7 夜話 1
コン、コン、コン──
静かなノックの音が俺を呼んだ。
月那は“白き朝露”の三人の部屋へ行っていて、今は部屋にひとりだ。
彼女たちの部屋は、同じ廊下の突き当たりの部屋だった。
女将のミリアさんが気を利かせてくれたんだろう。
月那が戻ってきたのなら鍵はもっているだろうに? と訝かしみながら部屋の錠を開けると、そこには部屋着姿のリディアが居た。
「こんばんは。入れてもらっていい?」
ものすごく面倒事の予感がしたので、半ば開けた扉をそっと戻して閉めようとしたのだが、小柄な体格に似合わない力で押し戻されそうになり、ぐっと力を入れ直して拮抗した。
「ルナから伝言があるの。本当よ」
「どうぞ。言ってくれ」
「中に入れてもらっていいかしら!?」
……これ以上は「静かに」とは行きそうになかったので、甚だしく不本意だが、扉を開けてリディアを部屋へ招き入れた。
後ろ手で扉を閉めたリディアは、扉に背をもたせかけて俺に訊いた。
「ルナの寝台はどっち?」
「扉側だよ」
「そう」
と言ってゆっくりと月那の寝台に近寄り、腰を掛けた。
「それで伝言ってなんだい」
「タツヤも座ってもらえないかしら」
「伝言ってなんだい」
「ふぅ。ルナは今夜わたし達の部屋に泊まるわ」
こまった人ねと言いたげに、両の掌を上に向けてため息をつくリディア。
「それは構わんのだが、どういう話の流れなんだ?」
と問うと、内緒話をするように口に片手を当ててこちらへ唇を寄せるように腰を浮かせながら、
「はじまっちゃったのよ。それで寝台を交換しようってことになったの。もちろんあなたが嫌と言えばこの話はなかった事になるわ」
「わかった。リディアはそこでゆっくり休んでくれ」
「駄目よ」
俺が外へ出ようとすると、リディアがそう制した。
「この部屋の主はあなたよ。主を追い出して私が部屋を使うなんて事はできないわ。それくらいなら私が他所へ行く」
「他所ってどこだよ?」
「どこかよ。ギルドの宿泊施設でもいいわ」
「もう外は真っ暗だし、女の子が一人歩きしていい時間じゃないだろう。そりゃ駄目だ」
「じゃあここへ泊めて。あなたもここに居てちょうだい。できれば眠るまでお話につきあってもらえると嬉しいわ」
「…はあ…、……………まあ仕方がないか…。話だけだぞ」
「ありがと」
にっこり笑ってそう言うと、止める間もなく部屋着を脱いで畳んでテーブルに置くと、月那の寝台にもぐり込んだ。
†
「なぁ」
「なぁに?」
「さっき扉を押さえたとき、女の子とは思えない力が出ていたように思うんだが、何かしたのか?」
「身体強化よ。Dランク講習会で話が出てたでしょう。あれ」
「あれが身体強化なのか。すごい効果だな」
「あの程度じゃ実戦には使えないけどね。せいぜい同ランクの男の人に対抗できる程度だし、私じゃ魔力消費が多くてすぐに息切れしちゃう」
「そうなのか。いやでも、同ランクの男と拮抗できるってすごいだろ?」
「それはそうなんだけどね。あと拮抗じゃなくて対抗ね。
私じゃ同じところまではいけないのよ」
いやそれでも大した効果だと思うんだがな。俺たちも適性を調べてみた方がいいかな。
「…ねぇ」
「なんだ」
「なんでルナを構ったげないの?こっちの宿に移ってからぜんぜん構ってあげてないって言うじゃないの」
「おーい、筒抜けかい。……俺たちの事情は話したろ。子供ができて身動き取れなくなるのは具合が悪いんだよ」
「前の宿のではしたのに?」
「あのときはこっちに来立てで月那が不安定だったからな。鎮静効果も兼ねてたんだ」
「今でも十分不安定よ。それでずっとしないつもりだったの? それ大変じゃない? 二人とも。避妊はしないの?」
「あ…え、あるのか? 避妊具」
あのときはもっと不安定だったんだよ! と言いかけたのを慌てて言い直した。
朗報だ!
「薬屋とかは見てみたんだけど、前のところで使っていたようなのって見つからなくてな」
「避妊具? それは知らないけど、避妊薬ならあるわよ。正確には避妊魔術薬だけど」
「避妊ポーション!? なんでまたそんな大げさな事に…」
「知らなかったのね。避妊用として売られてるわけじゃないの。解毒ポーションに避妊の効果があるのよ」
はあっ? なんじゃそりゃ。
「ふつうの解毒薬って、体を害する成分に個別で対抗するから、毒の種類ごとに対抗薬が違ってくるじゃない。解毒ポーションの場合は、体が普段から摂り込んでいる成分以外をまとめて体の外に出しちゃうから…。子種も同じ扱いなのよ」
「なんとまあ、灯台下暗しな話だな…。ダンジョンにもう少し深く潜るようになれば、嫌でも耐毒ポーションや解毒ポーションのお世話になるところだっていうのにな」
ダンジョン・ヤグトの第六層を超えると、毒持ちの魔獣が現れるはずなのだ。
「耐毒ポーションも解毒ポーションと似たように働くわよ。名前の通り予防が専門だから、事の後では充分な効果が期待できない代わりに予防効果が八日と長いわ。解毒ポーションなら、解毒期間は飲んだ日とその前後一日以内なら確実に、二~三日でもそれなりにってところね」
そうなのか。この情報は有りがたいな。
この際だから、疑問に思っていたことをまとめて訊ねてみるか。
「じゃあさ、話はちがうけど石鹸ってないのか? このあたり」
「あるわよ。だけど遠くの領の特産品だから高いわ。この辺りはお湯がわりと気軽に使えるから、わざわざ高いお金を払って石鹸を使う人は少ないわね」
あー、そういうことか。
「作り方を秘匿しているパターンなのか。作り方教えたら誰か作ってくれないかな」
「タツヤ作れるの?」
「いや作れない、作った事はない。でも基本のレシピなら分るぞ」
「うーん、ならルーシーに相談してみてもいいかもね。冒険者組合は商業組合とも付き合いが深いから、うまく話を持ってってくれるんじゃないかしら。納品された魔獣の肉とか商業組合へ卸してるし、打合せ区画の出店なんかも商業組合経由だから」
まあ話してみる分には何の不利益もないからな。あした“流され人”の件と一緒に話してみるか。
「あーリディア。さいしょは何事かと思ったけど、月那のことを気にかけてもらってありがとう。懸念だったことが片づきそうで良かったよ。今夜は来てくれてホント助かったよ、感謝感謝だ」
「そう? お役に立てたならよかったわ。それなら感謝の気持ちで私の相手をしてもらえると、私もとっても嬉しいのだけれど、どう? 避妊薬もあるわよ」
「すまん。俺の女性の好みは二十歳代なんだよ。十代は女の子なんだ」
「女の娘も二十歳からなの? 困った人ねホントに」
「わるいな………」
「………………………………………………ん…………………………………………………んん……」
「…おい、どうした?」
「あ、…ごめん…。日課よ」
「日課!?」
「日課っていっても…何日かぶりなんだけどね。
Dランク試験の日から…ハンナがはじまっちゃってて…、暫くしてなくて…、溜まってたところへ…、さっきので意識しちゃったら…、ちょっと抑えが…」
「百合かぃ!」
「ゆり? なに? 一人より二人よ。……ごめんね、すぐおわらせるから…」
うーん。
これはさすがに放っておくのも気まずい。
「……手伝うよ」
「ホント!?」
「嬉しそうだな」
「そりゃあね。触られてキモチ悪くない男の人って貴重だから」
「そっちかよ。それじゃいくぞ」
結局リディアは三日間、この部屋に泊まっていった。
四日目の朝には「はじまっちゃった」と言って出て行った。
今夜は一人で伸び伸び出来そうだな。と思っていた
のだが…
コンコン──
控え目なノックの音が俺を呼んだ。
部屋の扉を薄く開けると、そこに居たのは部屋着姿のハンナだった。
「あの、あたし、終わったんだけ…ど……その、ダメ?………かな?…」
恥ずかしそうに上目遣いでそう言うアンナ。
君たち、なにか協定でも結んだの?
俺は、両のこめかみを指で揉みながら、暫く黙考したあと、
………扉を開けた。




