11話 「便利な時代」
「火葬して他人の墓にいれた…!?」
高千帆が呆気に取られる。
「じゃ、じゃあ…主人が…人様を…。」
言葉が続かない。今にも消え入りそうに声を震わせる。
「な、何を戯けたことを!」
「あぁ、そうだ!証拠なんてどこにもねぇじゃねぇか!」
あくまでも証拠が伴っていない、状況証拠というにも乏しい推理だ。
「"死の灰"。ロストル式火葬炉の稼働時に発生する黒い灰だ。これを忌み嫌って、死の灰と呼ぶようになった。ここら一帯に、黒い灰が散見されているのは、ロストル式の火葬炉がごく最近に使われた証拠だ。」
「確か、最近ゴミを燃やすのに、あの窯みたいなのを使った気がするなぁ。」
チンピラが、その場しのぎの虚言を吐く。そんなものは、意味をなさないを知らずに。
ティンロン_
軽快な電子音が鳴り響いた。
「おっと、音を消し忘れていたようだ。」
そう言って音喜多は守屋の事務机に置かれたファイルやら紙束が積まれた山に手をかける。
「君。お母様からメッセージが来ているみたいだよ。」
そう言って助手へとスマホを投げ渡す。
墓荒らしという前時代的犯罪は、近代的手法を用いて証拠を押さえられることとなる。
「証拠が無ければ。作ればいい。」___
音喜多らが推理を始める十数分前。
「おい!おっさん!」
事務所のドアを乱雑に開け放ち、守屋に迫るチンピラ。
「き、君!事務所に来られては困るよ!」
「困んのはこっちだ!テメェなに意味わからねぇ事ほざき腐ってんだ!手を引くだァ?そんなことしたら困んのはテメェも同じだろうが!筋モンになんぼ借りてやがんのか知らねぇが、死体の処理まで手伝わされて、今更知りませんじゃ通るわきゃねーだろ!」
「シーっ!聞こえる!外に聞こえるゥー!それに、手を引く?なんの事だ!手なんて引けるわけないでしょー…。引けるなら私だって引きたいですよ…。」
「あ?じゃ、コレなんだよ。わざわざ置き手紙なんて寄越しやがって!」
机に叩きつけられた、握りつぶされてクシャクシャの紙。
“私にはもうに出来ない。この件からは下りさせてもらう。”
と、走り書きされている。
「知りませんよ。私じゃありませんよ。なんなんですかそれは。」
「テメェ以外に誰が…。」
なにかに思い当たった2人。
「まさか、アンタつけられてノコノコとあそこに案内したんじゃ…。」
「あ?ん?」
守屋が頭を抱える。もし、この紙が今朝の男達の仕業であるならば、ほとんどバレてしまっていると考えて相違ない。
しかし、絶対的な証拠は掴まれることは無い。それだけは断言出来る。大丈夫だ。大丈夫だ。と、自らを諌め落ち着かせる。
「お集まりいただきありがとうございます。」___
「便利な時代になったものです。レコーダーなんてなくとも、アプリケーションを入れるだけで、この通り証言が得られてしまうのですから。あぁ、もちろん盗聴や本人の意に反して録音されたものは証拠能力が低いですが、これを聞いて警察が動かないわけにも行かないでしょう。」
完全な証拠ではなくとも、警察を動かすには十分なものだ。
「なにも探偵が全てを明るみにしなくともいいということです。後のことは国家権力におまかせ致しましょう。」
「テメェ!!そいつを寄越しやがれ!」
投げ渡されたスマートフォンで音声を再生していた助手にチンピラが躍りかかる。
助手はサッとスマートフォンをポケットへ仕舞い、半身になりチンピラを避けつつ、右手を引き左腕を掴む。足を払い、倒れたと同時に掴んでいた左手を背に回す。鮮やかな体捌きだ。
「ウグッ」
ガッチリと床に押さえつけられ、呻き声を上げる。
「心得でも?」
「兄が合気道をやっていて、よく技をかけられている内に覚えてしまっただけです。」
その後、警察へ通報。言い逃れは出来ないと観念したのか、大人しく守屋とチンピラ共々御用となった。
守屋の動機は、石材販売も墓地の経営も立ち行かず、消費者金融に借金をし、その債務整理が暴力団に回されたそうだ。そこから雪だるま式に借金が膨らみ、掃除屋としての家業の片棒を担がされたとの事だ。
署への連行時、そして顛末を聞いた時。朋子さんが終始泣き崩れていた。警察でも実際に探偵を生業としているわけでもない素人二人。興味本位で他人の家庭を掻き回してしまったかのような後味の悪さを噛み締めた。
「これでえぇんじゃよ。あのままでは、孫にも良くなかった。」
熊夫のじいちゃんが最後に掛けてくれた言葉だ。___
それから、このまま解散ということもないだろうと言う話になり一杯だけでもと、二人は居酒屋の暖簾をくぐった。
「音喜多さん!確かに後味は良くなかったですけど、凄いですよ!いつから分かっていらっしゃったんですかァ?」
顔を真っ赤にし、捲った腕でも赤く染めた未来の助手。
「そんなに飲んでないのに、酔いすぎなのだよ。君は。」
「よ!名探偵!」
ヨイショをしようと、肘をピンと伸ばし手を上げるも、掌はヘロッと明後日を向いている。
「そう言えば、君は誰かね。」
結局名前を聞きそびれてしまっていたことに、やっと気がついた音喜多。
「カーっ!ひっでぇ〜。ぼかァ…」
「僕は、高千帆です。」
なぜか意気投合、あれよあれよと探偵社設立と相成りました。
涼風至頃にしては、蒸し暑い。
長いようで短い、一日だった。
2章これにて完結。
助手との出会い。人の隠していることを暴いていいことは無いという若干の虚しさ。
この後は、番外編「Case 2.」を挟んで3章へ移る形となると思います。
3章はどこの時系列にするか迷いますね。
記憶喪失直後(3年前)にしようかと思っていたのですが、過去編続いてもつまらないと思うので、現代編で事件のひとつでもと思っています。
その為、3章開始までは若干の時間が掛かるかもしれません。
ついでの余談。現在主流の台車式火葬炉はロストル式よりも高温に出来るため、設備によっては骨まで焼き飛ばすことが可能です。細かいですが1つのキーポイントでした。