31 厄猪── sideルーシー 2
タツヤさんが、もの凄い速さで厄猪と距離をとったあと、振り返って厄猪へ向かって走り始めた。
やはり足は動かしていない。
走るというより、地面の上を滑っている感じかしら。
厄猪もタツヤさんへ向かって走ってくる。
タツヤさんが、盾を前に出して腰を落とした。
数瞬ののち両者は激突!───せずに、すれ違った?
と思ったら、厄猪が横向きに宙に浮き、そのまま地面に落ちた。
ド─────ン!
なにっ!?
もの凄く大きな地響きを立てて、厄猪が横倒しになった。
「なんだ───!」
「なんだあの動きは!」
「…………」
なにがどうなった??
横にいる“怒濤の山津波”たちも一様に驚きの声を上げている。
タツヤさんはすれ違ったあと反転して、倒れた猪の様子を見ている。
怪我は……なさそうね。
良かった。
何をしたのかしら。
両者がすれ違った瞬間、厄猪がふわりと浮き上がったように見えた。
何だかよく分からないけど、結構な痛手を与えているように見える。
なにしろ真っ直ぐ下へ落ちたから。
四脚獣に受け身がとれるとは思えないのよね。
横にいる五人は唖然としたのか、攻撃に行くのを忘れているようだ。
でも、いまのタツヤさんの移動は、ちょっと反応できないくらい速かったので、うかつに近寄らない方がいいかもしれない。
速度に差がありすぎると、普通の速度の人たちが危ないことはよくある。
私があまりパーティーを組まなかった理由でもあるので、そこは身に染みている。
だいいち猪のところへたどり着く前に、次の接触が始まってしまいそうだ。
落下の衝撃で起き上がれないのか、しばらく地面で身をよじっていた厄猪がようやく体を起こした。
やはり結構な痛手を被っているようね。
起き上がった厄猪へ、ふたたびタツヤさんが突っ込む。
ド─────ン!
再度、厄猪が横倒しになった。
うん、効いているわ。あの攻撃。
そして三回目、厄猪がコースを変えて避けてきた!?
対向して旋回しつつ追うタツヤさん。
旋回の勢いを相殺するため、体が横倒しになっている。
回転の外足はピンと伸び、内側は胸に着きそうなくらい深く曲げて、肩が地面に着きそうだ。
いいな。
ああいう曲がった軌道は、私の“跳躍”ではできない。
出口の“場所”と“速度”と“角度”は選べるのだけど、出現した後は進路変更ができないのよ。
だから変更の必要があるときは身体的に、あるいは再跳躍して修正する必要がある。
これがなかなか面倒なのよね。
軌道の取り合いはタツヤさんが制し、厄猪が三度宙に浮く。
ド─────ン!
厄猪が、タツヤさんとの衝突を嫌がっているように見える。
そろそろかな?
†
四回目の衝突が起こった。
こんどはだいぶ離れていた戦闘場所がこちらに近付いてきた。
タツヤさんが蹴り寄せたのだとしたら、そろそろよね。
蹴り寄せた? ……厄猪を?
それも大概な話ね。
“跳躍”技能を発動させて、たたみ込む軌道を探る。
たたみ込む距離は、剣が耐えられる最大。
方向は前後左右、横から上からすべて大丈夫。
広場の魔獣を掃除する前に見せてもらった“見えない壁”は、私の“跳躍”径路として使えなかったけど、いまは大丈夫だ。
スレインたちがペタペタ触っていたから、じつは壁が張ってない。なんていうこともなさそうだし、なにが違うのかしら?
謎だわ。
ともかく、私の出撃準備は整った。
タツヤさんが今までの衝突を上回る速さで厄猪とすれ違う。
五度目だ。速い!
宙に浮いた猪の横で、片足を軸にしてクルッと旋回し、猪の背中側に入って止まる。
バ─────ン!
落下した瞬間ジャンプして、猪の上から横向きに押さえ込んだ。
“害猪”を止めたときの“拘束”技だ。
ここか!
「ルーシー!」
タツヤさんが私を呼び、ナイフで“猪”の首から腹を裂く身振りをした。
【跳ぶ!】───
こちらに腹を向けて押さえ込まれている厄猪の、頭方向から飛び出し、腹へ向けて剣を横薙ぎにした。
入った!
あの“厄猪”に、斬撃が入った!!
厄猪の腹側には斬撃が入った。
でも少し浅い。
他より柔らかいとは言っても、やはり厄猪の腹か。
“アカツキ”のレピドさん、セシリアさん、ノーラさん、ルカさん、そしてリリア師匠の顔が頭をよぎる。
このまま斬撃を重ねてもいいけれど、五年の鬱屈は重かった。
いい加減けりをつけたい!
すれ違いざまの“斬撃”とは異なり、“突き”に“跳躍”技能を使うのは危険性が高い。
それは、相手に向かって直進しなくてはいけないからだ。
“斬撃”であれば、剣が耐えられる範囲で攻撃速度が上げられる。
止まる必要がないので接敵時間は最小にでき、すれ違いのあと次の攻撃に繋げることも容易い。
“突き”の場合、体ごと相手に向かってい行き最後に静止するため、与えるダメージが足らなければ止まった瞬間、至近距離での反撃を許してしまうことがある。
突きは斬撃に較べて攻撃範囲が狭く、制圧力に劣るのだ。
柔らかな人間とは異なり、魔獣は総じて生命力が強いので、そこは侮れない。
逆に突進の勢いが強過ぎれば、体ごと相手に激突することになる。
それはこちらの武器、防具、そして自分自身を損傷する危険を孕む。
いい具合に止めないといけない。
それも筋力で。
そしてとどめが刺せなくてはいけないのだ。
一撃目を振り抜いたところで二撃目を決定した。
腹側が柔らかいなら、喉元から下顎の骨の隙間を通して、頭を狙う!
制圧力に劣るなら、一点突破で十分なダメージを与えられる部位を狙えばいいのだ。
【跳躍】────
技能を発動する。
「ィヤァァァァァ────!」
いっけー────ッ!
ザンッ───!
剣は狙い違わず、厄猪の下顎へと吸い込まれた。
下顎から入った剣は、口腔を抜け口蓋を破り、脳を裂いて頭蓋骨の内側で止まった。
会心の一撃だ。
致命傷を与えた。
そして厄猪の体が震え、大きく口を開いた。
同時に、剣に嫌な捩れが伝わってくる。
剣を抜かないと。
でも断末魔の痙攣で、猪の筋肉が収縮して剣が締め付けられている。
剣の損傷を覚悟して引き抜こうとしたとき、視界の端にシルィーさんの姿が映った。
悲鳴のように大きく開いた厄猪の口に、私から一拍遅れたシルィーさんが、“風の魔術剣”を突き込んだ。
これが追い打ちとなり、断末摩に震えた厄猪は頭を地面に落とし、剣は折れた……。
リリア師匠、厄猪を倒しました。
あいつは体の下側が弱点でした。
タツヤさんがそれを見つけて、場を作ってくれました。
だけど師匠にもらった剣は、……折れてしまいました。
知らずに涙が流れていた。
そして倒された厄猪は黒い霧になって、姿を消した。




