まで素人だった月那が教官でいいのか? という疑問はあるのだが、そこは考えていることがあったので、やってもらうことにした。
リディアは、狩りの時には長丈を持つ。
丈術のことはよく分からないので、両手で握る打撃武器ということでこれも月那に頼んだ。
本来なら丈術は、受けたり流したり引っ掛けたりと、変幻自在千変万化する攻防の技を持つのだが、生憎とそれを教えられる人が周りにいない。
ない物ねだりをしても仕方が無いので、問題は先送りにして出来ることからコツコツと。といったところだ。
ハンナは、主武装の弓はそのままに、副武装の短刀を片手刀の山刀に替えた。
左腕は小盾を前腕部に固定して、手指が使えるようにしている。
月那と立ち会ってもらったときに実剣で選んでもらったのだが、手持ちの片手刀剣の中から試してもらったところ、一番気に入ってもらえたのが山刀だったのだ。
その選択には、やはり狩人なんだなとニンマリしてしまったよ。
山刀。
ククリナイフとかグルカナイフとも呼ばれる、内向きに湾曲した刃渡り六十センチほどの片手刀だ。
鐔がないのでナイフと呼ばれるが、立派に片手刀だ。
月那と立ち会ってもらったときにはさすがに模擬刀がなかったので、立ち合いはDランク昇級試験ときと同じ、大振りな小刀の模擬刀を使ってもらった。
山刀を縦横無尽に操るハンナを見ていると、月那との立ち合いで碌に戦えなかったのは、武器のリーチの差が大きすぎたという理由もありそうに思える。
Dランクパーティー“轟雷”との模擬戦翌日からはそんなことをして過ごした。
そして六日目に休養と準備を済ませて、七日目。
“ダンジョン・ヤグト”へ二度目の突入だ。
初回の経験を元に、今回は第二層へ直行。そこで体を慣らした後、今回は各々の役割を交代して狩りを始める。
例えばハンナが魔獣を釣りに行くのに俺がついていき、次は俺が釣ってハンナが補助、その次は俺の代わりに月那が、そしてリディアが、シルィーが。と、一人ずつ順に、普段と役割を換えて狩りをしていった。
この交代を何周かしたところで、第一段階を終了。
第二段階では、本来その役割をする者の補助を止め、役割を代わったものが単独でその役を果たすことを始める。
補助をやめた者は、可能なら代役のやっていた配置へ入る。無理なら出来るポジションへ就く。
リディアの支援術はさすがに無理があるが、治癒だけなら魔術薬を持って待機して、リディアが前へ出たときの対応とした。
普通ならこんなことはしない。
してもあまり意味がないし、余計な危険を増やすことの方が多い。
他の職が普段どんなことをしているのか知ることには意味があるが、実戦場ですることではないだろう。
だがここ数日の訓練で気になる傾向が現れているのに気がついたのだ。
“轟雷”との模擬戦の午後、俺と月那がシルィーに攻撃魔術を手ほどきしてもらったり、ハンナとリディアに視覚強化を教えてもらったように、翌日の以降の訓練で俺たちは、両手剣、片手剣、盾の使い方と体の使い方を教え、他にも月那が石弓を、俺が短剣の投擲を、ハンナとシルィーが弓を、ハンナが短刀と礫の投擲を、果てはリディアの回復術や支援術までも手ほどきしてもらった。
その結果、全ての技能が全員に、という訳ではないのだが、けっこうな数の技能が、ほんの数日で初級を卒業できるほどにまで向上してしまったのだ。
これは異常なことだ。
異常なことだが有益な事なので、この原因を探りながら個々の地力を上げてしまおう。というのが今回のダンジョン行での基本骨子だ。




