9 両手斧
ほぅー……。
息を止めて見ていた連中が、一斉に息を吐き出した。
だいぶ観客が増えたな。あまり目立ちたくないんだが。
「オレもアレでやられたんだよな…」
という呟きが聞こえたので声の方を見てみると、“怒濤の山津波”の槍使いの人がいた。Dランク昇級試験のときに月那の相手をした人だ。
見てたのか。
黙礼するとこっちへ近づいてきて
「お嬢ちゃん、また強くなってないか?」と言ってきた。
「なんか今ので吹っ切れたみたいですね」
「そうか。まあ頑張れよ」
「はい。ありがとうございま…す?」
そう言って離れていった。なんだろう?
月那の方へ目を戻すと、目をまわした両手剣使いは他の冒険者に運び出されて、壁にもたせかけられていた。
まあ直撃があった訳じゃないから休ませておけば大丈夫か。
ダメージは、転んで目を回しただけだ。
月那は胸の前で模擬剣を握り剣先を上へ向け、目を瞑ってくるくる回しながらなにやら考え込んでいる様子だ。
次に相手をするつもりだっただろう両手斧使いの男は、待機していた場所からやや立ち会い場所へ寄った辺りで、口を開けて固まっていた。
「次はどなたでしょうか?」
月那の声が聞こえると、ビクッとして再起動したようすの両手斧男が、月那と両手剣使いをキョロキョロと何度か見かえすと、パンっと両の頬両手を両手で叩いて月那のところへ歩いた。
「よろしくお願いします…」
にこりともせずに月那が言う。
「…………うむ」
両手斧男が言葉少なに答えた。
目つきが変わっている。気持ちを切り替えたのか。
だがその両手斧男の顔つきが、再び驚きに彩られた。
「なにっ!?」
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン。────
月那の持つ両手剣が、風切り音をたてながら∞の形に旋回を始めていた。
先ほど両手剣使いの男がやっていた“動の構え”を、月那が使っていた。
覚えたのか! さっきの一戦で!?
でも月那さん、体の前で切り上げるよう振っている。さっきの両手剣使いとは向きが逆なんだが。
場が凍り付いた。
月那の回す両手剣が起こす風音だけが耳に届いてくる。
初めてやっている筈なんだが、旋回が乱れる様子はない。まるで熟練者のそれだ。
「ええい! 猿真似が!!」
焦れたのか、両手斧の男が右肩から斧を振ってきた。
いや、振りを止めずに斧を旋回させた。
Oの字の横旋回だ。
体勢を崩さずにそれができるというのは、よほど膂力があって肩や肘の関節が柔らかいのだろう。
攻撃は最大の防御ってわけか。
斧は受けにまわるのが得意じゃない。だが、当てれば相手に与えるダメージは非常に大きい。模擬戦闘用の武器といえども相当な痛手になるだろう。
心配になってうちの薬箱を見遣ると、彼女も心配なのは同じのようで、いつでも回復術を発動できるようにして待機していた。
旋回二周目の振り終わりに合わせて両手斧男が前に出た。
三周目の旋回が月那を襲う。
月那は“ふわっ”という感じで後ろへ下がって身を躱した。
それほど大きく避けた訳じゃないので、すこし心臓に悪い。
その間も月那の剣は“動の構え”を崩していない。
俺ならその瞬間を見計らって、踏み込んで片を付けるのだがな。とそう思ったら、月那の奴こっちを見てニコッと笑ってきた。
なにか狙ってるのか。
斧の四周目が月那を追う。
相変わらず“動の構え”は保ったまま、こんどは左へ躱して、通り過ぎた斧を、後ろから打ち上げるように叩いた。
五周目。再び身を躱して、同じように打ち上げた。
さっきよりも強い。
あれは嫌だな。斧の回転が加速して浮く方向へ叩いているので、踏ん張りが効かなくなるし、持ち手の制御力がより沢山削られることになる。
だが実行するのは決して簡単じゃない。相手の刃を躱した後でこちらの攻撃を当てる事になるからだ。
「遊ぶなぁっ!!」
斧男が吠えると、大きく踏み込んで月那に向かってきた。
これで決めるつもりなのか、これまでよりも力の籠もった、六周目の旋回が月那に迫る。
飛び込まれた月那はそれを軽やかな足捌きで躱し、回している剣を頭上に上げて、大上段から左袈裟に勢いをつけて切り下ろした。
狙う先はやはり斧の背側。
ただし先程までの二回とは逆に、下へ打ち落とされた両手斧は、地面に突っ込んで回転が止まった。
月那はその斧に向かってとととっと動き、左足で斧の刃の腹を踏み、右足で柄を踏んで押さえると、動いた勢いを乗せたままの両手剣を横薙ぎにして、両手斧男の首筋でピタリと止めた。
実戦なら首チョンパになる体勢だ。
「ま……まいった」
顔を脂汗まみれにした両手斧男が降参した。
牛若丸か? 月那さん。
両手斧男が降参し、月那は斧から降りてこちらへ戻ってきた。
「できました」
「出来た?」
「両手剣の方の剣の使い方です」
「ああ、うん、確かに、出来てた。すごいね」
そうか、妙に難しい顔をしてると思ったら、両手剣使いの戦い方を必死に覚えようとしていたのか。
えらいえらい、と頭を撫でると、月那がくすぐったそうに笑い、
「タイミング、教えてもらって助かりました。あと一人いってきます」
そういって立ち会い場所へ駆け戻っていった。
教えた? タイミング? 俺が?
よく分からずに首をひねっていたら横から視線を感じたので、目をやると、リディアとハンナがジトッとした目でこっちを見ていた。
「チッ……」
舌打ちされたよ!
シルィーも見ていたが、こちらは変な圧力は感じない。だが目の周りが変だ。
三人の視線を避けるように顔を背けると、そこには筋肉で膨れ上がった冒険者たちが、怒りの表情で俺を睨んでいた。
「俺、何かしたか?」




