16 月那 vs 達弥
「そう、五体満足、元気そうでなによりね。それで何があったの?」
ルーシーさんが少し離れていた俺たちの所へ来て、そう尋ねた。
俺は背中にシルィーをくっつけていたので、移動せずに話を聞いていたのだ。
ほかの四人も後ろからついてくる。
シルィーは変わらず背中にくっついていた。
「なにって、午前中に話したとおり、俺と月那の魔術適性をみていましたよ」
「爆発は?」
「それ、たぶん、タツヤ、が、魔術、を、打ち、出した、残り、滓」
「そこをもう少し詳しくお願いできるかしら」
シルィーがくいくいっと俺に話すように促してきた。
えー、口を出したのなら、そこは最後まで説明して欲しかったな。
「結局、タツヤさんが魔術射出の手前までできるようになって、溜められるだけ溜めた魔力で何でもいいから打ち出そうとして、それで何か打ち出せたの?」
「ええ、何か出した感触はあったんですが、それが何なのかよく分からなくて、確認のために的を見に行くところだったんですよ」
「そう。それじゃ的を見に行きましょうか」
そういって全員で的へ向かって歩き始めた。
「それでシルィーさん、あなた何でタツヤさんにくっついているのかしら?」
「整、調」
「整調って、体内魔力を外から調整して、その人に適正な色合いに合わせるという技術のことですか? 聞いたことはありましたけど、目にするのは初めてです」
ラピスさんが勢い込んでそう言ってきた。
あれ? 何気なく高度な技術が使われていた?
「それ、は、調、律。ボクの、してた、のは、強化、点の、ズレや、肉体と、魔力、径路の、調和、を、整え、る、整、調。初めて、なのに、扱った、魔力、の、量が、多かった、から、念の、ため、ね」
調律って言うのは、ピアノや弦楽器で音程を合わせる事だよな? 整調っていうのは何だ??
「タツヤさんが込めた魔力の量ってそんなに多かったの?」
「特大の火の玉級の魔力音でしたからね。初めてでそれは多いですよ」
とルーシーさんが話を変え、ラピスさんが返す。
「あれ、は、タツヤ、が、努力、した、成果。もともと、込め、た、魔力、は、あの、三倍、以上。チキン、な、タツヤ、は、身体、強化や、弱体化、を、駆使、して、用意、した、魔力、を、半分、以上、消費、した」
チキン言うな。
「三倍以上って、どれだけの魔力を込めたのよ?」
「嵐、が、使える、くら、い、だったね」
「ちょっと! 制御をしくじって組合を吹き飛ばさないでよ」
やっぱりそこ、気になりますよね。ルーシーさん。
よかった。この世界でもああいうのは心配事なんだ。
常識万歳。
「だい、じょうぶ。その、ために、ボク、が、居る。
ここ、まで、魔力、量が、増えた、のは、想定、外、だった、けど」
「それ、大丈夫って言えるんでしょうか…」
良かった。ラピスさんも常識人らしい。
「それで、タツヤさんにはまだ問題があって、シルィーさんが付き添ってるって事?」
「タツヤ、に、問題、は、ない。初めて、体験、する、魔力の、香り、なの、で、珍しい、から、堪能、して、いる」
おいっ!
整調とやらはどこへ行った。
俺はシルィーを引き剥がしてさっさと的を見に行った。
的では結局魔力弾の痕跡を見つける事ができなかった。
全員であれこれ探したのだが、火で焼けた形跡も、風が穿った痕跡も、水に濡れた様子も、土塊も、なーんにも見つけられなかったのだ。
痕跡と言えるのかどうか分からないが、戻り際に変なものを見つけた。
それは小指の爪を正面から見たような形「 ⌒ 」をした、幅五ミリほどの小さな穴だった。
穴は的をまっすぐ突き抜けていて、たまたま一瞬反対側の様子が見えた気がしたので、探してみて見つかったのだが、射入口や射出口の痕跡が見当たらず、どう見ても最初からこういう穴があったとしか思えない。
他の六人にも見てもらったのだが、結論は出なかった。
的の後ろの盛り土にも何の異常も見つけられなかったところで、探すのを諦めた俺たちは、月那との手合わせの準備を始めるのだった。
†
射撃レーンの横にある空き地レーン(?)で、俺と月那は向かい合った。
もともとは射撃レーンがもうニつあったのだが、合計四レーンが使われることはなく、同じパーティーの、弓士や術士以外の面々も一緒に訓練したいという要望を受けて今の形に変更されたのだそうだ。
変更に当たっては、剣士たちから「レーンを減らすだけでなく短くして、もっと広々とした訓練空間が確保したい」という要望も出たそうだが、これは弓士・術士の猛烈な反対にあって採り上げられなかったという。
そんな余計な知識を披露してくれたのは、もちろんルーシーさんだ。
そう、ルーシーさんとラピスさんの二人とも、“白き朝露”の三人と一緒に物見を決め込んでいた。
仕事はいいのか? と思ったら、朝からの騒ぎ続きで報告書が待っているから、「再現試合をするならぜひ見学させてもらいたい」のだそうだ。
まあいいけどね。
月那が両手剣を∞の形に一振りし、正眼で止めた。
俺も盾を前に出して構える。
試合開始だ。
さいしょはこうでした。と言わんばかりに、月那が両手剣をクルリと一回転させた勢いを乗せて切り込んでくる。
身体強化精霊術は初手から発動だ。
その斬撃を盾で受けるが、こりゃだいぶ強烈だぞ。
こちらも身体強化魔術を発動する。
死ぬ気で使ったせいか、体が強化魔術を憶えたようだ。
強化なしで受けられないとは思わないし、つい先ほど憶えたばかりのスキルを使うのもどうかとは思ったのだが、短期決戦で勝ちに行くのは趣旨が違うし、余裕を持っておいた方が後々のためになりそうな気がしたのだ。
まあせっかく初めて月那と立ち合うのだから、じっくりとお手合わせを願いましょう。
月那の斬撃を盾で弾く。
右から左から来る斬撃を、細かく盾で受けていく。
そのやり取りに馴れてきた頃合いで、こんどは大きく左へ弾く。
剣ごと体を流された月那に、右手の片手剣を突き出す。
それを察した月那は、無理矢理両手剣を引き戻して片手剣を迎撃する。
両手剣を無理に引き戻したために、さらに大きくなった月那の隙を狙って、俺の盾が月那の背中へ伸びる。
背後へと迫る盾を察して、今度は逆らわずに前へ出て、距離を取ってから月那がこちらに向き直った。
ここまでは午前中の通りだ。
少し違う所があるとすれば、月那の表情が明るいところかな?
午前中はけっこう思い詰めた感じで立ち会いをしていたからな。
†
何でしょうか、この立ち会いは。
始まってから次々と魔力が集まってきます。
始まってすぐ、嵐が来る日の朝のような強い風音が聞こえてきました。
その殆どはルナさんの周りに集まっていきますが、それらに混じって音のしない魔力。静かな魔力も集まっています。
これは聞いたことがありません。
初めて耳にする魔力です。
初めて出会ったモノに、私は緊張を隠せないまま目の前の立ち会いを見続けました。
†
月那が深呼吸ひとつして、また斬りかかってきた。
剣の一振りごとに、纏わり付く精霊が増えていくのが見える。
そして纏わり付く精霊が増えるたび、剣一振りの速さと威力が上がっていく。
球内視野で剣がちゃんと振れるのかと少々心配していたんだが、意外と問題なかった。
精霊眼を発動させても、通常の一人称視点がなくなる訳ではなく、それが主体のまま三人称視点が、相手の側面や背後の様子を、補完する形で伝えて来ていたのだ。
俺に外接する、直径四メートルほどの球体を想像してみて欲しい。
肉眼による視界自体は有効なまま、直径四メートルの球体の内側にも、内面全体から追加の視覚情報が得られるという感じだ。
多くの人が眼で物を見ていると思っているが、じつは眼は受け取った光学情報を電気信号に変換している変換器でしかない。
眼で見ていると思われている景色とは、視神経を介して脳が受け取った視覚情報をもとに、脳内に再構成された外界情報の幻のことで、これをもって人はものを見ていると認識すると言う。
そういうことなら、俺たちのように「猿」から進化したヒトではなく、そこのラピスさんのような「兎」から進化した「ヒト」なら、たぶん外界情報の脳内再構成において、聴覚情報が占める割合が俺たちよりも多くなるだろうし、次の段階に進化する時もその特徴が色濃く出るんじゃないかな。
同じように、まだ見たことはないが「犬」や「猫」から進化した「ヒト」なら、嗅覚の占める割合が増えそうだし、「猫」系なら、色の識別は不明だが、明るさに対する感覚はずっと鋭そうだ。
だから、俺と同じ「球内視界」を得た「兎人」「犬人」「猫人」などが居たとして、彼らの脳内に再構成された外界情報というものは、俺のソレとは似て非なるものになるんじゃないかと考えられる。
では目の前で精霊を纏い、踊るように剣を振るう少女。
いま俺はいったい何を見ているのだろう。
俺にはいったい何が見えているのだろう。
すべてを認識したとき、そこにはどんな景色が見えるのだろう。
月那の魔術剣が迫ってくる。
言葉は自然に発せられた。
「杭!」
風の精霊術剣は止まっていた。
盾は切り裂かれることなくそこにあった。
いや、下に近い側は切り落とされ、パタンという音とともに、いま地面に落ちた。
盾の下から現れた目に見えないナニカが、地面まで延びて地に刺さり、盾を固定して、そのナニカが、盾となり精霊術剣を止めていた。
俺は右手の模擬剣を、ゆっくりと、すぐ目の前の、至近距離にいる月那の首筋に持って行き、
「終わりかな?」
と問うと、
「始まりですよ」
と、月那は溢れる笑顔でそう答えた。




