表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編 静華ちゃんと冬の騒動

作者: 夢瀬しず

「君にお越しいただいたのは他でもない。ある事情のためだ」

眼の前にはイケメンとしか評しようがない銀髪の男がテーブルの上で腕を組み、油断なく私を見下ろしていた。半ば誘拐同然で連れてこられた私は、呆然として室内を見渡した。

モノトーンに抑えられた、華美ではないが上物と判断できる気品に満ちた調度品。彼の脇には置物かと思えるほどの、白黒のクラシカルなメイドが微動だにせず控えていた。

そして、武力を隠すことなく2メートル近い、黒スーツと黒サングラスを身に着けた黒人と白人が双璧のように突っ立っている。こちらも微動だにしない。


冷静に考えて、静華は怖くなってきた。コトは今から十五分前、学校から下校途中、友人と別れ帰宅しようとした所、そばに見知らぬベンツが脇につけた。いや、静華の知り合いにベンツの所有者はいなかったのだけど。

うわ、高級車だ!とは思ったものの、自分とは無関係に思えてその場を通り過ぎようとした、そのときだった。車の中から光り輝くばかりのイケメンが降りてきたのだ。


眩しいライトでも浴びせられたかと思ったのだ。ドアが空いた途端なにやらふわぁっといい匂いがした気がして(完全に気の所為である)

TVで出てくる俳優、モデル顔負けの外国人じみたクールな容貌の美少年が静華のカオをじっと見てきたのだ。



その時点でうかつにも記憶が無くなった。うっすらとおぼえているのは、「やあ、鮫木静華さんだね?少し話したいことがある。乗っていただけないかな?」と話しかけられたことである。

静華は二年前に広部に引っ越してきたばかりだ。この街には巨大企業の本社があり、その代表の息子、跡取りが住んでいると耳にしたことがある。とんでもない美形の王子様だとか。話に聞く限りであったが、多分本物のソレであった。


高級車に詰め込まれた静華は、広部を速やかに移動し、市内一と思われる豪邸につれてこられたのだ。あくまで、白と黒を貴重にした、モダンでシックな内装。

悪の秘密結社のようだと冗談で揶揄されたりするが、そう言われると本当に秘密結社のアジトのようであった。



「おい、どうした。ぼうっとして」

「は、はい!」


街を代表するイケメン、御曹司に誘拐されたとあって若干カオが上気してテンションの上がる静華。目前の推定御曹司、は妙な顔をした。


「俺は神崎アズマ。ここは俺の邸宅だ。君には訳あってここに来てもらった。聞いているか?」


胡乱げな目をする神崎の目を細める様にもドキドキしてまともに目を合わせられない。状況は怖いような、異様ではあるが、それよりも目前のイケメンに対するときめき度のほうが勝っていた。



「俺は、別に、君に特別な感情があるとか、友好的な意味で連れてきたわけではないからな……?」



こんな目で見られるのはなれているらしく、またかと言った様子で息をつく神崎。


「え、友好的ではないんですかっ?!」

「友好的ではないというと、失礼に値するかもしれないが……。その、特別な感情を持っているわけではない」


神崎は咳払いをした。


「所用というやつだ。君には、君の身体には、とんでもない爆弾が仕掛けられている」

「は――?」



理解できず、静華は目をパチクリした。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「ヒック。今日も寒いなぁ、勝則」

「清輝ぃ~……。」


カオを赤らめ、時折しゃくりをあげる、どうみても成人していない未成年の高校生付近の少年が、同じ年頃の腹の出た巨漢に肩を担がれ、ずるずると移動している。

引きずられている方は広部でも悪辣非道で有名な男、古谷清輝である。泥酔しているのか、友人の島田勝則がなだめてもそそのかしても動こうとしないので、やむを得ず肩を貸して歩いているのだ。


清輝は基本時給のアルバイトなどはしない方で、主にご近所や商店街から悩み相談を受けてちょっとした仕事、用心棒のマネごとをやり小銭を稼ぐ人間なのだが、どうしても人数が足りない!と悲鳴を上げた

焼酎の製造業者に手を貸し、せっせと芋焼酎づくりの手伝いを六時間もしていた。加熱されてむせかえる焼酎の蒸気に長時間さらされた結果、空気中に含まれるアルコールで見るまにカオが赤くなり泥酔してしまったのだ。


彼は意外に下戸なのかもしれない。


勝則は周辺をちらちらと気にした。広部は案外ヤンキーの多い街である。時折、柄の悪そうな少年の集団が興味深げに清輝を見ている。これはまずいと勝則は直感的に感じた。清輝は週一で喧嘩しているような人間である。好きな言葉は強いものいじめで、

集団になって悪さをしている不良高校の人間などを単身でシメあげるのに快感を感じている男だ。当然、それなりの恨みを買い、復讐してきた所を更に返り討ちにしたりして、恐れられている。そんな人間がこのような無防備な姿を晒したら――。


「ねえ清輝。お願いだからしっかりしてよ。家に帰り着くまででいいから、ねっ」

「うるせえな勝則。俺は芋焼酎より麦焼酎のほうが好きなんだよ」


勝則は驚いた。清輝の瞳はとろんと半開きだ。未だかつてここまで正気を失った状態を見たことがない。


「ねーぇー!しっかりしてよぉ~」

「俺のどこがしっかりしてないって言うんだよ。嘘をつくなよお前」


そういいつつ、清輝のまぶたが確実に重くなって閉じようとしている。


「ね~え~!……はっ!」


勝則の危惧は当たっていた。先程から、背後をきっちり5mおいて追跡し続けていた、明らかに柄の悪そうな三名がいたのだ。


「よ~古谷清輝じゃないか。こんな所で奇遇だな~」

「この男、完全にコレ、あれになっちまってますぜ」

「そうだ。酔っ払ってる!完全にアウトだぜ。おい、お前ら録画しろ!何処からどう見ても120%未成年飲酒だぜ!きっちり撮って、こいつの学校に送りつけてやる。それでめでたく停学、退学処分だ!イヒヒヒヒ」

「おいおい兄貴、そんなことで満足していいんですかい?コイツはチャンスですよ。積りに積もった恨みを晴らすチャンスですよ。憎ったらしいツラに一発カマしてやりましょうやぁ」

「ああそうだ。ドブ川に沈められた恨みを果たしてやる!」


完全にいきり立った三人が近づいてくる。勝則にはどうしようもできない。


「ええ、え?どうしよう清輝。あ、案の定だよぉ!清輝は無防備のまま街も歩けないのぉ?!」

「……。」


突如清輝はふらつきながらまっすぐ立ったかと思うと、チンピラたちのすぐ側、1メートルまで近づいた。そしてぼんやりした目で、

接近してきた目前の一名に、勝則が目視できないほど素早い右ストレートを放った。


「あ」


一発で吹っ飛び、撃沈した。チンピラは嘘だろ。と小さく呟きながら鼻から出血もしている。


勝則、チンピラ共々ぎょっとした。勝則は普段からの清輝の喧嘩を時たま見ているからわかるが、いつもよりも、スピードが乗っているように見える。たがが外れてしまい、狂気的にも見えた。



「んだよてめえら。感心なことじゃねえか。サンドバッグになりに来てくれたんらろ?」

「いや別にそんな訳じゃっ……?!ええいたたんじまえ!」



舌は酒で回っていないのだが、いつもよりも威力が1.5倍増しした容赦の無いパンチが他校の不良生徒を襲った。勝則から見るにして、清輝は普段あれでも手加減していたらしいことがわかった。

それが、酒が入ってなんの遠慮も無くなっているのだ。清輝が二、三発拳を当てて、ついには足も使いだそうとした所を見て悲鳴をあげて脱兎のごとく逃走した。



「清輝~ちゃ、ちゃんと動けるじゃん」

「おうそうだぞ。俺はいつでもちゃんと動ける……っつう、アタマ痛くなってきた」


頭を抑える清輝の懐から、着信音が鳴った。が、清輝は反応することなく微動だにしないので、勝則がそわそわする。


「清輝、鳴ってるよ。いいの?」

「……。」


鳴り止んだかと思っても、また鳴った。勝則は怒らないか確認しながらこわごわと清輝の懐をあさり、スマホを取り出して出た。


「はい、勝則ですけど」

『古谷!……いや、島田君か?古谷と一緒にいるのか』

「そうだよ。ちょっと、今清輝が出れなくて、僕が代わりに出たんだよ」


小声で清輝が、うるせぇぞ……。俺は電話に出れる。とかなんとか言うのを受話口に入らないようにしつつ勝則はごまかした。


『今、ヤツの声が聞こえたが?』

「ううん、ちょっと具合悪いみたいでね」

『ヤツが具合が悪いだと?大丈夫か』

「大丈夫大丈夫!お腹痛いの範疇だから。あはははは……。ところで、何の用なの」

『緊急事態が起こってね。古谷に相談したいことがある。今すぐに俺の家に来てほしい』

「……それ、僕も付いて行っていいの?」

『ああ。構わない。島田君はあちら絡みの事情を知っているからな。話しても問題ないと判断した』

「あー……。」


勝則は清輝のカオをみて固まった。どうやら酒酔いで頭痛が置き始めたらしく、完全に撃沈した清輝が使いもにならなくなってきたとわかったからだ。

襲撃には、多分反射で反撃するのだろうが。ブルース・リーの酔拳みたいなものである。



「分かった。すぐに向かうね」




勝則は通話を切り、清輝の懐にスマホを戻した。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「おい、なんだぞのザマは」


そこらへんのタクシーを拾って神崎邸にたどり着いたときに、家主のアズマから大いに呆れられた。なにせ、どこからどう見たってカオを赤くして酔っ払いにしか見えない清輝が勝則の肩に掴まって半ば寝かけているからである。

普段は凶悪、凶暴。市内で並ぶものの無い極悪ヤンキー、悪魔と恐れられる古谷が、頭痛でそこそこきついらしくうめいている。


「古谷、貴様酒を飲んだのか?泥酔じゃないか!」


神崎の使用人からも、冷たい目を向けられる。勝則は慌てて弁解した。


「いや、これは酒蔵でアルバイトしていたら清輝が完全に酒の匂いで酔っ払っちゃって……。」

「そんなことがあるのか?本当か?」

「うーん。だと思うよ。清輝は酒を飲むような人じゃないし」


勝則の肩によだれを若干つけている清輝が身動ぎした。


「そうだぞ。飲むのは付き合いぐらいで、基本は飲まねえ」


このコメントに室内は若干、水を打ったように静まった。どちらにしろ未成年飲酒を暴露したからである。


「お前の飲酒は別にとやかく追求しないが。今この場に使えない状態で来られても困るのだが」

「ご、ごめん。神崎君……。」

「君が謝ることではない。全く、日没前から未成年が泥酔とは、何をやっているんだ。貴様、自覚を持てよ?お前は『この問題』に対して重要な位置にいるのだからな。いつでも異変に対応できるようにしておかないと。酒に溺れている場合ではない」


怒る神崎の横には、ソファーにちんまりと座る見慣れない制服を来た女性徒の姿があった。所体なさげに、うつむいている。が、時折神崎を尋常ではない目の輝きでじっと見つめているのが分かった。


大体の女性というものは、ハーフ俳優のような出で立ちをしている神崎に多少なりとも見惚れるものだ。勝則も、彼よりもカオがいい男性はいないと思うほどなのだから。



「この問題って、んだよ。クソメガネ」

「話にならんな。真理子、酔い冷ましを」

「かしこまりました。さあ、古谷様、こちらです」


あまり良くわかってない状態の古谷が、クールなショートカット美人、クラシカルなメイド服を来た真理子に若干強引に掴まれて連れて行かれる。数十秒後、うわあああ?!という清輝の悲鳴が遠くから響いた。

勝則はそれを聞かなかったことにしてから意識を目前のアズマと少女に集中した。


「神崎くん、この人は」

「ああ、こちらが鮫木静華さん。今回の問題に巻き込まれた張本人だ」

「は、はじめましてっ」


自己紹介をしつつも、目線は勝則を見ずしっかりと神崎を見ている。

勝則は微妙な気持ちになった。


「神崎くん、その、問題ってのは何?」

「ああ。勝則君は知っているだろう。この広部が境界の街であることを」


広部は何かと怪異の多い町だ。その一つに、時空の壁が薄く、ぺらぺらであり、容易に別の世界へつながりやすいというものがある。異界のハブ空港なんじゃないかという説が持ち上がっている。

以前清輝、神崎は異界のひとつに飛んで、命がけの冒険と壮絶な陰謀を行ったり巻き込まれたりしたのだが、それは別のお話。いまだ未知の、正体不明の世界が隣り合って存在しているという。



それがアクセスしてきたり、干渉してくるとどえらいことになると経験上わかっている彼らは、ヒューストン家、と手を組み、特別対策室を設置した。

時空調査班(仮称)である。


「うん。聞いてるよ。清輝から、なんとなく」

「そうだな。異界そのものに行ったことはないにせよ、君も相応の事件には巻き込まれているだろう。彼女、静華さんは、どうやら未観測の世界から来た『何か』から身体に爆弾を仕掛けられてしまったらしい」


「ええ……?」


静華は困惑しているようだ。首をかしげ、勝則と神崎を正気かあんたらといいたげな目で交互に見つめている。勝則も同じ感想を覚え、意味が分からず目を白黒させている。


「ええええ!?ば、爆弾?!」

「大声を出すな。爆弾とは言うが、火薬からできた爆発物をささない。目に見えない異物、寄生体のようなものだ。それは宿主の身体に張り付いたかと思うと、一定時間経過後に爆発する。そして、その周囲に、時空の傷を入れる――不確かだが、そうなる可能性が高い」


神崎は深刻そうに首肯した。

静華は目を見開いて驚いているようだった。


「神崎さん……っ!?見た目イケメンなのに、もしかして夢見がちな中二病なんですかぁ?」

「そうだよな。一般人からそう言われてしまうのも仕方がないよな……。」


おとなしそうな見た目に反し意外と毒舌が飛んで神崎はほぞを噛んだ。


「信じられないというのは分かる。だが、このままでは君の身の安全を保証することはできない」

「そ、そうなんですかぁ?うん、でもイケメン補正かかってるし……。いちおう話だけ聞いておくか」


静華は後半小声で言ったつもりなのだろうが、よく音が響く神崎邸宅の応接室では、勝則、神崎両者ともにその発言を聞いた。



「そういうこともあるのかもしれませんね」

「自覚症状は?最近、自分の身体に関しておかしなことは」


「うーんそういえばおかしなことがあるんですよ。二週間ほど前からでしょうか。なぜか、毎夜三時に目が覚めてしまうんです」

「ふうん。その他に、何か異様なことは?」

「特には……。」


「まあ、特出した異常はないかもだね。宿主に気づかれると、成り立たなくなると思うし」


奥から白衣姿で現れたのは、金髪を後ろ髪にくくった男性。古谷の父親、古谷総一朗であった。



「総一朗さん」

「あれ?清輝のパパ?」

「そうだ。総一朗さん、古谷の父上には、研究の協力をしてもらってる。聞いていなかったか?」

「勝則くん?!ちょっと見ない間に、大きくなったねえ。主に、この三段腹の面積とか……。」

「はは。どうも……。」

「静華さん、だっけ?でもねぇ。観測データ上は真っ赤。君の身体全体に異常が発生しているよ。放っておけば二日後には臨界点に達する。君の身体を起点にして起爆し、周囲の空間が歪むね。放っておく、ってのは無いよ」



「っああああー!!分かった。わかったから離せ、この、冷酷メイドがぁ!」


頭から湯気を上げ、髪の毛から水を滴らせた古谷が、タオルを頭に巻きながら逃げてきた。神崎家が用意した衣服に着替え、風呂上がりのようだ。



「いけません古谷様。髪の毛は、きちんと乾かしてからお戻りいただきますよう」

「オカンみてえなことを言うんじゃ……」

「古谷様?」


真理子の笑顔に押されて、おとなしく古谷が脱水所に戻っていった。そして五分後に戻ってくる。


「おいクソメガネ、こいつ俺にいきなり冷水のシャワーをかましてきたぞ!」

「良かったな。おかげで酔が早く冷めたみたいじゃないか。ウチには酔い覚ましに一家言あってね。酔ったヤツは水に突っ込め、だ。酒は泥酔するほど飲むなという意だ」


「というかどういうことだ。なんで、俺がてめえんちにいるんだよ。勝則、それにオヤジ?何なんだ」

「正気に戻ってくれてありがとう古谷。トラブルが起こってな」



清輝にも同様の説明をすると、狐につままれたかのようにカオをしかめた。そして、静華を凝視した。


「とても、そんなやばいものがあるようには見えねえがな」

「そうですよぉ。私も、神崎さんがすごくイケメンに見えて実は頭がおかしい人なんじゃないかって思えてきましたぁ」

「君、思ったより直球で、毒舌だな。まあ、嘘をつかれるより正直な方がやりやすいか。いいだろう」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 広部市、郊外。すっきりと晴れた夜空に満月が高く登っている。鮫木静華は、それを魅入られたように見ていた。何故か最近、急にここに来たくなったとの話を聞いたのだ。

様子を見に、神崎、清輝が同行していた。


「君が言っていたのはここか?」

「そうよ。もう、バレちまったら仕方がねえと思ってな。この辺の時空歪めてから帰ろうかなって」

「は?」


静華の様子が一変していた。口の片端を釣り上げ、あくどい表情を浮かべている。先程と人相が段違いだ。目が緑色に輝いている。


「ここにも人間がいるって聞いて覗きに来たわけよ。そしたら、いるわいるわ。大量だぜ。俺たちの世界とつなげて、ぜーんぶ物資を運び込んじまおうと思ってな」


半笑いで話す静華は、完全に男の口調になっていた。愉快そうに手を叩く見た目静華、中身謎の存在に対し、神崎のボディガードがホルダーからハンドガンを抜いて反応したが、やめろと戒めた。


「あはははは!いいねいいね!お前らは、この女に対して手出しができない。黙ってみてるんだ……いてええ!?」


酔いも完全に醒めた古谷が、景気よく静華の腕を掴んで、投げ飛ばした。一メートル近く転がった。神崎が息を飲む傍ら、涼しい顔で古谷が佇む。


「うるせぇぞ。お前。キャンキャン吠えてんじゃねえぞ。空気の無駄だろうが!」

「な……なんだと。この身体がどうなってもいいのかぎゃん!」


素早い接敵、そして重い一撃をみぞおち付近に沈めた。見ててそれはどうかと思えるほどの強烈なものだ。


「がっ……!うごあっ。どうして……同種のメスを!」

「俺の好きな言葉を教えてやろうか。男女平等だ。天はヒトの上に人を作らず。殴られる対象に貴賤なんかねえんだよ。てめえ、女の身体使ってれば殴られないとでも思ったのかよ」

「おい古谷!女性の身体に殴りかかるなんて」

「これでも本気じゃねえよ。峰打ちだ。本気なら一発でアバラ砕いてるぜ」

「何処の殺人拳だ。やめろそれは!」


神崎は隣に凛然と立つひらすらにいかついボディーガードに声をかける。


「ジョン。麻酔銃の準備はあるか?用意してくれ」


神崎の命を受けたグラサンにスーツ姿で長身の白人が、無言で頷くと車の方に駆けていった。

清輝の一撃で衝撃を受けた静華が、むくりと起き上がり、まじまじと身体を見渡す。


「嘘だろ?いてえ……。こんなに脆いのか。人間ってのは」

「人間でないような口ぶりしやがって。てめえは何者だよ」

「はーっはははは!だーれがお前に教えてやるもんかよ!おしえてやーんねぇー」

「んだとぉ?せっかくだからもっと痛みってやつを味あわせてやるよ」

「古谷、お前やめろ!無関係な女生徒だぞ!」


古谷の表情の本気ぶりに、静華、もとい謎の中身の存在はぎょっとしたようだ。後退りして……背中を見せて脱兎のごとく逃げた。


「おいコラ、待てえ!」

「あーはははは!誰が待つか。こんな凶暴な人間どもと相手をするかよぉ!」

「んだコイツぅ?!逃げ足……はっや!」

「こいつを逃したら面倒なことになるぞ、もう一度確実に攻めてくる。止めなければ」


「静華!」


果たして、神崎の他意はあったか無かったのか。それは本人の胸の内のみ知ることだが、神崎はなぜか鮫木静を呼び捨てで呼んだ。

あれほど目が爛々と翡翠色に輝いた、常軌を逸した状態の静華の足が、ぴたりと何かに縫い付けられるが如く止まった。


「神崎くんっ!」

「は?」


振り向いて、両手を丸めて口元にもっていってかと思うと、目がキラキラマークを出して乙女になっている。その隙をつき、神崎のボディーガードがライフル型の麻酔銃を発射した。見事首に命中し、膝をつく静華。


「く、なんだってんだよ。この女」

「捕まえたぜ。神崎!首筋に緑色の変なものがついてやがる」

「ああっ、それは、ちょ、やめぇ……!」


清輝が静華の首根っこに張り付いた、ヒスイに見える石を引き剥がして砕いた。天をつんざく不気味な絶叫と共に、静華から緑色の煙が噴出した。

それは大気に霞んで、散り散りになり消滅した。一拍遅れて、鮫木静華が倒れる。


「大丈夫か!」


鮫木は神崎が近づくなり、不意打ちとばかりに起き上がって、がっしりと、無駄にしっかりと手を握り、至近距離からその藍色の瞳を見つめた。


「倒れたほうがぁ、そっちの方が雰囲気出るかなぁと思って」

「え?」

「平気よ。神崎さん。私、あの人に叩かれたはずなのになぜか全然痛くないの。これって恋の力かしら」

「あ、ああ。そうだな。無事で良かった。何よりだ。だから俺から離れてくれないか?」


神崎は静華をスムーズに引き剥がす。アドリブとは言え、とっさに呼び捨てにしたことを早くも後悔し始めていた。


「あーあんまり殴る暇がなかったな」

「古谷!それは問題発言だぞ!」

「ははは。冗談だよ。洒落の通じないやつだな。さて、撤収しようぜ」


背を向けて戻る清輝。神崎はなんとなくしっくり来ない、問題がすべて解決した気がしない違和感を感じていた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ