32 厄猪──ミスフォートボア── 5
リッターバイクのような高加速で、“猪”との距離を離してから反転する。
距離を置いて厄猪と向かい合った俺は、まっすぐ厄猪へ向かって突進した。
両者は中間地点で激突───はせず、厄猪が右の前後肢を高く上げて───転んだ。
ド─────ン!
右肢につられて左の前後肢も宙に浮き、完全に浮いた状態から真下へ落ちる。
硬い外殻を地面に打ち付けて、もの凄い音が響き渡った。
これ、さっきの“誘導衝撃”より痛手が大きいんじゃないか?
厄猪の体重が重い分、空中からの落下傷害の方が、俺が高速で激突した時よりも大きくなるのか。
意外な弱点だな。
まああの体重を持ち上げようなんて、誰も考えないだろうけど。
瓢箪から駒というやつだ。
慌てて起き上がろうとする厄猪。
だが、なにしろ巨体の割に脚が短い。
そのため先ほども見たとおり、一度転がると、起き上がるのに非常に苦労する。
それにあの体重だ。
転倒は、地味ながら確実な痛手を与える。
転倒というのは言ってみれば、大地という(実質)無限大質量の相手と、重力加速でついた速度で激突することだ。
たいていの場合、転倒した側が一方的に損傷を負うことになる。
ではその転倒をどうやって実現したのか。
前方に構えた盾から“見えない盾”を斜めに出し、前端を地面の“錨床”と合わせて楔形「 ∠ 」を形成し、“猪”の右肢とだけすれ違ったのだ。
“猪”からすれば、もうすぐ衝突というところでいきなり足下が持ち上がることになる。
それも片側だけ。
転がるほかないわけだ。
想定以上の結果にやや唖然としてしまったが、ここは畳みかける場面だろうな。
起き上がったばかりの厄猪へ向かって再度突進する。
ド─────ン!
そして轟音。
旋回して“猪”が起き上がるのを待ち、再度突進。
だが三度目となると、むこうも警戒するのか突進を避けてきた。
へえ、危機感のようなものはあるのか。
新発見だな。
回り込むように避けてきたので、こちらも進路を回り込ませて対応する。
減速していないので、凄い横Gだ。
体を横傾斜させてGに耐える。
スキー大回転とどちらが大変だろう。
体のきつさでは、スキー競技の方が上なのかな。
なにしろあちらに耐Gスーツなどない。耐Gスーツなんて動きにくいものを身に着けていては、競技はできない。
いや、本来の耐Gスーツは動きにくいだろうけど、この“見えない鎧”で動きにくさは感じない。
だがこちらはこちらで、一回転以上回り込んでいる。
どっちもどっちか。
厄猪が回り込むのに対向するように、こちらも回り込んで“猪”の内側の脚を捉えてすれ違う。
そして落下の轟音。
ド─────ン!
そろそろ頃合いかな……。
次の交錯で、厄猪を程々にルーシーさんたちへと近づける。
あまり離れすぎていては、互いの意思疎通に支障をきたすからだ。
そして最後の交錯。
いい角度になったところで、さらに加速して一瞬ですれ違う。
バ─────ン!
厄猪が、ルーシーさんたちに腹を向けて横倒しになった。
それを“見えない盾”で縛り付け、横四方固めに似た形に押さえ込んだ。
「ルーシー!」
と呼びかけるとともに、塹壕ナイフで首から腹を裂く身振りを付ける。
瞬間、ルーシーさんが現れて、厄猪の下顎から腹へと切り裂いた。
入った!!
二十メートル近い距離を一瞬で詰めてきた。
うん、やっぱり瞬間移動だな。
そんなことを考えている間に、ルーシーさんがもう一度魔力を瞬かせる。
次に現れたのは俺の正面、やや横へずれた場所。
刀を突き出して、一本の矢となり、一直線にこちらへ向かって来る。
突きだ。
初めて見る、ルーシーさんの“突き”技だった。
鮮烈。
そんな印象をもった瞬間、ルーシーさんの刀が厄猪の下顎へと吸い込まれた。
──────!
厄猪が声のない悲鳴を上げる。
そこへシルィーが風魔術で飛んできて、開いた口から脳天へと“風の魔術剣”を突き込んだ。
それが止めになったようで、厄猪はその体を解いて消えた。
終わったかな───?
「勝ったのか?!」
「すごいぞ姉さん!」
「飛んでいた……」
「滑ってた……」
走ってきた“怒濤の山津波”が到着し、口ぐちに言葉を発する。
ふだん表情に乏しいシルィーも、心なしかホッとして見える。
俺も揉みくちゃにされた。
「ん? 妙な手触りだな」
俺の肩を叩いてきたルクスが言う。
「ああ、例の“壁”で作った防具ですよ。あの重量に押し潰されないように作りました」
「そうか。あの戦いの中でも、いろいろ工夫していたんだな」
「シルィー、おまえ飛べたんだな」
リカルドが言う。
前に転移部屋から宝箱部屋へ移動したとき、月那と二人でふわふわ浮いているのは見たが、今日みたいな移動もできたんだな。
「いち、おう。走る、より、はやい、みたい。けど、ルーシー、ほど、速く、なかった。タツヤ、が、滑って、いる、のを、見て、横移動、して、みた」
俺の滑行に着想を得たのか。
「いつもは使ってないのか?」
「はじ、めて。いつも、は、木の、登り、降り、に、つかう」
なるほど、じつに森精族らしい使い方だった。
勝手な言い草かもしれないが、森精族が木によじ登っているところなんて、あまり見たい絵柄じゃない。
「ルーシーおめでとう。良かったな、敵が討てて」
「うん……」
「どうした? 浮かない顔で」
スレインがお祝いを言う。
だがルーシーさんの顔色がすぐれない。
「折れちゃった……」
「折れた? まさか…」
「うん」
そう言って持ち上げた例の刀は、先端の諸刃が終わったところで折れ曲がり、背中合わせになった二枚の刃が一部、密着せずに浮いていた。
「それは、なんと言っていいのか……」
スレインも言葉が続かない。
「ルーシーさん」
「はい」
「これを」
俺は収納から出した日本刀を、ルーシーさんに差し出した。
装備レベル不適合で、重い……。
そこで“見えない鎧”に動力補助させて力を上乗せしてみる。
お、いい具合だ。使えるな、この鎧。
強度や移動能力まで加味すると、まるっきり外骨格機動服だ。
「代わりに使ってください」
ルーシーさんが使えるレベルだといいのだけど。
「おい、タツヤ…」
「帰り道で要るにしても、いま出すことはないだろう!」
「そうも言っていられないようですから」
「えっ?」
俯ていた顔を上げ、こちらを見たルーシーさんは、泣いていた。
浸らせてあげたいのは山やまなんだが、そうも言っていられない。
「次の相手が来るかもしれません。今のうちに準備をしてください」
俺の精霊眼には、入口扉のちょうど反対側にある壁から流れ出した魔力が、中央の魔術陣へ流れ込んでいくのが映っていた。
ボスの無限涌きだなんて、冗談じゃないぞ。




