19 月那 vs 達弥 sideルーシー
「きゃあっ!」
隣にいるラピスが突然悲鳴を上げ、耳を押さえて机に突っ伏した。
なにごと!?
私は何も感じなかったけど、この娘は魔力の伝搬を音として感じ取る特殊技能の持ち主だ。
私には分からない、なにかの異常を感じ取った可能性は高い。
「ルーシー先輩! 訓練場の方から魔力爆発の音です!」
やっぱりーっ!
ラピスと一緒に屋内訓練場へ出てみたが、そこに“異常”は見られない。
またりと白き朝露が訓練しているのは、この奥にある射術訓練場だ。
───コンコンコンコンコン
「“またり”さん“白き朝露”さん、ルーシーよ。ちょっと開けてもらってもいいかしら」
「はーい、いま開けるよー」
“白き朝露”の代表で、昼前に天井に刺さった模擬剣を弓で射落としたハンナさんから答えがあり、じき扉が開けられた。
「ひい、ふう、みい、よう、五人揃ってるわね…ふう」
「どうしたの? ルーシー」
回復術士のリディアがそう尋ねてくる。
「リディアは知ってるわね。この子、ラピスって言ううちの職員なんだけど、この子が大きな爆発音が聞こえたって言うから、様子を見に来たのよ」
「大きな音? そんなの聞いてないわよ」
「正しくは音じゃないです。魔力が爆散した音が聞こえてきたんです。特大の火の玉が爆発したくらいの大きな音でした」
「ラピスは魔力の動きを音として感じ取るのよ。なにか心当たりはない?」
入口近くにいたリディア、ハンナさん、それにルナさんは揃って、奥からこちらを見ているタツヤさんとシルィーさんの方を見た。
背中にシルィーさんをくっつけたまま動こうとしないタツヤさんを見て、ちょっとムッとするものを感じながらそちらへ向かう。
「五体満足、元気そうでなによりね。それで何があったの?」
「なにって、昼前に話したとおり、俺と月那の魔術適性をみていましたよ」
「爆発は?」
その質問に答えてくれたのは、タツヤさんの背中にいた、森精族のシルィーさんだったのだけど、そんな所にくっついて何してるのよ。
見るからに変よ。
「それは、たぶん、タツヤ、が、魔術、を、打ち、出した、残り、滓」
やっぱりここか!
残り滓?
「そこをもう少し詳しくお願いできるかしら」
「結局、タツヤさんが魔術射出の手前までできるようになって、溜められるだけ溜めた魔力で何でもいいから打ち出そうとしたと。それで何か打ち出せたの?」
「ええ、何か出した感触はあったんですが、それが何なのかよく分からなくて、確認のために的を見に行くところだったんですよ」
「そう。それじゃ的を見に行きましょうか。それでシルィーさん、あなた何でタツヤさんにくっついているのかしら?」
「整、調」
シルィーさんがボソリと答えてくれたけど、帰ってきたのは聞き憶えのない単語だった。
「整調って、体内魔力を外から調整して、その人に適正な色合いに合わせるという技術のことですか? 聞いたことはありましたけど、見るのは初めてです」
「それ、は、調、律。ボクの、してた、のは、強化、点の、ズレや、肉体と、魔力、径路の、調和、を、整え、る、整、調。初めて、なのに、扱った、魔力、量が、多かった、から、念の、ため、ね」
ラピスは知っていたのか、興奮した様子で話していたけど、少し違ったらしい。
それにしてもタツヤさん、そんな特別な処置が要るほど危ない状況だったの?
「タツヤさんが込めた魔力の量って、そんなに多かったの?」
「特大火の玉級の魔力音でしたからね。初めてでそれは多いですよ」
ラピスが興奮したまま答を返してくる。
「あれ、は、タツヤ、が、努力、した、成果。もともと、込め、た、魔力、は、あの、三倍、以上。チキン、な、タツヤ、は、身体、強化や、弱体化、を、駆使、して、用意、した、魔力、を、半分、以上、消費、した」
なにそれ。
無駄に消耗させた魔力の残り滓で、特大火の玉級だったってこと!?
「三倍以上って、どれだけの魔力を込めたのよ?」
「“嵐”、が、使える、くら、い、だったね」
天候改変なんて属性魔術の上級じゃないの!
「ちょっと! 制御をしくじって組合を吹き飛ばさないでよ」
「だい、じょうぶ。その、ために、ボク、が、いる。ここ、まで、魔力、量が、増えた、のは、想定、外、だった、けど」
「それ、大丈夫って言えるんでしょうか…」
まったくよ。
というか、ルナさんの魔術剣疑惑に続いてタツヤさんもなの!?
タツヤさんって前衛盾戦士じゃなかったの?!
何なんだろう、この二人。
“流され人”ってみんなこうなのかしら?!
「それで、タツヤさんにはまだ問題があって、シルィーさんが付き添ってるっていう事?」
「タツヤ、に、問題、は、ない。初めて、体験、する、魔力の、香り、なの、で、珍、しくて、堪能、して、いる」
この森精族がとっても残念だった件……。
結局、射出したと言う魔術の痕跡は見つけられないまま、今日の締め括りとして、ルナさんとタツヤさんで、対戦をすることになったらしい。
“白き朝露”の三人が、凄く期待した様子を見せている。
そんなに?
「この際なので私たちにも見学させてもらえない?」と頼んでみると、構わないということなので、ラピス共々見せてもらうことになった。
「いいんですか? こんな所で油を売っていて」
「まだ買い取りで混む時間じゃないから大丈夫よ。それにせっかく様子を見に席を立ったんだから、ここにいた方が報告書の種が拾えそうじゃない? せっかくだし昼前の再現でもしてもらえたら、凄く助かるわ」
タツヤさんったら、やれやれと言わんばかりの身振りで、対戦場所へと歩み去っていった。
まっ、失礼しちゃう。
月那さんが、両手剣を○を横に並べた形に一振りして、正面に構えた。
あら、上手いわね。
タツヤさんも盾を前に出すと、対戦が始まる。
ルナさんが積極的に攻めている。
何よこれは。
ほんの四日前に拙い剣捌きで、なのにCランクのルクスに勝ってしまったあのときと違う。
今ならルクスに勝っても不思議はない。と思える剣捌きを見せている。
受験者に怪我をさせないよう加減していたDランク昇級試験の時とは違い、実戦経験で圧倒的に勝るルクスが、本番でそうそう遅れを取ることはない筈だけど、それでもきっかけ一つでルナさんの勝ちに転んで不思議じゃないくらいの力量を見せていた。
ラピスも一言も喋らず、食い入るように立ち合いを見ている。
彼女には何が聞こえているのだろう。
私には何も聞こえないけど、不思議な圧は感じる気がする。
「三戦目を再現してる…」
リディアがそう呟いた。
そうか、本当に“魔術剣”を発動させたという立ち合いの再現をしてくれてるんだ。
それにしても、午前中もこの技量で立ち回りしていたのなら、“轟雷”の三人ではルナさんには勝てないだろう。
いまだに信じ難いのだけど、Eランク冒険者候な立ち回りをしていたのは、ほんの四日前のことなのだ。
なんていう成長速度。
でも不思議と懐かしい匂いのする剣筋……。
(師匠───)
思わず口から溢れそうになった言葉を飲み込む。
ししょう──?!
ああそうか、ルナさんが諸刃で真っ直ぐな両手剣を使っていたから気付かなかったけど、斬撃を主体にした剣の振り方が師匠と似ているんだ。
リリア師匠───。
もう何年も封印してきた記憶に触れた感触は、意外なほど甘い香りがしていた。
私の追憶とは関係なく、立ち合いは進んでいく。
舞うように斬りかかるルナさん。
それを受け、流して弾き反撃するタツヤさん。
次第に高まっていく圧力に、息が苦しくなってくる。
そしてルナさんが畳みかけた。
決めにかかるつもりだ。
ルナさんが一際強い左袈裟斬りを放つ。
タツヤさんが、剣を持つ右手を盾に添えて、それを受け切る。
そのまま右手の剣を延ばして迫るタツヤさん。
距離が近すぎて両手剣が振れず、体ごと回転させて片手剣を弾いたルナさん。
回転して背中を見せたルナさんに、タツヤさんの盾鎚撃が近づく。
するとルナさんが盾に押されるように、浮いた!?
回転したことで体が伸びていたルナさんは、地面を蹴って跳ぶことができない。
それなのに、まるで体重などないかのように、盾に押されたルナさんの体が浮かび上がった。
何か技能を使ったの?
そのまま回転を続けたルナさんは、回転に落下の勢いも乗せて、盾ごと切り裂く勢いで袈裟懸けに斬り下ろした。
パンッ!─────
両手剣と盾がぶつかる音に重なり、頭の中にも衝撃が響いた。
耳で聴く音とはちがう“音”。
ラピスが普段聴いているのは、こんな感じなのかしら……。
タツヤさんの盾は切り裂かれていた。
ルナさんの“魔術剣”は確かに発動したらしい。
でもルナさんの両手剣は、切り裂かれた筈の盾に止められていた!
タツヤさんの方も技能が発動したという事?
“遮断”の技能!?
立ち合いは、ルナさんの剣を止めたタツヤさんが、自分の剣をルナさんの首筋に持って行って、結着した。
本当にこれが“締め”だったようで、五人は訓練を終えて宿へ帰っていった。
私とラピスは訓練場を閉め、本館へと戻りながら考える。
これ、どうやって報告書にしよう────。




