11 杜の東亭 後編
宿の食堂に入り給仕の人に木札を渡すと、奥の窓際の席へ案内された。
ちょっとしたコース料理だそうで、肉主体と魚主体が選べるというので、二人とも魚のコースを頼んだ。
きょうはもう肉はいいや。月那さんもそんな気分だったんだろう。
飲み物は香草茶で。
酒精の力で気分を解放したい誘惑は少しあったが、まだ早い。
こうして宿に辿り着いて、(たぶん)美味しい(だろう)夕食にありつけているのは、僥倖が重なった結果でしかないのだ。
こんなところへ来ることになった理由も方法もなにも分かっちゃいない。
少なくとも、こちらの世界へ来て最初の夜に、早々と緊張を解いてしまうのは早過ぎるだろう。
そんなことを頭の隅で考えながらも、提供された食事は満足できる出来だった。
「お酒は、飲まないんですか?」
と、月那さんが聞いてきた。
この娘、自分から話を振ってくる方じゃないんだけど、たまに口を開くと妙にタイミングが良いというか、核心を突いてくるんだよね。
超感覚的知覚能力者かしら?
「うん、もともと料理の引き立てに飲むくらいで、酒そのものが好きという訳でもないし………んー、まだ早いかなって思ってね」
そう答えると、彼女は「そうですか」とちょっぴり嬉しそうに笑い、食事に戻った。
ん?
妹の友達という割りには妹と真逆で押し出しの強いところがなく、かといって引っ込み思案なのかと思えば、ここぞという場面では最適解で行動する。
奇妙な底知れなさが窺えるところなど、単純に真幸と凸凹コンビを組んでいる訳ではないのかも知れない。
その後も食事を続けながら、俺たちは話を続けた。
まあ話をするのは主に俺で、内容は俺が知っている「七国」の中での設定だのクエストだのの話がほとんどだ。
この「七国」というゲームに似た世界の有りようは、ゲームの内容にとても良く似ている。
大まかな流れを知っていればなにか気付くこともあるかもしれないと、ゲームの先の展開について説明していた。
ここの現実の情報ではないが、知っていれば役に立つ……ことがあるかも知れない。
逆に言えば、こんなことくらいしか準備できることがないのが現状なのだ。
食事を終えて部屋に戻れば、明日に備えてあとは寝るだけだ。
それなりに高いだけあっていい宿だと思う。
いや、比較対象がある訳じゃないんだけどね。
だが電気もモーターもない世界で、部屋は広めでベッドは清潔、小さめながら窓があり硝子がはまって遮幕まで掛けられているのだ。
これを維持するのは並の手間ではないだろう。
そんな事を考えながらも、今日一日の間に起こったことが処理し切れていないのだろうか、明かりを消したのはいいが、どうにも座りが悪くて眠れずにいた。
コンコン───
控え目に扉をノックする音が聞こえた。
まさかね。
そんなギャルゲーめいた展開は望んでいないぞ。と思いながら、チェーンロックの扉を細く開けると、この世界で唯一の知り合い、佐橋月那が目を赤くしてそこにいた。
「いま開けるから」と言って一度扉を閉め、チェーンロックを外して、あらためて扉を開けると、
「わたし……暗くすると…感触とか思い出して…明るくしてもグルグルしてばかりで、そのうち暗くなって…その………こちらで一緒に寝かせてもらえませんか!」
絞り出すようにそう言った。
口数の多い娘じゃないから、だいぶ溜め込んだのだろう。大人の俺でも訳が分からずに困っているのだ。
突き放すという選択肢はないので、彼女を部屋へ招き入れ、扉を閉めて鍵を掛けた。
ベッドに誘うと、先に…と押すので、先にベッドに横たわり、彼女を招き入れる。
体をこちらに向けて、寝間着代わりの鎧下に両手で力いっぱいしがみ付いてくるので、髪をゆっくり撫でてやる。
少しすると、「う…うぅ…」嗚咽を漏らし始めたかと思うと、本格的に泣き出した。
反対側の部屋がどうなっているのか知らないが、わりと大きな声を放置しておくのも迷惑になりそうなので、頭の上まで布団をかぶせて、髪をなで続けた。
やがて静かになると、くー……くー……という規則正しい寝息が聞こえてきた。
絵に描いたような泣き寝入りでした。
お疲れさま。ゆっくりお休み。
あしたからまたよろしくね。
俺も彼女の体温を感じながら、今度はさほど時間をかけずに眠りに就いた。




