2 ダンジョン・ヤグト 第一層
朝1鐘の開門に合わせてタルサ市の西門を出て、少し西にある林の道を進むこと1刻。遠目にダンジョン・ヤグトが見えてきた。
正しくはダンジョン・ヤグトから外界を守る城壁というか、檻だな。
まず見えてくるのが屋台の軽食店、武具防具の手入れをする店、素材の買い取りをする店、地図屋、薬屋と、およそ市内にある魔獣関連の店のほとんどが網羅されているようだし、簡単ながら店舗を構えている店も多い。
簡易な宿泊所すらあると聞いている。
呼び込みの声を背にそこを通り抜けると、関所で冒険者証の確認をする。
入山証みたいなものか。
関所の奥にはタルサの市壁と同程度の壁と大扉があり、開きっぱなしの扉を通れば、内側にもう一重の壁。こちらも扉は開いていて、そこをくぐれば広場になっていた。
結構な広さのその広場は、周囲を高さ四メートルほどの壁で囲われていて、その上は城壁ように人が歩けるという不思議な造りになっていた。
通路としてはずいぶん広いその場所を進むと分かれ道があり、正面は鉄柵で区切られ進入禁止になっている。辻を左へ進めば出口。右手に車が二台並べて入れられる車庫の、門扉を跳ね上げたくらいの開口部がある。
これがダンジョン・ヤグトの本当の入口だ。
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緩やかな下り坂を下りて行くと、やがて人工の壁は岩の地肌となり、それと共に入口からの光が届かなくなる。
それでもどこからか明かりが差し、いちおう文字が読める程度の明るさで周りが見て取れるのは、入場中の映画館のような不思議な雰囲気だ。
剣を振れるほどの隙間もなく密集して歩いていた冒険者達も、通路を進むうち次第に別れてその数を減らしていく。
彼らは、正規ルート──各層の入口から、次層への通路などの重要箇所へ至る主要なルート──から外れた、自分たちが知っている採取場所や狩り場へ向かうのだろう。
俺たちの場合はレベル上げが主目的であり、稼ぎを出しつつレベルを上げていくのが目標だ。
いや、それよりなにより今日が初ダンジョンなのだ。怪我が無いように予定の径路を巡って無事に戻るのが第一の目標になる。
なので俺たちは、正規ルートを通り、二層へ降りる通路を確認した後、その周囲で狩り場を探して、ヤグトの第一層での戦闘感覚を確認してみようと言うことになっていた。
何しろ第一層の正規径路まわりでは人が多すぎて、魔獣との戦闘そのものがほとんど起こらないのだ。
†
第二層へ続く斜路へ到着する頃には、周りの冒険者は四分の一ほどまで減っていた。
その冒険者たちが軒並み二層へ降りていく中、俺たちは脇へ逸れて、少し広くなっている場所へ移動し、戦闘準備を整えた。
「それじゃあ、釣ってくるね」
「ああ、よろしく」
そう言ってハンナが走り去った。
「釣ってくる」というのは、ゲーム「七国」でのそれと同じく、戦闘の相手を一匹ずつ釣り出して連れてくる。という意味だ。
索敵能力に優れ足の速い、狩人や偵察職が行うことが多い。
やがてハンナが相手を連れて戻ってきた。角ウサギだ。
ハンナが俺の左脇を通り過ぎる。
その後ろから飛びかかって来た中型犬ほどの大きさの角ウサギを盾で止める。止まった角ウサギにすかさず月那が剣を突き込み、息絶えた角ウサギを剣を抜くことなくそのまま収納する。
うん、バルニエ大草原と同じ強さだね。
今は、これまでそれぞれのパーティーがバルニエ大草原でやってきた狩りの手順を、相手のパーティーに紹介しながら、大草原との違いの有無を確かめている。
そのあと二パーティで連携して狩りを行う予定だ。
「草原と同じ強さだな。俺たちはこんな感じだ、次はそちらがやってくれ」
「わかった」と言って、またハンナが駆けていく。
じきに戻ってきたハンナが駆けてくる。俺と月那は少し避けて観戦待機になる。ハンナがシルィーの脇を駆け抜け、シルィーが短丈を突き出すと、先ほどと同じくらいの角ウサギがペシャッと地面に這いつくばり、息絶えた。
シルィーが実技試験の時に、相手の片手剣使いに使ったのと同じ術だ。
風の魔術師が使う、空気槌という術がある。ゲームにもこの世界にもだ。
魔術師の使う術は術者から相手に向けて放たれるのだが、シルィーの使う精霊術は、精霊にお願いすれば、術が発動する方向も選べるのだそうだ。つまり、実技試験のときのシルィーは、シルィーから見て左方向から一撃、足が止まった相手に上から一撃、最後に右から軽い一撃。という順で空気槌を使った。
今回は試験のときの二撃目と同じく、上から空気槌を打ち下ろして、角ウサギを仕留めたわけだ。
只の空気と侮るなかれ。
風速十メートルの向かい風が吹けば、自転車は前に進めなくなる。
台風情報で見かける風速三十メートルというのは、時速なら百キロメートル、風速六十メートルなら時速二百キロだ。
高速道路を走る車や高速鉄道の屋根にいきなり立たされるようなもので、一瞬で吹き飛ばされて終わる。
風速二十メートルでも人はまともに歩けなくなるので、棒立ちの良い的と化す。
よしんば空気槌で仕留めきれなかった場合でも、三人の誰かがもう一撃入れれば、大抵それで片がついたそうだ。
そして、死んだ角ウサギが消えていく。
そう、ダンジョン内で魔獣を倒すと、ゲームのように魔獣の体は消えてしまい、後には魔石が残る。そしてたまにアイテムがドロップすることがあると言うのだ。
訳が分からんのだが、現実に目の前で起きている事実なので、否定しても仕方がない。
いや、こっちがゲームと同じに、非現実的なんだけどね。
シルィーが残った魔石を拾い上げる。バルニエ大草原で魔獣を倒した後で手に入る魔石よりも気持ち大きい気がするな。
「強さは、変ら、ない。魔石は、大きい、ね」
やはり大きいようだ。
大草原に限らず、自然の野山で魔獣を倒すと、魔石も素材も手に入る。
同じ魔獣をダンジョン内で倒すと、魔石は残るが体は消える。たまに素材などのアイテムが残ることもある。そして必ず残る魔石は、野外で手に入る物より少し大きい。
つまりダンジョンで手に入る魔石の大きさと、魔獣との遭遇率の高さによって、野外よりも冒険者の稼ぎが多くなるわけだ。
とくに収納を持たない冒険者にとっては、解体の手間なく直接魔石が得られる上、数を持てない獲物の体を持ち運んだり捨てる必要がないという環境でもある。
一方ダンジョンは、そこへ潜ること自体が危険となる場所だ。
ダンジョン第一層での魔獣の強さは、都市周辺と同じ程度だが、戦闘環境としては、明るさ、立地などが人に仇をなす。
魔獣の巣の内部であるため、一旦危機に陥いった冒険者が助かるのは至難の業となる逆境の地でもある。
そして階層を深く潜るごとに魔獣の脅威度が上がって、危険度が増していく。
そのぶん稼ぎが増えるのも事実なのだが。
そんな理由で、ダンジョンの中で一か八かという行動は、もう他に取れる手立てがない死地という状況でのみ許される選択となり、常に余裕を持って行動できない者は、ダンジョンの肥しとなって淘汰され、帰らない。
ダンジョンは高い危険と高い収益が共存する場所なのだ。
さて、いまシルィーが倒した魔獣の強さは、ふだん草原で倒していた同じ魔獣と同程度で、残された魔石は一割増しくらい大きい。
それではと、先ほど月那がとどめを刺した角ウサギの魔石を、収納から出してもらうと、なんと通常の三割増しのサイズがあった。
まず考えられるのは、事切れた瞬間収納に入れた影響だろう。
昨日調べた資料の中に「ダンジョンの魔獣は、外の魔獣と違い、死ぬと魔石を残して消える。それはダンジョン内の魔獣の体が、魔石を構成するのと同じ物が変質して体を成しているのではないか」という説があった。
だとすれば、ダンジョン内の魔獣を倒した時に残る魔石の大きさが外より大きいのも、魔獣の体が霧散してダンジョンへ還るさい、魔石の周囲の魔力濃度が一時的に上昇し、魔石を核にした結晶化が進むためだ。と考えれば説明が付く。
では通常であれば霧散する魔力を、囲ってなるべく魔石の周りに滞留させてやれば、魔石はより大きく成長するんじゃないか?
という思いつきを確認してみたのだ。
結果は大当たりだった。
シルィーの場合、風の魔術剣で止めを刺して即收納すれば、俺たちと同等の大きさの魔石が手に入れられたが、残念ながら彼女は後衛職なので普段は相手との距離を取る。そのため魔獣が活動を停止した瞬間に收納、つまり体が分解を始める前に收納する。というのは難しかった。
もちろん彼女が待ち受けて前衛として魔術剣を振るう事はできるのだが、そのつもりならもっと防御を固めないとな。
まあ、いまは俺か月那が素速く収納してしまえば済むことだ。
シルィーにも、やれば大きな魔石を手に入れられる。ということが確認できたので可としよう。
あまり欲の皮を突っ張らせていると、足下が疎かになりそうだしね。
同じ魔獣からより大振りの魔石を得るためには、体が分解し始める前に、状態変化無効を切った収納に取り込むという手が有効のようだ。




