15 射出
傍目にまったくそうは見えないのだが、進捗のなさに痺れを切らしたのか、訓練の途中でシルィーがやり方を変え始めていた。
最初は俺の鎧を外させたのだ。
同調率を上げようということらしい。
一体感は上がるかも知れないが、そういう事で同調率が上がるのか? というか、ゲームじゃあるまいし同調率で成果が変わるのか? と訊いたら「何事もやってみるべし」の精神だとか。
精神主義か? いやこれはこれで実証主義なのか??
鎧がなくなり接触を遮るものが減って、全身の密着感は上がったが、俺の腰が引けてしまったのが気に入らなかったらしく、その後はシルィーが俺の後ろから抱きつく格好になっていた。
そんな状態で、今は詠唱を繰り返している。
そろそろ月那との対戦の準備をしないといけないので、これで切り上げということになったのだ。
本日最後の試行に当たり、込められるだけの魔力を込めてみようという話になった。
言い出しっぺはもちろんシルィーである。
この人、ふだん茫洋とした顔で感情を表に出す事が少ないので見誤っていたが、たいそう挑戦的な性格をしているようだ。
まあそうでなけりゃ、成人どころか二次性徴も始まっていないうちに一人旅なんかしやしないと分かれよ俺。
そうは言っても一世紀以上生きてるしなあ、俺の五倍の人生経験を持ってるんだよこの人。と一人で脳内漫才をしていると、そろそろ大概な量の魔力が溜まってきた。
魔力量だけなら風魔術の「嵐」が発動できるほど集まっているらしいんだが、大丈夫なのか? これ。
「使われなかった魔力は消えてなくなるから問題ない」と言い切ったのがご存じシルィー先生だと言うのが、そこはかとなく心配だ。
大丈夫だよな? 本当に……。
シルィーが後ろから密着した状態の身振りで術の「発動」を促してくる。
それじゃあ行きますか。「風の弾丸!」
大量の魔力が、突き出した右掌へ押し寄せる。
外へ出ようとする魔力がひしめき合い、消費されるべき少量の魔力が、使われる事のない(はずの)大量の魔力によって押しやられている。
だいじょうぶじゃない。これ絶対だいじょうぶじゃないぞ!
外へ出て属性を与えられなかった魔力は消えてなくなるとしても、外へ出られなかった大量の魔力は、体内でどうなるのか?
魔力圧に耐えきれずに内側からはじけ飛ぶ自分の姿を幻視して、俺は血の気が失せた!
急速に圧力を解放された魔力が、行き先を求めて体の中を駆けめぐる。
詠唱中の魔力塊が体内の強化点を通過するときに、鼓動するように膨らんでは元へ戻っていたのは、周囲の空間から魔力を補充しては密度を上げていたんだなあ。と、妙に冷勢に分析している一方で、俺は大いに焦っていた。
やばいやばい。この圧力を何とかして外へ逃がさないと。
その前にこの魔力、体内で消費できないものか?
強化……そうか、身体強化してみるか。
幸い。と言っていいのか、使える魔力は売るほど大量にある。
効率なんてくそ食らえ、魔力消耗上等である。
月那の時なんて言ってた?
動きを強化。筋肉や内臓を保護・浄化。足下を支え、体表を保護。体温を保つ。骨格も強化しておけ。おまけだ、五感も全部強化するイメージを持った。
よし! これで二割消費。
他に強化できそうなのは……個々の細胞も個別に強化!
オーケイオーケイ、さらに一割消費。
リディアの強化にマイナス強化があったな。不活化だ。
いいぞ、これで二割の魔力を使って二割の魔力を相殺して、都合七割が処理完了だ。
残りの未処理魔力は三割、何とか外へ出せないかな。
生身の状態でぜんぶの魔力を暴発させてしまうより、身体強化した今の方が、生き残れる確率は断然高そうなのだが、無駄な危険は犯さないに限る。
あと少しだ考えろ!
もともと「風の弾丸」が撃ち出せないのが問題だったんだ。
それならこの際、射出する属性に拘る必要はないんじゃないか。
射出の属性なんて、なんでもいい。
無駄撃ちになって霧散するなら願ったりだ。
大きさは最小。22口径でもいいしBB弾でも構わない。何なら弾丸でなくたって構わないさ。
何かしら射出できれば、残りは大気に霧散してくれるだろう。
よし、この線で行こう。
少々気張っても、身体強化が効いているから、反動の影響はそれほど大きくならない。筈だ!
乱れ渦巻いている魔力に方向性をつけて、各強化点を通るように仕向ける。七つ全部だ。
きれいに径路を通しているわけじゃないが、すこしでも属性化の可能性を宿してもらうために、魔力の流れに強化点を通過させた
よし、やる事はやった。と思う。
改めて、魔術発動。「弾丸」
てんでバラバラに暴れ回っていた魔力の渦が、何度もやったイメージに誘われて右掌へ集まり、少し逡巡したように止まったあと、射出された。
†
なんか出た。
なにか掌から出た感覚はあった。
だが、なにが出たのか分からなかった。
地水風火の四色ではない。なら何だろう?
なにかが打ち出された感覚とともに、行き場を失っていた魔力の渦も外へ出て、俺は一転静寂の中にいた。
生き延びた。
それが素直ないまの気持ちです。
「よくできました」
背中から声が聞こえた。
ああ、シルィーがくっついたままだった。
そう言えば、と思って周囲を見回してみると、月那、リディア、ハンナの三人は、話の途中でなにかに気がついた。といった雰囲気で、揃ってこっちを見ていた。
「あの、大丈夫ですか? 汗びっしょりですけど」
「ああ…、問題ないよ。少ししたら立ち会いを始められるから、準備でもしながらもう少しまっててくれ」
「はい。分かりました」
「早く終わらせて風呂に入りたいな」
「はい」
月那が尋ねてきたのでそんな風に答えた。
じっさい体調はこの上なく良いし、月那にもそれが分かったのだろう。怪訝な顔をしながらもそれ以上何も言ってこなかった。
怪訝な顔をしていたのはこっちの事もあるのだろうな。
「それでシルィー、いつまでくっついてるんだい?」
「もう、すこし……。それ、より、的を、見に、行か、ない?」
的か。そういや何かが打ち出されたんだよな。
───コンコンコンコンコン
そのとき、強くはないが切迫した様子で入口の扉を叩く音が聞こえた。
「“またり”さん“白き朝露”さん、ルーシーよ。ちょっと開けてもらってもいいかしら」
ルーシーさんだった、何だろう。
立ち止まって振り返ると、扉の外からそんな声が聞こえたので、近くにいたハンナが扉を開けると、声の通りルーシーさんともう一人、ギルド職員の制服を着た兎族の女性が立っていた。
おおう、うさ子さんだ。
「ひい、ふう、みい、よう、五人揃ってるわね…ふう」
「どうしたの? ルーシー」
訓練場の中の人数を数えてほっとした様子のルーシーさんに、リディアが尋ねた。
「リディアは知ってるわね、この子。ラピスって言ううちの職員なんだけど、この子がここから大きな爆発音がしたって言うから、様子を見に来たのよ」
「大きな音? そんなの聞いてないわよ」
「正しくは音じゃないです。魔力が爆散した音が聞こえてきたんです。特大の火の玉が爆発したくらいの大きな音でしたよ」
「ラピスは魔力の動きを音として感じ取るのよ。それで心当たりはない?」
へえ、精霊眼ならぬ精霊耳か。そういうのもあるんだな。
月那とハンナに向けてそう説明され、リディアを含めた三人は、揃って俺の方を見た。
自分たちじゃないから俺たちって事だろうけど、君たち目が冷たいよ。
「そう、五体満足、元気そうでなによりね。それで何があったの?」




