34 化身── アバター──
ダンジョン・ヤグト第五層のボス部屋で、ボスの害猪と、お代わりの上位種厄猪を倒した俺たちの前へ、再々度魔術陣から何かが現れようとしていた。
円陣の霧が集まり、形を成していく。
今度のはだいぶ小さいかな?
人と変わらないサイズに見える。
というか、どうやら本当に人型のようだ。
魔獣じゃないのか?
それとも、ゴブリンのような人型の魔獣か?
肩に見えるあたりから実体化が始まり、鼻から胸までと思われる姿が現れたところで、ソレが言葉を発した。
「武器を引いてくれぬかな……」
「なっ!」
驚く俺たち。
「喋る魔獣っていうのもいるのか……」
「いないわよ! ……そんなの聞いたこともない…」
俺が言うと、即行でルーシーさんから答えがある。
ないとすると、新種? それとも魔獣ではない何かなのか?
「ともかく、形を取るまで待ちましょう。どのみち今の状態では、攻撃しても意味はなさそうだし。周辺警戒は忘れずにね」
「わかりました。ルーシーさん」
スレインの呼び方が「さん」付けに戻っている。
異常らしい事態に、幼馴染みから仕事モードへ戻ったようだ。
やがてその姿がハッキリしてくる。
小さいな。
大きさは俺より頭半分小さいくらい。
人型で輪郭は女性型。“猪”戦の後なので、ずいぶん小さく感じられる。
やがて実体化が終了する。
あれ?
現れたのは、見た目にまったく人間の女性である。
それも全裸だ。
「…………」
「……あねさん…」
誰かの掠れた声が聞こえ、思わずルーシーさんの方を向きたくなるのを堪える。
人の形をしているとは言っても、ボス魔獣と同じ方法で現れたのだ。
それから目を離してしまうのは、大きな隙をさらすことになる。
まあ感応環による探知は続けているんだけどね。
とはいえ、これは非常に気まずい。
そというのも、現れたソレがルーシーさんにそっくりだからだ。
違いはというと、髪が短い、やや幼い感じがする。あと全裸。
「お前は何?」
ルーシーさんが尋ねた。
声に何かを押し殺したような響きが感じられるのは、気のせいではないのだろう。
なにせボス魔獣の次に、自分の生き写しが現れたのだ。
それが裸で目の前にいるとなれば、いろいろ複雑なものがあるだろう。
「我は□□□□□。主らが言うところのダンジョン・ヤグトじゃ」
「ダンジョン・ヤグトですって? なんの冗談!?」
「冗談ではない」
何やら一部聞き取れないところがあったが、ダンジョンが話しているそうだ。
ダンジョンが──話をしている!?
相手の話をそのまま信じるならだが……、そんなことがあるのか?
まあ魔獣と同じ方法で登場したんだ、ダンジョンに関係があるのには間違いないのだろうが、それにしても突拍子もないな。
「突拍子もないかの?」
「当り前でしょう!」
「おかしいのう、この惑星には意思疎通の魔術が張り巡らされておるから、話は通じやすいと考えておったのじゃが、うまく通じんぞ」
惑星? 惑星って言ったか?
確かめたことはないが、惑星の概念があるのか? この世界に……。
それに意思疎通の魔術が張り巡らされているとも言ったな。
「おう、言うたぞ」
「なにを言っているのよ」
俺の考えを読んでいるのか!?
「そうじゃ。というか、そちらが儂らの情報伝達の本流じゃな」
念話のようなものが標準なのか、この……生物?
「ホントになにを言ってるのよ…」
「ルーシーさん」
「なに?」
「そいつは今、俺の考えを読んでそれに答えているようです」
「なんですって?」
「今そいつは、俺が頭の中で考えたことを読み取って、それに受け答えをしているみたいです。それがそいつの普通のようですね」
俺は自分の頭を指差しながら、そう答えた。
「……、そうなの? なんで……」
「理由は二つある」
二つ?
というか、答えてくれるのか。
「一つは此奴の知識じゃ。我の発した『惑星』と『意思疎通の魔術』という言葉に、最も具体的な反応を示していたのがこの者じゃからの。二つ目に、そこの雌体に仕掛けを施してから我が体内より解き放ち、同じ属性に出会ったとき仕掛けが発動することを期待しておった。此奴はその釣果でもある」
最後にこちらを見てそう言う、ルーシーさん擬き。
俺が釣果?
つまり、ルーシーさんが生餌で、俺は釣られた魚なのか?
「私にいったい何をしたの」
まあ気になるよな。
俺としては、『同じ属性』の方も気になるんだが、ルーシーさんの“瞬間移動”と俺の“遮断”が、同じ属性のスキルだったりするのか?
「何時とは尋ねぬのだな、結構けっこう。大したことをした訳ではない。頭の中に非常時においてのみ最優先で発動する器官があっての。それは心身の限度を超えた負荷が引き金となり、発動すれば理も非もなくなって暴れ出すのじゃが、そんなことになってはせっかくの希望が潰えてしまう。そこで、そこが放り出す液に枷を掛けた」
「パニックホルモン……抑制したのか…」
まずっ、口に出してしまった。
「あるの!? ホントにそんなものが」
「あー、本で読んだだけの知識ですが、あるそうですよ」
「あるの……ね」
ずいぶん前に乱読した本の中にあった知識だ。
苦手な分野なのであまり憶えていないのだが、その中で“扁桃体”によって引き起こされる恐慌障害については、仕掛けが単純なぶん分かりやすかったのを覚えている。
まさかこんな所で役に立つとは思ってもみなかったけどな。
「お前はなんで姉さんの姿で現れたんだ?」
ルクスが口を挟んだ。
あ、俺が先に口を出したせいか……。
「我は主らの考えを受け取れるが、主らは我の考えを音声変換せぬと受け取れぬであろう。これは発声器として用意した。この姿は以前記録してあったので、配列情報が手元にあって都合が良かったのじゃよ」
「お前もルーシーさんの技能を使えるのか?」
と尋ねたのは、俺だ。
こちらの考えを読まれるだけでも、いいかげん劣勢なのだ。
この上ルーシーさんの火力まで持たれた日には、あちらの優位が勝ち過ぎる。
まあ、これも読まれているんだろうけどね。
「使えぬ。あれは肉体の機能ではないからの」
スキルと言うのは、肉体の機能じゃないのか?
と言うことは、奴が情報を読み取って複製できるのは、肉体的な面に限られるということか。
「そうじゃ。だが複製できぬというだけで、そちらへの感覚はあるぞ。現に厄猪は身体強化の技能を使っておったじゃろう?」
確かにそうだ。
そうすると協力できれば、よく分からないスキルの謎が検証できるんじゃないか?
ダンジョンと協力。
なにやらファンタジックで面白そうなんだが、上手くいくのか?
「ルーシーさん、この後どうします? 第二班のこともありますし……」
俺がルーシーさん擬きとそんな事を考えている横で、スレインがルーシーさんと今後の相談を始めていた。
「……そうね……。真面目に対処しようとすれば話を聞くだけでも相当な時間がかかりそうだけど、コレと話をするのは調査に有益よ。場所を転移室へ移して、もう少し話したあと第二班を中間報告に地上へ戻すというのはどうかしら」
「二班と引き合わせて大丈夫でしょうか」
「コレのことを言葉だけで正確に伝える自信は、正直ないのよね。駄目というならこの時点で私たちも駄目でしょうし、どちらにしても両方の情報を擦り合わせる必要はあるから」
「そうですね。それではその方向で行きますか」
「ええ、そうしましょう」
場を移す事でまとまったようだ。
ところでこのダンジョンの化身って、この部屋以外へも移動できるのか?
「あまり遠くへは離れられんが、転移室へなら移動可能じゃよ」
「そう、それでは場所を変えましょう」
こうして俺たちは、ようやくボス部屋を離れる事が出来そうだった。
それにしてもルーシーさんたち(俺もだが)、何気に化身が思考を読むことを受け入れてるな。
肝が太いんだろうか?
それとも、思考誘導でも受けているとか?




