15 異世界ふれあい街歩き 前編
「すみません、すこし話をしていいですか」
話しかけてきたのは、先ほど一緒に昇級試験を受けた弓術士の娘だった。
彼女はハンナと言い、冒険者になるため、年明けに仲間と出身の村からタルサ市へやって来たという。
彼女の話はこうだ。
Dランクになれば正式にギルドへパーティー登録が出来るようになる。だから自分たちも自分たち自身のパーティーを登録したいと思ってきた。だが、自分たちには前衛がいない。
Eランクとして活動してきたこれまでも、個別に誘われたり、合流を持ちかけるパーティーはいくつもあった。けれど、そのどれもが女の子目当てでロクな連中じゃなかった。
そんな訳でできれば女の子の前衛をと探していたのだが、なかなか居なくてどうしようかと思い悩んでいた所へ現れたのが、今日のDランク昇級試験で一緒になった俺たち、正確には月那さんだった。
Dランクに認定されたら自分たちと一緒にパーティーを組むことを検討してもらえないか? というお誘いだった。
うーん、俺はともかく月那さんは本業というか目指すところは術士だったのだけどな。
まあゲームの時とは違うのかも知れないが。
「自分でも唐突な申し出と思ったのですが、ともかく一度声だけでも掛けておきたくて。返事は急がないし、他のメンバーの紹介も必要だろうから、明日の講義が終わったところで、顔見せを兼ねて食事でもどうでしょう?」
こちらとしては、とにかく基本情報が足りていないので、この世界の同業者と話ができる機会はありがたい。
話を聞くくらいなら、ということで了承した。
ハンナは、了と言われて一安心したようで、「ではまた明日」と引き上げていった。
パーティーか……
ゲームであれば、システムルーチン整理のために、一体の魔獣に対して戦闘に参加できる冒険者の数を適度に制限するための枠組みなのだが、ここではギルドに登録する受注単位のことのようだ
だが俺が思い出していたのはそのパーティーのことではない。ゲーム「七国」で参加していた"body(集団)またり"のことだった。
またゲームで会える日は、やって来るのだろうか……。
「さて、まずは昼食を食べられるところを探しつつ街の探索かな?」
「そうですね。もう一軒の宿と共同浴場の様子も見たいですし、今はギルドと宿しか知らないですから、少しぶらぶらと歩いて回りましょう」
そういう話になり、俺たちは散策を開始した。
探索じゃいのかって? いいんだよ、それくらい。
昨日も今朝もわりと忙しなかったので、今は表通りを宿へ向かってゆっくりと歩いている。ときどき道を一本入って裏路地などをのぞきながら、ぶらぶらと宿への道を辿る。
街全体としては、北欧、バルカン半島あたりの城塞都市といった趣きだ。市壁の高さは七メートルほど。二階建ての家屋くらいと、割と低めで開放感がある。
今いる場所は、市の東側にある“商業区”と言うらしい。
他に工房の集まった西の“工房区”、海に面した南の“港湾区”、北の“農業区(農地は市壁の外)”、中央の“神殿区”、商業区を挟んで南北にある“居住区”、農業区と商業区に挟まれた“行政区”がある。
と、東門広場の案内板に書いてあった。
商業区にある宿、杜の東亭を過ぎて、そこから南へ進む緩い坂を降りていくと住宅が増えてくる。
そしてそこにありました。共同浴場が。
通りには多くの店が並び、さながら商店街だ。
商業区と異なり小綺麗なのだが煌びやかさはなく、生活感のある様子がみょうに落ち着く。
ギルドでルーシーさんに教えてもらったもう一軒の宿も、すこし先に見えてきた。
いいなここ。暮らしやすそうだ。
さらに先へ行くと、庭園席のある茶館があったので、そこで昼食にすることにした。
坂の途中の角地にあるため、道を歩く人の視線が切れて、開放感がありつつ落ち着けそう見えたのだ。
見晴らしの良い席に座り、開けた風景を眺めながらのランチタイムだ。
視界の先には港湾区が望める。
俺はパスタっぽい昼食セットを、月那さんは鰯みたいな魚の唐揚げを葉物野菜といっしょに焼いたキッシュ風のものを頼んだ。
となりの席の人たちが美味しそうに食べてたんだよ。
実物が来たらかなりの量だった。パスタは大盛りだし、キッシュも皿の上にででんと乗っている。
材料に何を使っているのかさっぱり分からないが、味は良い。
途中で月那さんが自分の皿をじーっと睨んでいるので、どうしたのかな? と思ったら、まるごと全部は多かったそうだ。
それではと言うことで、のこりを半分に分けて、片方は俺がいただくことにしました。
うん、これも美味しい。こんど俺も頼もう。
お腹がくちくなったら散策再開である。
量が多かったから、消化のためにもペースアップだ。ゴーゴーゴー。
港湾区へは降りず、まっすぐ西へ向かう。
西の工房区は、その名の通り工業生産区だった。
家内制手工業といった風な工房が建ち並んでいる。
鍛冶、彫金、錬金、調薬、防具、皮革、縫製と、いろいろな工房が集まっている。中には店頭販売している工房もあったが、如何せん自身のレベルの低さが障害になって、装備できないものが多い。
興味はあっても、すでに良品を数多く蓄えていることもあり、新しく購入する動機に乏しいという理由もある。なにせ倉庫キャラだったからね。
ああでも、装備の手入れのことがあるか。悩ましいな。
工房区を抜けて西門から市外へ出る。
離れすぎて後ろの市壁が見えなくなる前に右へ転進。草原を進むと農地らしい囲いに突き当たったので、街寄りに迂回してさらに北を目指す。
やがて市壁が湾曲して離れ始めたので、こちらも市壁との距離を保って右手へ転回する。
しばらくすると北門が見えてきたので、門を目指す。
この間魔獣に襲われることはなかった。完全にお散歩である。
まあこんな都市の直近で、危ない魔獣が出没することはなかなかないか。
北門から市内に入る。
今回は冒険者証を見せて、らくらく通過できた。
表玄関に当たる東門ほど人の出入りがないのも早かった理由だろう。
大掛かりな畜舎、騎士団と冒険者ギルドの出張所、その先の行政区の建物を横目に見ながら、正面に見える塔を目指す。
神殿区。
タルサ市の中央に位置するそこは、地区全体が森になっていて、森の外周に添って道が通っていた。森の内にはいくつかの神殿が建っていて、中央には大きな池があり、池の中に島が浮かぶ配置だ。
そして島には"祈りの塔"と呼ばれる、人びとの目印になっている白い塔が建っていた。
この塔が、タルサ市の中心なのだそうだ。
観光ならちょっと寄ってみたい気もするが、今日は地理の把握を兼ねて、地図作成スキルの踏破済み領域を増やす目的で歩いているので、見学はまたの機会にだ。
森の道を塔に向かって歩いて行くと、視界が開けて池の畔へ出た。
水が透明で綺麗だ。どこから水が流れ込んできているのだろう。
日本で大きな公園に池となれば、鯉が泳ぎ、橋がかかって、ボートに乗れたりするのが定番だが、ここにはそのどれもない。
名前の通り、祈りの場と言うことなのだろう。
内周路は池の畔をぐるりと回っているので、それを左回りに進む。
隣接する区から遠い喧噪だけが届いてくる。余計な音のしない世界は心地よく、たまに見かける人も、静かに歩いていた。
なるほど、杜なんだな。
南にある港湾区へは高低差があるので、ここから直接行ける道はない。
なので池を反時計回りに四分の三周歩いて東へ抜け、宿のある商業区へ向かう。
これで今日の探索はおしまいだ。
地図は全面を埋めておくのが理想だが、それはゲームでの話だ。
時間を見つけて小まめに続きができるゲームと違って、現実でてくてくとすべてを歩き尽くしても手間に見合う成果は得られない。
それでもせっかく自動地図作成機能があるのだから、一部だけでも実際の風景と関連付けておくのは、この先の助けになるだろうと考えたのだ。
はい、本日のお散歩終了。




