14 魔力操作
シルィー先生による魔力操作訓練、月那の次は俺がしてもらうことになる。
月那と同じで、正面から抱き合えばいいと言われたのだが、それを俺がお断りしたら、同じ方向を向いて密着することになった。
まだまし。…か?
まずは俺が後ろに立つ。美少女(?)を襲う吸血鬼の体勢である。
身長はほとんど変わらないので、シルィーの顔がすぐ横にきてちょっとドキドキするな。
精霊眼というのは精霊を見る能力だ。
シルィー(森精族)いわく、精霊とは意思を持った魔力だそうだ。
つまり精霊眼というのは魔力を見る能力ということになる。
見る能力とは言っているが、眼で見ている訳ではないらしい。
精霊眼持ちが視力を失った際に、精霊を見る事で前と変わらずものを見て暮らした例があるのだそうだ。
ともあれ魔力が見えるのなら、それが動いているのも確認できる。
言われたとおり、シルィーの体内魔力を目を閉じたまま見る。うん見えるね。
午前中の、月那にまとわり付いていた精霊のような色は見当たらない。
白視の世界だ。
視界はやがて半径四メートルくらいの球内視野になって落ち着いた。
月那と片手剣男と立ち会いでもこんな感じだったし、つまりこれが俺の精霊眼の視界ってことなのか?
それを考えるのは後にして、今はシルィーの魔力に合わせて自分の体内魔力を、動かしてみよう。
シルィーの体内魔力は、体の中心軸に集まって、回転しながらゆっくりとした上下動を繰り返している。
球状にまとまった魔力の塊が、鼠径部から背骨に沿って頸椎の上部まで昇り、それがまた鼠径部まで降りていくのを繰り返す感じだ。
まずは、自分の全身に満遍なくある体内魔力を、体の中心軸へ集めるわけだが、動くのか? これ?
あー、集まる所をイメージしてやれば動く事は動くが、ものすごくゆっくりだな。
しかもかなりの集中力を要するぞ。
ずいぶんと効率が悪そうだ。
もう少し使えそうな感覚はないのかな。
視覚と聴覚は外界を認識するのに特化した知覚なので、今回は利用が難しそうだ。嗅覚と味覚は場所が限定され過ぎているのでもっと向かなさそうだし、そうすると消去法で残りは触覚か。
これなら体のほぼ全域に広がっているから、体内感覚を操るのに向いているかもしれない。
よし、接触感覚でやってみよう。
ということで、筋肉を絞る感覚に乗せて魔力を動かすようにイメージすると、おお動く動く。
どうやらこれでいいらしい。
体内魔力を動かした結果を観察するのは、当面精霊眼でいいか。
動かせそうなのが分かったので、体内魔力を体幹の周辺へ集めてみる。
背骨に沿った、ゆっくりな光の竜巻を想像する。
手先足先から竜巻のイメージに向けて魔力を絞り出すようにして体幹方向へ押し出す。
やがて集まってきた魔力が、イメージに沿うように鼠径部に集まり、竜巻に巻き込まれるように螺旋を描いて上へと伸びていく。
背骨を芯にして昇っていった魔力は、頸を過ぎると、今度は昇りの径路よりもすこし前を下降し始めた。
そうして先頭は下降、末尾は上昇する形をとったあと、先頭は出発点の鼠径部へ辿り着き、そしてまた反転して背骨に沿って上昇を始める。
先端にドリルビットを取り付けたフレキシブルシャフトが、細く長い0の字を描いて、ゆっくりと回転しながら昇降を繰り返しているような絵面が出来上がった。
これは、自分の尾を呑む蛇というやつか。
これはこれで見ていて飽きないのだが、シルィーの魔力を真似るなら、もうすこし全長を短くしないといけない。
蛇の頭が前進するのを押さえるイメージをしてみるけど、うまく行かないな。
進行方向に壁のイメージを置いてみると、一瞬だけ止まってみせるものの、またすぐに前進を再開する。
イメージの手で掴んでみようとしても、まったく無視して進み続けた。
こいつ鰻か?
改めてシルィーの様子を見てみると、目を閉じて直立し、軽く後傾して体重の一部を俺に預け、倒れないぎりぎりまで力を抜いていて、呼吸もゆるやかだ。
緩やか?
……いや緩やかなんてものじゃないぞこれ、せいぜい一分間に二回くらいしか呼吸してないんじゃないか?
………そうか呼吸か。
改めてシルィーの呼吸を感じ取ってみる。
早さは一分間に二回くらい。力は入っていない。つまり深呼吸だけれども意識して深く呼吸しているわけじゃなく、通常の呼吸をただ深くゆっくり行っているのだということだ。
常日頃からこうなのか、特定の時限定なものかは分からないが、ともかく緩やかに呼吸してみよう。
呼吸のテンポを下げていく。
テンポは落としても呼吸量は変えない。自然と呼吸は深くなっていく。
吸って、昇る。吐いて、降りる。吸って、昇る。吐いて、降りる。
途中でむせそうになりながらも、一分間の呼吸が四~五回くらいになったころから蛇の頭が速度を落とし始め、昇降が呼吸に同期し始めて、遅くなった先頭に後ろが追いついて、ツチノコのような形に変わってきた。
そして一分間に三回を切った頃、俺の体の中で循環する魔力も、シルィーのものと同じ球形をした魔力の塊となった。
しばらくの間、その魔力塊の動きをシルィーに合わせて巡らせる。つまり呼吸を合わせていると、
「出来た、よう、だね。このまま、いちど、放出、まで、行って、みよう、か」
シルィーが静かにそう言ってきた。
俺が黙って頷くと、彼女はゆっくりと腕や足、腰を回し始めた。
この動きはあれだな。太極拳の演舞にちょっと似ている。
俺はその動きをなぞっていく。
体の動きに合わせて、体の中心軸にあった魔力塊もまるごと動かしていく。
左足裏、右掌、右足裏、左掌。そこを通るたびに魔力が一瞬膨らむ。
そのうちに、体の中心軸にも魔力が反応する場所があるのに気がついた。
右掌から左掌。左足裏から右足裏、あるいはその逆へ動かす際に、最初に上下動させていた径路と交差する場所だ。
手先足先の四箇所と、交点二箇所を意識しながら魔力を巡らせていくと、やがてシルィーの動きが変わった。
右掌に集まった魔力を、手裏剣でも投げるように左肩に掲げたあと「風の弾丸」の発動句とともに投擲姿勢をとって、右腕を伸ばした。
掌に集まっていた魔力は、指先から抜け出たその瞬間、緑色を纏った小さな塊になって飛んでいった。
シルィーの魔力だけ。
俺の魔力は掌から外へ出られずに、そのまま霧散してしまった。
「発動の、最後、以外、は、完璧に、出来て、いた。初めて、で、ここまで、できる、のは、とんでも、ない、才能。
魔力を、感知、するのに、半年、自在に、体内を、動かせる、まで、一年、発動、に、さらに、半年。ここ、までの、基礎を、納める、のに、二年、以上、かかる、のが、適性が、ある、人の、普通」
話には聞いてはいたが、魔術を使えるのは本当に一握りの者だけなんだな。
†
魔術の発動に失敗したあとでとった小休憩の時に、いま行った動作の意味や理論を教えられた。
最初に魔力を体の中を行き来させながら、魔力を練る部分を「詠唱」と言うそうだ。
分かり易さを優先させたため、今日はかなりの回り道をしたが、必要な魔力量が集まれば、適宜短縮したり、慣れれば省略もできる。逆に大規模な魔術を使おうとすれば、相応に長い詠唱が必要になるし、不足すれば発動に失敗する事もある。
「詠唱って呪文じゃないんだな」と思ったら、言葉で詠唱することも多いし、それを文字や図形に描いて顕わすなど、「詠唱」には数多くの種類があるという事だ。
「随分と融通の利く力なんだな」
と言ったら、詠唱を文字や図形で「物」に刻めば「付与魔術」になり、それらは「魔術道具」になったり、剣に刻まれたものは「魔剣」と呼ばれる。と説明された。
ほんとうに融通無碍な力だな。
俺が失敗した「発動」の部分は、「詠唱」で集まった魔力に「属性」を与えて顕現させる工程なのだそうだ。
基本は「地」「水」「風」「火」のイメージが使われて、属性を持たない体内魔力に何れかの属性を与え、現象として顕わす。
そして発動句が、属性と形態と威力を一語で表して発動イメージを固定する。
ここまでできれば魔術士だ。
ちなみに魔力を属性のない魔力のまま体外へ出したとしても、なにも起こらないまま大気に溶けて霧散するだけなんだとか。
俺の場合は、そもそも魔力を外へ出せなかったので、この場合とも異なっているのだが。
うーむ。
魔術の発現は圧倒的に掌からが多いらしい。
それは掌が体内魔力の強化点の一つということに加えて、魔術発現の方向が制御しやすいのが大きな理由になっている。
さらに、点ごとの強化属性というものもあり、この場所は「風」を主に強化するそうで、強化点は詠唱中に点を通過させた回数に応じて、発現したそ魔術の属性化がより強化されるのだそうだ。
そういった意味でもシルィーの、動きによる風魔術発動は「理」に適っていると言える。
「魔術」、別名「理術」と呼ばれる所以のひとつでもあるそうだ。
一見不思議現象に見えても、厳然とした理に沿って起きている現象だということだな。
掌以外の強化点としては、足裏が「地」属性、下腹部の交点が「水」属性、胸の交点が「火」属性だ。
他にも「水」の交点から背骨を抜けて背中側へ出たところ、獣人の尻尾が生えるあたりに「闇」属性の強化点があり、背骨に沿って昇った魔力が頸椎で反転せず頭蓋に突き当たったところに「光」属性の強化点が、頭蓋に沿ってそのまま前へ出た眉間に「空」属性の強化点があると、一部の研究者の間で言われているらしいが、このあたりになると標本数が少なくて、有力な説というものは存在しないらしい。
こういった説明を聞かされると、シルィーも伊達に一世紀以上生きてないのだと思い知らされる。
知識も経験もふつうの人とは段違いだ。
これでまだ幼いというのだから、エルフというのは底が知れないな。
いつの間にやら二刻以上も経っていたようだが、集中力に衰えはない。というかいつもよりも集中力が増している気がする。
欲を言うなら何かしらの見通しくらいは見出したいものだ。
月那との手合わせまでに、もうひと頑張りしようか。




