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梅澤隼人【13歳・男性・中学生】の場合




ここは、とあるバスの中。サッカーで汗を流し青春を謳歌する少年達の楽しげな笑い声で溢れていた。


「カルロスって日本でこういうバスの旅行って初めて?」


「そうダネ」


その中でも梅澤(うめざわ)隼人(はやと)竹田(たけだ)カルロスは今日という日を待ちに待っただけあって期待を胸一杯に詰めて臨んでいた。

隼人がサッカーを始めたのは小学1年生の時。学校の部活動に何気無く参加してからサッカーに魅了され、それ以来ずっとサッカー部に所属しており大会で入賞したこともあるくらい達者である。中学生になってもサッカー部に入ったが、そこで竹田カルロスという少年と出会う。

カルロスはブラジル人の父と日本人の母を持つ、海で日焼けしたような小麦色の肌を持つ元気溢れる少年で、隼人と同じくらいサッカーが好きだったこともありすぐに意気投合し、いつかプロになった時は全力で戦おうと約束するくらいの親友になった。

そんな隼人とカルロスが楽しみにしていたのは夏休み中に行われるサッカー部の強化合宿である。いつもとは違う環境でするサッカーに心踊っているが、それが悲惨な運命の入口になるとは知る由も無かった。

それは合宿所であるホテルに向かう峠道で突然起きてしまった。今日の予報は1日ずっと曇りの筈だったが山を上がる途中で雨が降り始め、峠に差し掛かる頃には土砂降りとなってバスを叩いていた。


キキッーー!!


「うわぁぁああっ!?」


濡れたアスファルトで滑ったのか、バスが不規則な軌道で蛇行・回転し、バスに乗ってた部員が絶叫する。運転手も何とか元に戻そうとするが雨で滑るタイヤを制御できず、崖に面したガードレールを突き破って崖下に落ちてしまう。


ガシャン、ガシャン、ガシャン!!


バスは横に縦にと向きを変えながら転がり落ちていく。隼人を始め、大半の部員はこんな事態を想定していなかったためにシートベルトを付けておらず、席から投げ出され、バスの回転のままに天井や床に叩きつけられる。


「うっ…」


バスは崖下の道路で逆さまに着地してようやく止まった。落ちた時間はほんの数秒だったが、世界がグルグルと目まぐるしく変わりながら全身に激痛を伴う、地獄のような時間であった。隼人は立ち上がろうとするが脚が動かず、上体を起こして周囲を見渡す。逆さになって天井が床になった車内は物が散乱し、あちこちから呻き声が聞こえ、それをかき消すように雨が打ちつける音が響く。


「カ、カルロス!」


隼人が這って近寄った時には、カルロスは呻き声を挙げず静かに眠っていた。カルロスは打ち所が悪かったようで、頭から大量に出血して素顔が塗り潰されている程だった。


「カルロス!?カルロス!!死ぬなよ!カルロス!」


隼人は、親友(カルロス)は気を失っているだけだと自身に言い聞かせながらも混乱し、どうなる訳でもないのに外を目指す。ヒビだらけの窓を割って外に出たところで助けてくれそうな車は通らず、スマホはバスの荷物置きにある鞄の中、ただ体が冷たい雨でずぶ濡れになっていくだけである。親友が死んだ事実がゆっくりと隼人の心を侵食し、絶望に包まれそうな時だった。


「ごきげんよう」


うるさい雨の中でもピンと澄んで耳に通る声にアスファルトに伏せていた隼人は徐々に顔を上げる。革靴、黒のソックス、黒のロングスカート、黒のセーラー服、赤いタイ、そして隼人が顔を上げきると造られた人形のように美しい黒髪を持つ少女の顔とその背後に花のように広がる真っ赤な番傘があった。


「き、救急車を…」


「私は寿命屋でございます。貴方の親友を蘇らせますか?」


寿命屋の一言に隼人は混乱が深まる一方で、親友の死を受け入れ始めた一部の理性が吹き飛んだ。


「カ、カルロスが生き返るのか…?」


「はい。ただし、蘇らせるにあたって説明事項がございます」


「説明事項…?」


「1つ。この子を蘇らせるには貴方の寿命が必要です。貴方が指定した寿命の分だけ私が貴方の寿命を切り取り、その子に分け与えます。2つ。分け与えた後の貴方の寿命は貴方自身はもちろん、私にも分かりかねます。3つ。寿命を分け与えられるのは一度きりです。分け与えた寿命を取り返したり、継ぎ足しで更に分け与えることは出来ません。4つ。蘇った方は貴方が分け与えた分の寿命をどういう形であれ必ず全うします。途中で死ぬことはないので御安心下さい。そして最後に5つ。蘇った方に寿命を分け与えた事実を決して教えてはいけません。教えた場合、約束を違えたとして貴方はすぐに地獄に送られます。…以上の5つとなりますが質問はありませんか?」


寿命屋の事務的な説明を受けても、雨で凍えた体と激痛で朦朧とした隼人の頭はほとんど理解出来ていないが親友(カルロス)が蘇るという事実だけで充分だった。


「アイツと一緒にサッカーをしたい…、大人になってもプロとしてやりたい…アイツがどのくらい生きたいかは分からないけど…40歳…40歳まで生きれるようにして下さい!」


隼人は意識が保つ限りで頭を振り絞り、プロとして活躍して引退して余生を送るという人生を仮定して40歳まで生きらればと弾き出した。


「27年、ということでよろしいですか?」


「はい…」


「承知しました。それでは、貴方の命、切り取らせていただきます」


隼人の意識は寿命屋の紫の鋏の煌めきに吸い込まれるように消えていった。











まるで夢の中で何処かから落下して目覚めるように隼人はビクンっと起き上がった。


「ハヤトゥ、大丈夫?」


「えっ…カルロス…?」


隼人が目覚めて最初に目にしたのは血みどろに染まっていた筈のカルロスだった。


「カルロス、事故は?」


「事故?あ、さっきの事故ネ」


「大丈夫なのか?」


「ハヤトゥ寝ぼけテル?」


それから隼人はカルロスから事故はあったが雨で車が滑って壁にぶつかったくらいで誰も怪我はなく、今は代替のバスに乗り換えて目的地のホテルに向かっている途中であるという話を聴いた。バスが数秒で廃車(スクラップ)になるような大事故がそんな風に変容し、狐につままれた気分の隼人だったが不思議と涙が流れていた。


「ハヤトゥどうシタノ?悲しい夢でも見たノ?」


「いや…別にそんなんじゃ…」


「なら良いケド…あ、ハヤトゥ!ホテルが見えタヨ!」


峠道の雨が嘘のように、晴れ晴れとした日光に照らされた合宿所のホテルが見えて無邪気に喜ぶカルロスを見て隼人はただただ良かったと涙を(ぬぐ)って笑うのだった。




冷静になった隼人は寿命屋について考えた。スマホのネット検索で『寿命屋さん』という都市伝説を知ったが、脳裏から離れない澄んで落ち着きつつも生き物だと感じさせないあの声は決してオカルト話とかあやふやなものではないと実感させる。寿命屋とは幽霊だろうか、それとも死神だろうかと隼人は考えてみるが、合宿でハードな練習を積む内に考える暇も無くなり、変な幻覚か夢くらいに思うことにした。




それから合宿が終わり、秋の全国中等学校体育大会で優勝を果たし、サッカーで彩られた隼人の青春は順風満帆だった。しかし、隼人もカルロスも中学3年生になり部活を引退して高校受験に向かおうという頃にある転機が訪れる。

それは隼人とカルロスが受験勉強のストレス解消にと学校近くの河川敷にある広場で1対1でサッカーボールを蹴り合っていた時だった。


「ハヤトゥ。話したい事があるんだケド…」


「なんだよ」


「実は…もうこの町からは出て行くンダ」


「あ…そうなんだ」


カルロスの父が転勤族だと聞いていた隼人は高校入学に合わせたんだなと妙に納得したため、そこまで悲しい気分にはならなかった。


「それで何処に行くんだよ?」


「うん。大阪ニ…」


「大阪!?」


ただ思った以上に遠く、隼人は動揺して、カルロスが高く打ち上げて落ちてきたボールを取り損ねた。


「大阪か…遠いな」


「うん…」


「でもさ。大阪の高校に行ってもサッカーは続けるんだろ?」


「それはもちろんダヨ」


「だったらさ。今度はチームメイトじゃなくてライバルとしてやろう!入った高校のエースになってさ」


「うん!それはいいネ、ハヤトゥ!」


サッカーで結ばれた友情は色褪せないと言わんばかりに、隼人とカルロスは固く握手して約束を果たし合おうと誓った。











高校受験を経て隼人は地元のサッカー強豪校に、カルロスは大阪に引っ越して、それぞれ別の青春に燃え始めた。

隼人は入学して部活勧誘が始まる前にサッカー部の門を叩いて入部し、すぐに頭角を顕した。同期に入部した1年生はもちろん、隼人を生意気だと冷遇していた2年生を実力を見せつけて黙らせ、1年生ながらも大会にすぐに起用される程だった。かと言ってそれで満足せず、隼人はサッカーをがむしゃらに練習し、そして何よりも楽しんだ。

カルロスとも月に2、3度メールでやり取りしており、隼人に負けず劣らず活躍しているらしい。

しかしサッカーは一人が強ければ良いという訳ではなく、全国大会のトーナメントでは隼人の学校が進出すればカルロスの学校が敗退し、カルロスの学校が勝てば隼人が負ける、といった具合にトーナメントで顔を合わせることはなく、地理的にも離れているため練習試合でも会うことはなかった。




しかし隼人自体の活躍は大きく、それがスカウトの目に留まり、期待の新星(ルーキー)として地元のプロサッカーチーム、横浜ブルードルフィンの入団を果たした。プロ入りはサッカーを始めた時から将来の夢として抱き続けていた隼人にとっては当然吉報であり、その知らせが来た夜には喜び勇んでカルロスに電話した。


「やったじゃなイカ。おめでとうハヤトゥ」


「ありがとう。そう言えばカルロスの方はどうなんだよ?」


「実はネ…今は姫路ホワイトフェニックスから入らないかって誘われているンダ」


「ホワイトフェニックス!?凄いところじゃないか」


隼人が驚くのも無理はない。姫路ホワイトフェニックスと言えば関西でも1、2を争う程の強豪プロチームで、毎年入団希望者が来るものの無事入団出来るのは2000人いて1人通るかどうかという狭き門で有名な厳しいチームである。それなのにチーム側から直々に加入を打診されるとはカルロスの才能をどれだけ買っているのかが窺い知れる。


「うん。でも…ちゃんと出来るか不安デ…」


初めて聞くカルロスの弱気を聞いて隼人はふと寿命屋の事を思い出す。


「受けるべきだ!チャンスがいつ来るか分からないんだから、後悔しないように!」


自分が寿命屋の力で分けた命で後悔なく生きて欲しいと願う隼人は思わず興奮して電話口に叫んでしまう。


「わ、悪い。急に…」


「ううん。ハヤトゥ、ありがトウ」


電話の向こう側でカルロスがどんな表情なのかは知らないが、その声は少し震えているように聞こえた。

その電話のやり取りの数日後、隼人はカルロスから姫路ホワイトフェニックスの打診を受けたという話を聞いて胸を撫で下ろした。




それから隼人とカルロスは互いに場所は違えどプロチームでそれぞれ活躍し、スポーツ紙で名前が世間に聞こえ始めた頃、とんでもない大事件が起きた。

それは隼人が関東圏の他のチームの選手との合同強化訓練としてキャンプ地に遠征に行った時、練習が終わって夕食を摂りながらテレビを眺めていた時だった。ピロピロリンと速報を知らせる音が鳴って画面の上部にテロップが表示された時、隼人は思わず席から立ち上がってテレビに近づいた。


【速報 プロサッカーチーム姫路ホワイトフェニックスの選手を乗せたバスが交通事故。重傷者多数】


隼人は何度か流れる速報のテロップを至近距離で食い入るように見て表情が青ざめていった。隼人は一刻も早くカルロスの元へ駆けつけたかったが強化訓練を途中で抜けることを認められず、カルロスとの連絡も取れず、結局、隼人がカルロスの見舞いに行けたのは速報のテロップを見てから数週間経ってからである。

隼人が面会を申し込むと時計を見た看護師に案内されたのは病室ではなくリハビリ室だった。


「カルロスさん、落ち着いて下さい」


「…うっ…、うっ…」


隼人は愕然とした。かつて一緒にコートを駆け巡った元気なカルロスの姿は無く、苦痛の表情を浮かべながらガクガクと震え、息を荒くしつつ歩行リハビリ用の2本のポールの間を辿々しく移動していた。


「…ハヤトゥ!」


ポールを渡り切り一息吐いたカルロスが隼人の姿を見つけて呼び掛ける。隼人はどう接すれば良いか分からなかったが、無理に笑顔を作りながらヨロヨロと近寄ってくるカルロスを見るとそのまま帰る訳にはいかなく歩み寄った。


「その…カルロス、ごめん。全然来れなくて」


「気にしないデヨ。ハヤトゥもプロだしネ」


「…ありがとう。でさ、その…足はどうなの?リハビリ頑張ってるけど」


いっそのことキレて追い返してくれと思いながら隼人は一番気になる事をカルロスに訊いた。


「うん…。こうしてリハビリを重ねれば普段の生活に困らない程度にはなるって聞イタ。でも、サッカーはもう出来ないッテ…」


「そっか…」


言うまでもないが、サッカーは足を使う競技である。その足が駄目になるということはプロサッカー選手にとっては死の宣告にも等しいことで、その絶望感は隼人にもヒシヒシと伝わってくる。

隼人はカルロスと二つ、三つ言葉を交わして見舞いを早々に終えて逃げるように病院を出てバス停の待ち合いのベンチに崩れるように座り込む。


「…うわああぁぁあっ!!」


そして隼人は誰の目を憚ることなく大泣きした。もしあの時ホワイトフェニックスへの入団を勧めていなければこんな事にはならなかったのにという後悔が、そのせいでカルロスから一番大事なものを奪ってしまったという罪悪感が、隼人の目から大粒の涙をとめどなく流させた。











それから数年。隼人は申し訳なさと恨まれたのではないかという疑心暗鬼からカルロスと疎遠となりつつも、掴んだ夢を捨てきれずにプロを続けていた。

カルロスの分もプロとして戦い抜くと心に秘めていたが、その想いは偽善というか綺麗事というか、あの時の後悔や罪悪感を塗り潰すための方便のような気がし、サッカーそのものとも楽しく純粋に向き合えなくなっていた。そんな心の陰りに比例してプロとしての活躍は減り、新星(ルーキー)と持て囃された頃の面影は消え失せてスランプと仲間内やスポーツ記者に叩かれるようになっていた。

とある日の練習終わり、隼人の足取りは枷が付いた囚人のようにズルズルと重かった。最近では練習にも身が入らず、次回の試合に出る選手を決める選抜テストで結果を出さなければ契約を見直すと監督に釘を刺されたのだ。


グゥ~…


どれだけ悩んでいても動けば腹が減るものだなと隼人は苦笑いを浮かべながら食堂に行く。

食堂は0時から6時までの間以外は常に開かれており、練習で疲れた選手の胃袋を満たし、食や栄養の観点から健康を支えてくれる重要な施設である。隼人は入り口にあるお盆を持って注文カウンターに向かう。隼人がふと席に目をやると他の選手達は談笑しながら楽しそうに食事をしていた。チームで注目されていた頃の隼人の時には可愛がってくれる先輩や尊敬してくれる後輩が一緒に食事を囲んでくれたものだが今はそんな存在はいない。


「…カレーとサラダで」


「ハヤトゥ、どうしタノ?」


俯きながら注文した隼人は懐かしい声の響きに顔が自然と起き上がる。


「えっ…?カルロス…何やってるんだ?」


そこには数年ぶりに見かけたカルロスがいたが、白いエプロンとマスクを身に付けた厨房係の姿をしていた。


「あの事故から栄養学の勉強をして、スポーツ栄養士と調理師の資格を取ったンダ」


「そう…なのか。でもどうして…」


「サッカーは出来ない体になって悔しいと思ったケド、サッカーと関わりたいと思ったからネ」


隼人は自分だったらサッカーが出来なくなったら発狂して壊れて何もする気が起きないだろうに、とカルロスの前向きな見方に尊敬の念を抱く。


「それとハヤトゥ…」


カルロスは言葉を詰まらせる。自分への恨み言かと隼人は固唾を呑んだ。


「ごめんナサイ」


しかし隼人がカルロスから聴いたのは意外なことに謝罪だった。


「なんでお前が謝るんだ?俺は…」


「プロになったら全力で戦おうという約束、守れなカッタ…」


「あ…」


それは中学生というプロの厳しさも知らない頃に夢として結んだ約束である。


「全力で戦うのは無理だけど、一緒に戦う事は出来そうだと思ッテ…」


「カルロス…」


隼人は自身を恥じた。カルロスは一番大事なサッカーを失っても恨み言を一つも言わず、失ったなりに別の道を歩んでここまで来たのに、自分は恨みを恐れるあまりサッカーと向き合わずに迷走し、プロとして腐りかけていたことを気付かされたからである。


「カルロス…」


「ハ、ハヤトゥ?」


カルロスの気持ちが解った安堵感か、それとも自身の悩みが切れた解放感からか、隼人は涙を浮かべていた。




カルロスとの再会を機に隼人はみるみるうちに実力を取り戻し、見事横浜ブルードルフィンのエースストライカーの座に返り咲いた。またその実力は日本に留まらずワールドカップやオリンピックなど世界を相手にしても全く臆することなくプレイし、日本に世界一の称号をもたらしてきた。

しかし隼人が24歳を迎えた頃、練習中に膝に激痛が走って入院することになってしまった。


「骨肉腫、それもかなり末期です」


「そう…ですか」


隼人が医者から言われた病名は骨の癌とも言われるもので、検査では肺にも転移している事が判明した。隼人も自分の体だから入院する前から膝の痛みや呼吸の異変を感じており、内心、カルロスに寿命を分けた自分の限界がここに来たんだなと悟っていた。


「ハヤトゥ。大丈夫?」


隼人が入院となり、カルロスが見舞いに来る。


「ああ、大丈夫だよ。それになんとなく早く死にそうな気はしてた」


「えっ…?」


カルロスは意味が分からず、きょとんとした顔で隼人を見る。


「なぁカルロス。都市伝説で寿命屋さんって知ってるか?」


「寿命屋サン?」


「ああ。実はさ。お前は中1の時に死んで、寿命屋さんに俺の寿命を分けさせて生き返らせたんだよ」


「はは、ハヤトゥ。何を言ってるんダイ?変な冗談はやめテヨ。そうだ、売店で昔ハヤトゥが好きだった駄菓子売ってたから買ってくるヨ」


カルロスは隼人が自棄(やけ)になったのかと思い、少し一人で落ち着かせるために部屋を出た。


「ごきげんよう」


カルロスが出た直後、あの抑揚のない挨拶と共に寿命屋が姿を現した。


「来たか」


「蘇った方に寿命を分け与えた事実を決して教えてはいけません。そう説明した筈です」


「ああ。覚えてるよ」


「それでは何故ですか?」


「…あいつには蘇らせたのに辛い思いさせたからな。サッカー選手になる希望を断たれた上、今度は俺が死んで目標を見失う。どうせ死ぬんだったら俺は天国なんか行かず地獄に堕ちたい。大事な親友を2度も絶望させる奴には相応しい末路だ」


「左様でございますか」


寿命屋はそっとベッドに横たわる隼人に近寄り、隼人の額に(てのひら)を当てる。


「最後に何か言いたい事はありますか?」


「…俺が地獄に行ってもあいつは生きるんだよな?」


「はい。貴方が分け与えた寿命分、全うしますのでご安心下さい」


「そうか。なら思い残すことはない」


隼人はそっと目を閉じると、徐々に病院特有の薬品の匂いも外や廊下から漏れる音もベッドのシーツの肌触りも窓から入る光の温かさも失っていった。




「ん?」


一方、隼人が最期を迎えたとは知らないカルロスは売店で思い出の駄菓子を買って隼人がいた病室の前で違和感を覚えた。


「なんでここにいるんダロウ?それになんでこんなのを買ったんダロ?」


カルロスはどうして自分が病院なんかに来ているのか、どうしてあまり食べない駄菓子を買っているのか、ありえない自分の奇妙な行動に戸惑うばかりであった。

そして病室のネームプレートには梅澤隼人の名前は跡形もなく消えていた。




まるで最初から、この世に梅澤隼人という人間なんか存在しなかったかのように。




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