3話 「初めての推理」
「それでは推理を始めよう」
椅子に腰掛け、足をくみ、買ったばかりのパイプを咥える。
「音喜多さん。煙草吸わないですよね……」
「雰囲気だよ!それよりも、高千帆くんはどう思うかね?この問」
椅子に腰掛ける直し、問う音喜多。
「また、話逸らして……。本当に無駄使いだ」
と、言いながら挑戦状に目を移す。
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1、抜けているものを探せ。
元~45 /
三住安渋浅古川藤三
友田沢野河崎田菱井
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「問1は、元から45 、そして漢字の羅列ですね。」
眉間にシワを寄せ、顎に手を置く。しばらくし、思案顔が晴れる。
「わかりました!!元は、元と読むんです!!そして、元つまり中国の元王朝ではないでしょうか!下に書かれてる漢字の羅列は漢文じゃないですかね!?」
「つまり、元が成立してから45年目に関係する漢文があり、その漢文から抜けているものを探せということではないでしょうか!」
得意げな顔で自分の推理をする高千帆。
「実にいい回答だ。高千帆くん。漢字の羅列が漢文である、というのも面白い着想だ。だが残念。不正解だ。高千帆くん」
「なぜですか!!」
机に手をつき、乗る出すように問う。
「では、高千帆くん。45の横の/(スラッシュ)はなにかね?」
「それは。/(スラッシュ)なんかに意味があるんですか?」
「高千帆くん。君が私の助手、もとい下僕になってから、それなりの時間は流れたものだと思っていたが、勘違いかな?君は推理というものを、根本から理解していない。初めてのお使いのように、稚拙極まりない発言なのだよ。初めての推理かね?」
逐一言い方が腹の立つ男だ。
「そこにあるからには、それに意味はある。君の推理は自分が正しいと思い込み、その説を肯定するために、理由付けしただけなのだよ。推理とは目にした事実をもとに、まだ知らぬ真実を推し量ることだ。見たいことだけに目を向け、見たくないものを、なかったことにするのは推理ではないのだよ。高千帆くん」
「じゃあ、名探偵様は答えを分かっていらっしゃるのですね?浅学の私にもわかるようご高説願えますか?」
最大限皮肉を込めた。
「良かろう。高千帆くん」
音喜多とはこういう男だ。皮肉だとわかっていながらそれを無視し、そのまま受け取る。
「"元"は、"元"ではなく"元"と読むのだよ」
「がん?あまり使わない読み方ですね?」
「そうでもないよ。元本や元金、その他の読み同様に、なにかの始まりになるものを指す時使われることが多い。そして年もまた然り」
「年?あ、元年~45年ということですか?でも、それじゃあ、年号がわらないじゃないですか」
「だがしかし、元年から45年、丁度45年間の年号がある。明治だ」
「例え、明治だとして下の漢字の羅列はなんなんですか!」
「それはだね、高千帆くん。そこで/(スラッシュ)なのだよ」
「はぁ?」
意味が分からず、思わず声が出る。
「ただの子供騙しだよ。/(スラッシュ)つまり斜めに読むだけなのだよ」
「斜めって。住友、安田、渋沢……」
三住安渋浅古川藤三
友田沢野河崎田菱井
↓
住安渋浅古川藤三三
友田沢野河崎田菱井
「財閥!!明治に存在した財閥ですね!!」
「そう。そして明治に存在した財閥で抜けているのは”大倉”なのだよ」____
ドヤ顔である。
「そうですかぁ、それでは問2ですね」
サラッと流した高千穂。
「ふん。知らなーい。自分で解けば?」
また、子供のように臍を曲げ踞み込み意地けている。近くに置かれた観葉植物の葉を、イジイジしてショボくれている。
「音喜多さん!マッサンを弄らないでください!」
マッサン。観葉植物のことだ。
幸福の木と呼ばれる、正式名称ドラセナ・マッサンアゲナ。そこから高千穂はマッサンと名付けたのである。
「次の問は高千穂くんが解き給え。解けなければ苔丸を窓から放り投げてやる!」
「子供ですか!貴方って人は…、」
高千穂の机に置かれた丸い苔丸の鉢植え。
手塩にかけて育てた苔丸を捨てられまいと
高千穂は必死に頭を回し始める。
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2、雲水の正体は
孤独なヴァジュラは修行僧を討ち
千の眼を得る
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「どうやら、私の得意分野のようですね。音喜多くん」
高千穂は得意気に音喜多を見る。
「では、推理を始めようか。”雲水の正体は”ですね、雲水は禅宗における修行僧の総称ですから。察するに文を置き換えていくということでしょうか」
「ヴァジュラは確かインド神話の神様ですね、インドラプラスタの王。ですが、孤独?孤独…」
「独鈷ですか!ヴァジュラ!確かにインド神話以外にも金剛杵って意味もありましたね!」
思案顔が晴れ思考が加速する。
「千の眼、これは恐らくは千手観音のことでしょうね。千手観音は千手千眼観音とも呼ばれますからね」
「それらを基に文書に当てはめると、独鈷で雲水を討ち、千手観音を得る?どういうことですか?」
高千穂の顔が曇る。
「ここからは私の得意分野の様だね。高千穂くん?」
マッサンの葉を弄りながら話を聞いていた音喜多が立ち上がった。
「いくら歴史や宗教に造詣が深い高千穂くんでも山梨の1つのお寺までは流石に厳しいだろうね」
「なぜ音喜多さんが私でも知らないことを」
歴史や宗教の分野に於いては音喜多に勝ると思っていただけに遺憾の意を示す。
「いや、私は昔話や伝承、怪談が得意分野だからね。そういったものには度々宗教も関わっている事が多いというだけさ」
「それは、そうでしょうが」
すっかり意気消沈といった様子で、余程音喜多に勝てなかったことが悔しいのだろう。
「で、答えだが。蟹坊主。或いは巨大な蟹。だろうね。高千穂くん」
「確かに蟹は神使としてなど度々仏教とは絡んで来ますが、なぜです?」
「山梨県の長源寺というお寺のお話に、こういうものがある。同寺の住職に雲水が問答を申し込んだ。”両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何”と、答えられなかった住職は殺された。そして次々にお寺の人は殺され、遂には誰も居なくなってしまった。話を聞いた法印、つまり最高位の僧侶が長源寺に行くと例の雲水が現れ、また同じ問答をする。それに法印は”お前は蟹だろう”と答え独鈷を投げつけると雲水は巨大な蟹になったとさ。逃げた蟹坊主は途中で息絶え遺骸から千手観音が出てきた。というものがあるのだよ」
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その二つの答えを直線で結び
その中心のあるべき場所。
そこに第二の問を隠してある。
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「で、大倉と巨大な蟹を直線で結ぶって……。」
「はぁ。視野が狭いのだよ。高千帆くん」
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中心は君たちのすぐ近くにある。
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「中心は君たちのすぐ近くにある。とある。それは、この部屋の中なのか。あるいは、この建物の近くなのかもしれない」
仰々しく両の手もたげる。
「でも、この部屋には侵入された形跡なんてひとつもありませんよ?流石の僕でもそれくらいは気をつけています」
「うむ。その通りである。即ち後者ということになる。そうなると……。高千帆くん、地図を用意してくれたまえ」
「はい。こちらに。我社があるのが……、府道32号線と、三条通が交わった……、ここですね」
地図を用意し、社の場所を指さす。
「で、問題の蟹と大倉ですが……。おーくら……オークラホテル!!」
「そう、大倉財閥2代目が創始者であるオークラホテルの京都ホテルオークラだろうな」
「そして、蟹……ってまさかですよね?」
微妙な顔をする。高千帆。
「その、まさかだろうね。高千帆くん」
……。かに道楽……。
そのまんま過ぎるだろ。高千帆は思った。
地図に定規を当て、赤ペンで線を引く。
中心に位置するのは。
音喜多と高千帆が顔を見合わせ
「「本能寺!!」」
やいのやいのとボケとツッコミの応酬。そのせいで、残り時間約5時間半。
_10分後。
「着きましたね。」
立派な三門の前に立つ2人。
その横には本能寺と書かれた寺標。
「でも、音喜多さん。本能寺のどこにあるんですかね?」
問いかけるも、すぐに答えはない。高千帆が音喜多に目を向けると、普段散々おちゃらけている男が真剣な顔をして境内の方を見ている。
「……とりあえず、本堂方から探してみるとするか」
_40分後。
「ないですねぇ、音喜多さん」
「うむ。やはりあそこなのか」
「あそこですかね。てか、なんで最初から行かないんですか……」
「気分なのだよ」
「時限爆弾の事を忘れてませんかね!?」
「ん?あぁ」_
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