7話 「時代ハズレ」
不意に声を掛けてきた青年との会話はそれ以上続くことはなかった。双方、故人を悼み終え、“別れ”と大仰にいうほど関わりはないものの一礼をし、他人へと戻ろうとしていた。
「もう逃がさんぞ!お前さんらだったか、この墓荒らしめ!」
時代錯誤も甚だしい冤罪が、老人の口より言い渡された。____
「どうぞどうぞ、お座り下さい。義父がすみません。」
老人によって事務所へと連行された音喜多ら。誤解される間もなく、誤解が解け応接のためのソファへと案内される。忙しなく手を左右に動かし着席を促す男は石材店と先程までいた墓地の管理を営んでいる守屋 宗男さん。
「それで、穏やかではないご様子でしたが。」
音喜多が先の容疑について言及する。
「ええ、困ったもので。歳のせいか、最近どうにも。」
ハンカチで頻りに額を拭っている。忙しない。
「なんでも、早朝に墓荒らしが出るそうで。」
お盆から音喜多らの前へお茶を移す奥さんの朋子さん。
「あぁ。墓荒らしと言っても、墓石を倒されていたわけでも、壊されていたわけでもないですし。本当かどうかも怪しいところです。はい。」
「なんでも、カロートを開けて何かしていたとか。気味が悪くて。」
「かろーと?」
「唐櫃、脚のついた収納箱のことだが、納骨室を指す言葉でもある。それがなまったらしい。」
「やぁ、そんなわけでして。義父が大変ご迷惑お掛けしまして。あまり長くお引止めしては重ねてご迷惑になってしまいますし。」
では、これでと未来の助手が腰を上げようとしたときだ。
「して、その墓のお骨は?」
カチっと、何かのスイッチが入る音がした気がした。音喜多は膝に肘を立て、鼻の前で指を組む。
「え、あぁ。確認しましたが盗まれたということはありませんが。それが?」
呆気に取られた守屋さん。
「いや、遺骨を盗る理由が気になっていましたが、盗られてすらいないとなると目的は。」
半分自分の世界に入ってしまっている。
「や、そもそも義父の勘違いと言いますか…、ほら今朝のような。」
面倒事は御免と、事なかれ主義的発言を繰り返す。
「ボケとると。」
「そうです…。お、お義父さん!」
仁王立ちをする老人、雲野 熊夫、朋子さんの父だ。仁王立ちと言っても腰が曲がり、重心が後ろに寄った不格好なものだ。
「お義父さん、いい加減にしてください!」
立ち上がり諫める守屋さんの横をすり抜け、音喜多の元へ。
「お前さんや、さっきはぁすまんかったの。よぉ見たらいい目をしとる!どうじゃ、ちと調べてみてはくれんかの?老い先短い爺の頼みじゃ、受けてはくれんかのぉ。ワシは気にのぉて気にのぉて飯も喉を通らん。後生じゃ。」
音喜多の手を掴み、懇願する。
「あ、飯と言えば。朋子!今朝はまだか?」
「お父さん、さっき召し上がったじゃありませんか。おかわりまでされて。」
ボケているのか、とぼけているのか。掴みどころのない老人だ。____
「すまんなぁ、お前さんや。」
事務所を出て墓地へ足を向ける。
「いえ。今の時代、墓を暴く者がいるならば。目的は何かと気になっただけですよ。」
「そうかい。んで、そっちのあんちゃんはなんでおるんじゃ?」
そう、依頼されたのは音喜多で、引き受けたのも音喜多である。
「そもそも、君は誰かね。」
「なんじゃおぬしら、知り合いじゃなかったのか。誰じゃおぬし?」
「ひどいな!そこまで言いますか?いいじゃないですか、乗り掛かった船ですし。」
「泥船じゃぞ?」
「それを依頼された本人の前で、依頼した張本人が言いますかね?」
「いいじゃないか。実際に泥船に乗る機会など、なかなかあるものでもない。」
「そりゃそうですよ!普通避けますからね!泥船だと知ってて乗り込む人はいませんからね?」
ある意味では天賦の才である。どうしたって、いじられる質なのだ。
「でも、乗り込むのだろう?」
得意げな顔でそう尋ねる音喜多。この時から既に最終的には敵わないと、そういう関係が決定づけられてしまっていた。
今朝、音喜多らがいたあたりについた。
「あれじゃ、高橋さんの墓じゃ。」
音喜多、木舟と書かれた墓の間にある墓だ。
「それで、ですか。それでお爺さん?墓荒らしを目撃したとのことですが、具体的には?」
「そうじゃな、服装は黒っぽい…うぃんどぶれーか?ってのかい?と、黄土色のコートを着た男たちじゃ。遠目でカロートを開けて何かをしていたのはわかったんじゃが、声を掛けたらそそくさと逃げてしまったんじゃ。」
「で、遺骨は盗られていないとのことでしたが。」
「許しをもらって中を調べたが、骨壺の数も減っとらんし、中身もちゃーんと入っとった。」
「じゃあ、なんの事件性もないじゃないですか。もしかしたら、何かする前にお爺さんが声を掛けてしまったんじゃ?」
当然の帰結だ。何も変わってないのだから、何もしていない。
「じゃが、今年に入ってもう4度目じゃぞ?」
「聞いてないですけど!!」
「言ってなかったかいの?」
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