1話 「名探偵は使えない」
「西日差す部屋。雑然と書類や書籍の置かれた机。その奥で腰掛け、顔に本を乗せ眠る、長身痩躯の実に絵になる1人の男がいる。彼の名は音喜多 助、私立探偵社を営む名探偵である」
そう独り言のように話す、クセがある黒髪に、処々ほつれたカーキ色のコート着た20代後半くらい男。
「なぁに、ナレーション風の無駄に修飾語の多い嘘ならべてるんですか、音喜多さん?あと、コートくらい脱いでください」
縦に重ねたダンボールを、2つ抱えた茶髪の男。Yシャツの袖を捲っている腕は、筋トレで鍛えられたようなものではなく、引き締まった筋が浮かんでいる。平均的な身長に、筋骨の主張はありつつも、こちらも細身の男。
「それと。雑然とって、ただ片付けて無いだけじゃないですか。それに私立探偵社なんて格好つけてますけど、この電子化の時代に、紙で書類管理してる。PCも買えないただの貧乏探偵社ですからね?」
探偵社の事務所とされるその部屋には、机が3つあり、音喜多の机は乱雑に書類や書籍が置かれている。その他は、綺麗に整理され、丸い鉢植えや書類などが乗っている机。それと、整理こそされていものの、ダンボールなどが積まれている机だ。
片側の壁は書棚が並び、これもジャンル・著者・シリーズ・出版日順に理路整然と並べられている。
古く、ボロくはあるものの観葉植物なども置かれ、音喜多の机上以外は、整理整頓が行き届いているところを見ると、管理者が几帳面なのが伺える。
「実に絵になる美丈夫の男に話しかけた男、彼は名探偵の助手、いや……下僕の高千穂 庄兵である」
「だれが下僕ですか!僕がいなかったら、この探偵社やっていけませんからね?書類整理に依頼管理、掃除、お茶くみ、肩もみ、買い出し……」
そう言って、助手よりよっぽど下僕という言葉の方が自分の立場に当てはまる、それに気づき、溜息をつき項垂れる高千帆。
「それより、音喜多さんに荷物届いてますよ」
「遂に届いたか!!」
発声と共に男は飛び起き、その拍子に顔に乗せていた本が飛んだ。
その本を見た高千帆は再び深く溜息をつく。
「絵になるとか言っておいて、顔に載せているのがエロ本ってどうなんですかね……」
「エロ本ではない!グラビアなのだよ」
「大差ないじゃないですか」
「高千帆くん。人間とは即ち、動物なのだよ。動物とは本能に基づき、欲を原動力に生きるものなのだよ。わかるかね?高千帆くん」
そう悪びれた様子も無く言い放つ男。
「はいはい。わかりますわかります。で、この箱は何なんですか?」
呆れたように溜息をついてそう言い、男とのやり取りの馬鹿らしさのためか、会話中ずっと抱えていたためか、疲労を感じ”それ”を音喜多の机へ下ろした。
「良くぞ聞いてくれた! 名探偵には必要不可欠なものだよ。何かわかるかね、高千帆くん」
そう聞かれ、高千帆は眉間にシワを寄せ、顎に手を置く。
「名探偵に不可欠なもの…。変装用の衣装?いや、証拠の写真を撮るためのカメラか! って、音喜多さん。お金ないんですからカメラなんて……」
そう言いかけて、彼は音喜多の方に目を向けた瞬間。絶句する。なぜなら……。
「違うよ高千帆くん。前者は少し惜しかったけどねぇ。名探偵と言えばカーキ色のディアストーカーハット、インバネスコート。それと、パイプなのだよ」
パイプを咥え、顔の前で人差し指を左右に振る男を見て。固まっている。ツッコミどころが多すぎるのだ。よくこの短時間に着替えられたものだ。それに、ありきたりな音喜多の思い描くシャーロック・ホームズの様な名探偵像。
そして、なによりも……
「なに無駄なものに金使ってるですか!」
夕暮れ時、京都の府道32号線と三条通が交わる交差点にほど近い、中道のあるビルの一室にて、男の叫びが木霊した。_
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躻の墓、それを見るフードを目深に被った男。
「音喜多さん。貴方の記憶も、また躻けている」
セロテープで墓にメモを貼り立ち去る男_
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机を両手で叩き、身を乗り出し、喚わめき続けている男。
「あのですね、音喜多さん。今の我社の経営状態わかってますか。そんな無駄なものにお金を使う余裕はないんです!」
「無駄とはなんだねぇー。無駄とはぁー。名探偵といえば的なところあるじゃないかぁー。それになにを始めるにも格好からって言うじゃないか!!」
しゃがみこみ、耳を塞ぎながら顔だけを半分こちらに向け、いじけた子供のように文句をたれる。
「変装用の衣装を惜しいとか言ってましたけどねぇ。今の時代、そんな格好してたら逆に目立ちますよ! 目立ちまくりますよ!!」
「高千帆くん。懐は貧しくとも、心まで貧しくなってはいけないのだよ。”足るを知る”。世の中にはたった五千円で満足し喜べる者もいるのだよ。人の欲とは恐ろしいものでね、飯も食えない者は今日の飯が食えればいいと思う。だが、安定してその日の飯が食える様になると明日の飯も確保したい。そして次は明後日、一週間、一ヶ月と、留まるところを知らない」
真面目な顔で、声を低くして言う音喜多。
高千穂は呆気に取られた。
「って、なに自分を正当化し、その上で話を逸らそうとしてるんですか!」
「バレちゃった?」
片目を瞑り、舌を出し、蟀谷のあたりに拳を当てながら言う男、所謂テヘペロという所作を見て、また高千帆は溜息をつき、項垂れた。
「それで、もう一つのダンボールは何なんですか? また、無駄遣いだったらぶん殴りますからね?」
「そう。それなのだよ高千帆くん。私は先刻より君の話など耳を傾けずに考えていたのだよ。」
「訂正します。今すぐぶん殴ります」
読んでくださりありがとうございます。
この小説では1章では導入、2章で過去編など
やって行きますので宜しくお願いします。
意見要望、是非是非お寄せください。
素人の拙い文書ですので改善していけたらと
思っています。