8 訓練 両手剣
「なあリディア」
「なあに? タツヤ」
「今日は訓練と検証の予定なんだが、四人中二人があの日になっている状態で、訓練なんかして大丈夫なのか?」
「問題ないわよ。二人とも魔術薬を飲ませてあるしね」
「昨日言ってたあれか。今度はどんな効果なんだ?」
「効果もなにも、耐毒魔術薬は排出力を底上げするから、体の負担が軽くなるのよ。耐毒魔術薬を飲んでおけば、最中でもほとんど平時と変わらないわよ。
きのうのハンナの動きくらいなら楽勝だし、気になるなら途中の休みを多目にとっておけば充分だわ」
朝一番の会話だ。
昨夜はタツヤとルナの部屋にお邪魔して、私がそこで寝た。
ルナのあの日が始まって、夕食のあとでルナに相談されたのだ。
やっぱり蜥蜴の衝撃で始まっちゃったかな。女の子の体は造りが繊細だから。
タツヤとルナは、体の関係はあっても恋人同士というわけではないようね。
遠いところから二人なかよく飛ばされてきたらしくて、色んなことを知ってるくせに妙に常識が足りない。というか無い。
一昨日の下調べから、昨日のダンジョン探索計画にいたる堅実さ。途中で分かった事を織り込んで計画を修正していく柔軟さ。ルナが恐慌になった時に無理をしない慎重さ。
安全確実にものごとを進めているはずなのに、ルーシーが素で驚く成果を上げるって、常識外れの有能さよね。
誰も無理をしていないのに、私たち三人が四ヶ月かけて稼いだお金を一日で稼ぎ出しちゃうとか、冒険者としての戦闘力よりも、その行程を編み出す力の方が価値が高いんじゃないかしら。
なーんて思ってしまう。
ハンナが「あのこに声を掛けよう」と言い出したときには半信半疑だったし、「連れの男もまとめて誘ってしまおう」と言い出したときには正直不安しかなかったけど、蓋を開けてみれば大正解。
いつもながらハンナの風読みは侮れないわよね。
タツヤもタツヤで、ルナの女の子事情まで考えた上でハンナの誘いに乗ってきたのなら……いえ、乗ってきたのでしょうね。それも考えて。
まあいいわ。
想定外は多いけど、悪いことじゃないし、次がどうなるのか楽しみにさせてもらおうかしら。
先ずは今日の訓練ね。
朝食に行こ。
†
「まいったわね」
あ、三回目だ。
昨日の夕食刻に話が出た「流され人」の称号についての心当たり。それを今、タツヤさんから説明されたのだけど、正直どう受け取ったらいいのか判断しかねて頭を抱えていた。
この大地とそっくりな遊戯世界? そこで遊んでいたタツヤさんとルナさん。魔獣に倒され気を失って、意識を取り戻したらバルニエ大草原の端っこだった?
確かに「流され人」の条件に叶っているようだし、あの二人の異常さは際立っているのだけど。
これだけでも頭が痛いのに、石鹸の作り方ですって!?
しかも基本の材料だけで自分で作った事はないって、ひどくない?
商業ギルドに話を持っていって試させようか。
う─────────ん。
考えるの止め!
昼から出てくるギルド長を焚きつけよう。
モノになったら利益は大きいわ。それで商業ギルドを釣る方向で、話を振ろう!
決めた!
†
「終わったの? タツヤ」
「ああ、信じてもらえたかは分からんが、ともかく話してきたよ」
「せっけんの話も?」
「せっけんの作り方もだ。頭抱えてたな。ちょっと申し訳ない」
「仕方ないわよ。少し悩んでもらいましょう」
「冷たいなぁ」
「うまく行けば大手柄なんだし、まぁ仕方ないわよ」(鬼)
†
今日の訓練だが、先ずは俺と月那の魔術への適性を確かめるところを見てみるつもりだ。
といっても戦力になるレベルの属性術があるのはシルィーの風だけで、正式な訓練を受けた者は一人もいない。
エルフの場合、風の属性術は種族特性のようなものらしいし、風の魔術も精霊たちからの補助があるようなので、そのままやり方を教えてもらうと言う訳にはいかないようだ。
だから事の発端になった月那の立ち会いから見てみようという話になっている。
「始めましょうか。怪我をしたらちゃんと回復してあげるからね」
リディアがそう言って開始を宣言した。
訓練場には月那とハンナが立っている。
月那は全身をほぼ鎧で覆い、獲物は両手剣。ハンナは硬い部分革鎧にいつもは副武装で持っている大振りの小刀を持ち、弓を外して左腕に小盾追加している。
どちらも武器は試験の時と同じ、模擬戦闘用の鉄芯入り木製武器だ。
Dランク昇級試験のときの再現をしたいのだから、それにはある程度打ち合ってもらわないといけない。
だから今日は先手をハンナが取り、月那がそれを捌く。隙があったら攻撃もする、ただし攻撃を当てるのはハンナの武器か防具限定で、生身の部分は狙わないという手筈になっている。
ハンナは攻撃自由だ。
ハンナが仕掛ける。
月那がそれを弾く。
もう一回。これも弾く。
両手剣がまっすぐ戻ってきて、ハンナの小刀を叩き落として決着した。
二度目も同じ流れで、小刀が弾き飛ばされて決着した。
「あんまり(ぜんぜん)強そうに見えないんだけど、速いし重いし受け切れないよ。ごめん、あたしじゃ相手になれないわ。前衛専門ってやっぱり強いんだね」
ハンナが降参してしまった。まあ狩人だから、近接での直接戦闘力はさほどじゃないのだろう。今は弓も持たせてないし。
うん、月那がもともと術士志望だったのは黙っておこう。ゲームのときの話だし。
さて困ったな。もともと俺とシルィーが月那の戦い方に違和感を持ったので、俺は見る側に回りたかったんだけど、立ち会いが続かないのでは仕方がない。俺が相手をするか。
そう思ったところへ横合いから声がかかった。
「稽古の相手が不足しているなら、俺たちが相手をしてやろうか」
「Dランクの“轟雷”だ。Cランク間近って言われてるぜ」
「手取り足取り手ほどきしてやろう」
隣で訓練していた三人組。片手剣と盾、月那と同じ両手剣使い、それに両手斧使いの三人だ。
見ない顔の女の子が訓練しているから、混ざっていい顔したいのかな。
うーん、相手に困っていたのは確かなので、お願いしてしまおうか。
「Dランクの“またり”と“白き朝露”です。それじゃあ先に俺と手合わせを……」
「達弥さん、わたしがやります」
俺の言葉を遮って言ってきたのは、月那だ。
心なしか声が固い気がする。
「いいのか?」
「はいっ」
「…ほどほどに…な」
「はいっ」
なぜか背中に冷たいものでも入れられたような気分になって、俺は場所を譲った。
「けっこうけっこう。なかなか良い心がけだな。それではまずはオレ様が指導してしんぜよう」
「よろしくお願いします…」
月那と両手剣使いが向かい合った。
両手剣同士の立ち会いだ。
両手剣使いの男が剣を8の字に振り始める。∞の形と言った方が分かりやすいのかな。洋画の騎士物語などで見かけるやつだ。
ブン、ブンと風音をまといながら、攻防一体、動の構え。これはちゃんと道場で指導を受けてるんだろう。
月那は正眼に構えて、それをじっと見つめている。
両手剣の男が踏み込んで、月那の左上から切り込んできた。
月那は右上から切り下ろして、相手の剣を左下へ弾く。
弾かれた相手の剣は、そのまま後ろへ旋回していき、頭上を回り込んで右上から斜めに落ちてきた。先ほどとは逆の袈裟斬りだ。
月那は左下へ振り切った自分の剣を引き戻しながら真っすぐ右上に切り上げて、正面から相手の剣を弾き上げる。
弾いた剣が円を描いて別の角度から襲ってくる。
それを月那が直線的に振った剣で弾く。
その繰り返しが続いている。
見る。見る。
振り切った両手剣を、まっすぐ反対方向へ振り戻すのは大変な力を必要とするし、引き戻す瞬間はどうしても無防備になるのだが、そんなことは関係ないとばかりに月那は剣を振り、相手の剣を弾き続ける。
来た来た。これはDランク昇級試験のときと同じ流れだ。これを待っていた。
そして俺はそれを、見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。
自分の場所から、月那の肩越しに、両手剣使いの後ろから、反対側から、頭上から、足下から。
あたかもモーションキャプチャーカメラで動きの総てを捉えるように。
集中が過ぎたのか、なんだか月那の体や剣に光が纏わり付いて、残像を残しているように見えてきた。
キルリアン写真を動画で見ているみたいだ。綺麗だな。
そしてその時が来た。
両手剣使いが剣を真上に振りかぶり、ほんの一瞬溜めを入れて体を伸ばした。
いまっ!
月那が腰を落として、相手の膝下くらいを横薙ぎにした。
これだ。
剣が相手に当たる前に相手の体勢が崩れ始めている。Dランク昇級試験のときと同じだ。
シルィーが魔術剣を疑ったのがよく分かる絵面だった。
両手剣使いがバンザイの姿勢で地面へ落ちていく。
両手剣使いの足を、左から右へ振り抜いた月那は、そのまま勢いを殺さず後ろに回した剣を頭上に掲げ、剣を掲げた勢いを利用し軽く腰を浮かしながら前進。そして再度腰を落としつつ、頭上へ掲げた剣をまっすぐ振り下ろして、剣が水平になったところでぴたりと止めた。
体柔らかいね、月那さん。
仰向けにひっくり返った両手剣男の鼻の上。見事な寸止めだった。




