10話 「音喜多の想像」
「お集まりいただきありがとうございます。」
十数分前に後にしたばかりの事務所へ、三度訪れた。
「なッ。そうか、これはアンタの仕業か。」
「おい!どういうことだよ!コイツらまだ居やがったのか!」
守屋とチンピラの密会の現場に足を踏み入れる。
「盗み聞きとは趣味の悪い。いつから聞いていた?そして、これはなんの真似だ?」
守屋が手には、手帳から丁寧にちぎられた縦長の紙。
“私にはもうに出来ない。この件からは下りさせてもらう。”
と、書かれている。他でもない、音喜多が書いたものだ。
「三顧の非礼を、まずは詫びましょうか。それに、私は何も聞いてはいませんよ。例え聞いていたとて、私一人の証言ではなににもなりませんしね。」
始めこそ驚きを見せていた守屋であったが、密会が見つかったにも関わらず今は落ち着き払っている。どうあっても音喜多1人の証言だけでは足りないという事を理解している。喉元に刃物を突きつけられていても、それが絶対に届かないことを知っているのだ。絶対的な証拠は自身が保管している。しかし、それは本来、守屋だけの権限では取り出すことは出来ない。まして、無関係の人間などは。
「音喜多さーん。呼んできましたけど…って、チンピラ!!」
「あ゛ん?」
小悪党然とした睨み利かせた先は、助手だ。
「な、なんですか!」
「チンピラにチンピラと言って、怒るのは当然ではないかね?」
虚勢を張ってみせるも、怒って当然といえば当然なのだ。
「なんじゃい、おぬしら。わしゃ、腹減って仕方がないとゆーのに。わざわざ飯時に呼び出すってこたぁ、なんぞわかったんか?」
「お父さん、もう召し上がられましたよ。それで、そちらの方は?」
守屋の義父である熊夫、妻の朋子だ。
「義父さん、朋子…。一体、なんのマネですか。」
静かに怒りを燃やし、家族に知られる不安。守屋は、血が引いてしまって冷たい左右の手を何度も握り返す。
「謎解きを始めよう。必要なものは揃った。いや、そのはず。というのが、現段階の正しい状況か。確認してからの方が確実だが、そこの君に逃げられては困るからね。」
明らかに着衣が汚れている。と言っても、シミなどではない。白い何かの破片のようなものが多量に付着しているのだ。あの廃屋の塗料片だ。普通にしていれば、そこまで衣服に付くことはないだろう。現に音喜多らには付着していない。塗料を踏み砕き、舞い上げるようなことをしなければ。
急いては事を仕損じる。世の常である。唯一の証拠に手を出せない現状。ならばと、新たな証拠の創出を企てた音喜多。本来であるならば、その目論みに綻びがないよう確認を行ってから謎解きに移りたかった。
「仮宿の片付けは、もう済みましたか?」
「チッ。」
自身の行動を見透かされているようで苛立ちを募らせる。
「では、改めて。お集まりいただきありがとうございます。」
無駄に演劇調な音喜多。腕を払い、腰を曲げ、片足を引き、頭を下げる。
「さて、推理を始めましょう。」_
「事件の推理には、3つの要点がございます。」
音喜多が得意気な顔をし、三本の指を立てる。
「Whydunit、動機。」
薬指を折る。
「Howdunit、手口。」
続いて中指。
「そして、Whodunit、犯人。」
最後に人差し指。
「事件だァ?なにも起こってやしねェよ!」
業を煮やしたチンピラが怒声を上げる。
「いえ、起こっておりますとも。実際に観測された事件は、言うならば時代錯誤も甚だしい墳墓発掘罪、"墓荒らし"。」
「そりゃ、そこのボケが来てやがるジジィの妄言だろうが!」
「観測されてはおりませんが、今回の事件が私の推理通りであるならば、死体損壊罪に加えて、変死者密葬罪なども適用される可能性がありますね。」
重々しい罪状を並べられチンピラが奥歯を噛み、押し黙る。
「Whydunit!動機。ここばかりは、完全に想像の域を出ませんでした。」
「さッ最初から全て妄想であろうが!」
「金に困ったか、若しくは誰かに脅されているか。なんて、私は想像しているのですがね。」
これは本当に音喜多の想像でしかない。素人紛いの犯人が行うには些か荷の重い犯行であるから、上に誰かがいると考えたのだ。
「Howdunit!手口。今事件において1番のポイントだ。良くもこんなことが思いつくものだよ。木を隠すなら森の中ということか。」
明言を避けて確信を突いていく音喜多。当事者の表情だけが険しさを増す。
「Whodunit!犯人。これは、言うまでも無さそうだね。」
態度、表情。何を取っても一目瞭然である。
「あッ、貴方はいったい何を…。主人がなにをしたって言いたいんですか!」
のらりくらりと明言を避けて推理を進める音喜多に、守屋の妻である朋子が声を荒らげた。
「そうですよ、音喜多さん。結局、なぜ"墓荒らし"は行われたって言うんですか。」
助手も話が見えないと、疑問を口にする。
「そこのチンピラが遺体を焼却し、守屋さんが遺骨を他者の骨と共に墓に埋葬したのだよ。」
声を低くして、ピシャリと言い放った。
前回までの話を投稿当時に読んでくださっていた方には、大変長い期間が空いてしまったことを謝罪します。
仕事の方の忙しさがやっと落ち着き、これからは速いペースでの投稿を目指します。
お付き合いただけたら、幸いと存じます。