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彼と彼女を繋ぐあの坂道

何で、あの時、あの頃、あなたになんて恋しちゃったんでしょうね。



自転車のペダルを漕ぐ。


勢いよく漕いでいたが、途中で、難関な坂道まで来てしまった。


その坂道を見て、


……


母に買い物を任され、坂道を自転車で通る。


はあはあと息が荒い。


汗だくで、登り続ける。


夏の暑さとどんよりとした空気が私を襲う。


はあはあ


坂道を登るときは、自転車を押す。


降りるときは、自転車に乗り、すーぅとその勢いの風で、少しだけ、涼しい。


坂道の天辺まで来た時、男の人が反対側から来た。


スマホをいじりながら、歩いている。


汗だくで、ただ、スマホを見ながら、通っていく。


すれ違った瞬間、ふわっとした気持ちになる。


その男の人は、ただ、通り過ぎていく。


誰だろう…


この小さな村で、知らない顔なんてない。


すれ違えば、挨拶するし、捕まり、世間話が始まってしまうくらい。


どこの人なんだろう…


そんな時、その男の人は、坂道を既に下っていた。


……


後ろを振り返り、その姿を見ている私。


汗だくで、日差しがまぶしい。


首を傾げながら、見ていた。


その時だった。


「佳奈!」


そう呼ぶ声。


私は、固まりながら、男の人がだんだんと遠くなっていく姿を見ている。


耳元で、


「佳奈!」


そう呼ばれ、


「え?」


「え?、じゃねぇよ」


「……何だ、拓か…」


「わるかったな」


「…別に…」


「買い物?」


「…うん」


拓は、幼馴染であり、友達である。


男子の中では、一番、仲が良いと思う。



私は、気になってしまう。


あの人、誰なんだろう。


どこの人なんだろう。


考えてしまう。


後ろを振り返ってしまう。


……


その男の人の姿は、消えていた。


……


「どうしたの?」


「…」


口は、半開きで、言おうとしたが、言わなかった。


どうせ、知らないと思うし。


「いや、何でもないよ…、ごめん、買い物、行かなくちゃだから」


「あっそっか…」


私は、自転車にまたがり、


「じゃあ」


そう言い、その場から去った。


頭の中で過ぎる。


あの人は、誰なんだろう…


どこの人なんだろう…


街に行き、


「佳奈ちゃん、こんにちは」


「こんにちは」


伯父さんに言われ、


「おー、佳奈ちゃん、今日も買い物かい?」


街の人に言われ、


「うん…」


「偉いね〜、うちの子も見習ってほしいくらいだよ」


「…」


お辞儀をして、


「ありがとう」


袋に入れてくれた物を受け取り、


「また、来てね」


そう言い、微笑むおじさん達。



私は、買い物を済ませ、家に帰る途中だった。


再び、坂道に出会う。


……


はーぁ


大きなため息をついた後、自転車を押しながら、さっきよりも、汗だくで、坂道を歩く。


……


はあはあ


坂道の天辺まで、来ると、


男の人と再び、すれ違う。


やはり、スマホをいじりながら。


……


私は、携帯電話を持っていない。


「欲しい!」


ただ兼ねたこともあった。


しかし、


「そんなもん、いらんわ」


頭の固い父は、聞こうともしてくれなかった。


今時、持ってないことのほうが、可笑しい。


……


行きは、一度も目が合わなかった男の人は、顔を上げ、私と目が合う。


にこっとした顔に変わる。


お辞儀をして、すれ違っていく。


やはり、その男の人とすれ違った瞬間、ふんわりとした。


私は、思わず、口を開いた。


「あっあの!」


その男の人は、振り返る。


私と同じくらいくらいの歳のようだった。


「何か?」


「あっあの…この村の人じゃないですよね?」


「…」


沈黙が続いた。


「東京から来ました」


「とっ東京?」


思わず、驚いて、目を見開きながら。


「何で、ここに?」


「…それは….」


その時、


りりりり、りりりり、りりりり、りりりり


鳴り始めた。


彼のスマホだ。


「あっどうぞ」


「いいよ…」


「え?」


彼は、ポケットにスマホをしまった。


「出ないんですか?」


「…うん」


「…」


沈黙。


「じゃあ」


そう言うが、思い出したかのように、


「実は…会いたい人がいるんだ….」


「…」


「名前は、覚えていないが」


そう言い、ズボンのポケットから、イヤリングを出した。


「…これの片方を持っている人を」


「…」


私は、目を見開いた。


「それ…」


「え?」


「…」


「知ってるの?」


「…うん…」


「もしかして…」


「私じゃないです….」


「…」


「私の妹です…」


「え?」


彼は、


「その人、知ってるのか、どこにいるんだ?」


私の襟を掴み、問う。


私の口が重かった。唇が震えた。


しかし、その重くて、震える口を開いた。


「…その人は…」


「…」


その男の人は、私から離れた。


話した。


「…そっか…」


「じゃあ」


その場から去って行った。


取り残された私は、


……




翌日、学校に行くと、騒がしかった。


「おはよう」


教室に入って行くと、


「ねえ、聞いた?佳奈!」


絵里が私のところに来て聞く。


「え?」


「転校生!」


春。


「え?」


「めっちゃ、イケメンらしいよ」


「しかも、東京から」


はしゃいでいる。


教室中、学校中、騒がしい。


「…そっか…」


「え?どうしたん?」


「…」


言おうとした。


でも…


教室に先生が入って来た。


「みんな、席に着け!」


席に着き始めるクラスメイト達。


静かになると、


「日直、挨拶!」


日直が号令を掛け、チャイムと同時に礼をし、始まると、


「先生が話をする前に…」


教室は、再び、騒ぎ出す。


「静かに!」


なかなかだ。


「いいぞ!」


少しずつ、姿が見える。


足、手、身体の一部。そして…顔。


教室のドアから入って来たのは…


窓の外を見ていた私。


空は、今日も青空で広がっている。


少し、日差しで、まぶしい。


ふんわりとしていた。


そこに、


「紹介する、田中秀だ」


「…」


ふんわりとした気持ちから、現実に帰る。


そう耳に入り、聞き、前を向く。


「秀….」


思わず、口を開く。溢れる。


私は、驚いた。顔を見た途端、


「きっ、昨日の…」


思わず、席から立ち上がり、口を開いた。


「どうした?知り合いか?」


先生にそう言われ、


「いいえ、何でもないです….」


……


そっと、椅子に座った。




確か、


「秀って…」


私は、思い出していた。


あの頃のことを。


あの頃…


顔が青ざめいていく。


秀、あなたには、伝えないといけないことがあるんだ…



「葉山の隣な」


私に近づいて来る。


「…」


「よろしく….」


「…うん、よろしくね…」


……


彼は、私の隣の席になってしまった。


「菜々…」


空は、日差しでまぶしかった。


ドキドキしていた。


「伝えないと….」


独り言のように、呟く。


「いいよね?菜々….」


再び、呟くように。



だけど、結局、その日は、言えなかった。



それから、1週間は、あっという間に経っていった。


まだ、言えずにいた。


約束したんだ。


菜々と。


もし、もう一度、彼に会ったら、言わなくちゃ、いけないこと。


伝えてほしいって。


言われたから。


なかなか、切り出せない。


彼は、あっという間に、クラスに馴染んでいた。


友達と話している君は、微笑んでいる。


この笑顔を壊すことになる気がするから。


……



実を言うと、彼女は…


私の妹。


しかも、双子で、似ている。


よく、間違えられる。


右の頬にホクロがくっ付いてるが、妹。


そして、右側の頬にホクロがくっ付いてるのが、私。


しかし、彼女がこの世を去ってから、間違えられることは、なくなった。


ねえ、菜々…


いいんだよね?


空を見上げて、そう言う。


でも…


どうに、切り出そうかな?


……


彼の顔を見たら、言えなくなる。


あのイアリングは、今…


私がやっと、覚悟を決めることが出来たのは、それから、2ヶ月経った時だった。




5年前…



あれは、夏だった。


ミーミーと鳴く蝉の声。


緑色の葉達。


夏の日差しは、どんよりとした空気で、暑い。


汗だくになって、あの坂道を登っていた彼女。


あの坂道まで、着く。


彼女は、一度、その場で、足を止め、


はーぁ、息を吐いた。


「よし!」


そう呟き、坂道を登り始める。


身体が弱い病気を持った彼女は、日差しに弱く、貧血を起こしやすい。


少し離れた後ろから、私は、自転車で彼女を追いかけていたのだ。


「菜々!菜々!」


呼び続ける。


声が帰って来ない。


早走りで、歩いているのが微かに少し遠くのほうに見える。


「菜々!」


大声で呼ぶ。


咲いている花を触れたり見たり。


楽しんでいる。


色々なものに触れながら、何かを呟いているみたいだった。


「大丈夫なのかな?」


呟くように言い、自転車を押し続ける。


「なーなー!」


先が見えない。菜々との距離が長い。遠い。


……


……


汗だくで、Tシャツが少し濡れている。


……


はーぁ、と息を吐き、自転車を押しながら登っていった。


はあはあとしながら、


「菜々…」


彼女を呼ぶ気力もだんだんと失せて来る。


……


それにしても、暑い。


額が汗でテカっている。


頰を赤くしながらも、自転車を押しながら、登っていく。



そこに、スマホをいじりながら、坂道を登っている男の人。


彼女は、出会ったのだ。


「こんにちは」


微笑みながら、彼に声を掛けた。


しかし、彼は、一度、彼女を見るが、


「…」


何も答えず、彼女を通り過ぎって行った。


通り過ぎていく男の人に、彼女は、


「歩きながらは、危ないですよ」


「…」


無視である。


「あの、ここの人ではないですよね?」


声を掛け続けた彼女。


「…」


そのまま、あの坂道の天辺から、降りていく時の彼の手を彼女は掴んだ。


彼は、彼女に振り返る。


「あっあの…」


口を開く彼女。


「…何?」


「…」


日差しは、益々と強くなっていく。


「菜々!」


呼び続ける私。


「…」


彼女は、彼の手を離し、坂道の天辺から反対側へゆっくりと走って下っていく。


その時、私は、彼とすれ違った。


でも、その時は、気にもしてないし、目にも入っていなかった。


そんな余裕がない。


「菜々!」


追いかける私。


その日、彼女は、1日だけ、彼女の誕生日で、退院の許可を病院の先生から貰い、家に帰っていたのだ。


私は、母に買い物を頼まれ、


「えー」


そう答えると、


「じゃあ、私、行く!」


そう言い出した妹。


「菜々は、家にいて!」


「…はい、行ってきます…」


「菜々も行きたい!」


「…」


「じゃあ、二人で行って来て。気を付けてね。もし何かあったら…」


母が言い終える前に、


「お姉ちゃん、早く、行こう!」


私の腕を引っ張り、彼女と行ったのだ。


しかし、買い物に行く途中、突然、目を離した途端、彼女の姿が見えなくなった。


「菜々、菜々!」


そんなに遠くには、行ってないはず…


それで、この場面になった訳である。



どうしよう…


「菜々、菜々!」


呼び続け、探す。



その通り過ぎて行く男の人は、


「あっあの…」


「うん?」


「…彼女なら、さっき、走って、下って行きましたよ…」


「…そうですか、ありがとう」


「菜々!」


私は、自転車に跨り、下った。


それから、少しして、彼女を見つけることができ、


「菜々、何してるの!」


「…ごめんなさい…」


小さくなる彼女。弱気に。


その日の夜、彼女の誕生日を家族で祝った。



その翌日、彼女は、病院に戻った。


そして、いつも通り、学校が終わった後、私は、病院に行った。


母に、菜々の服を持って行くように頼まれ、行った。



その日、彼女は、病院の廊下を点滴をくっ付けながら、歩いていた。


廊下ですれ違ったのだ。


「あっあの…」


少し通り過ぎていった彼に、


「こんにちは」


「…こんにちは…」


それと同時に、


バタン!


その音に、彼は、振り返った。


彼女が倒れた。


急に力が抜けたのだ。


その自分の姿に彼女も自分で驚いていた。


私が駆けつけると、


「菜々!大丈夫?」


彼女の腕を掴み、倒れた彼女を車椅子に座らせた看護師さん。


「心配かけて、ごめんなさい…」


小さくなって、へこんでいる気がした。


私が行った時、騒がしく彼女の病室に入って行ったのだ。


「菜々!大丈夫?」


私の声に、


「大丈夫だよ…」


はーぁ、私は、息を吐いた。


「良かった…」


彼女は、呑気に、微笑んでいる。


その彼女の横には、男の人がいた。


「本当に、ありがとうございます!」


深々と頭を下げ、目から涙が出そうだった。


前にもこんなこと、あったから。


彼女が突然、倒れることは、しばしばある。


突然、立てなくなったり、自由に手足が、動かせなくなったりする。


「本当にありがとうございます!」


再び、深々と頭を下げた。


いつ、どうなっても可笑しくないのだから。


それから、母も、ばたばと病室に入って来た。


「菜々!大丈夫なの?」


目から雫を流しながら彼女を抱きしめた。


自由な彼女に、家族みんな、どきどき、はらはら。



彼女は、それから、彼とよく会うようになった。


花を持って来てくれ、さらに、彼女の話し相手。


彼女のわがままに付き合ってくれていたり、一緒に遊んだり。


徐々に、仲良くなっていったようだった。



やがて、彼女の病態に変化が出てくるようになった。



そんなある日のことだった。


学校帰りに病院に寄った。


彼女の服や使ったタオルを家に持って帰るのと、持って来たものを整理していた時。


引き出しに、タオルと着替えを整えていた。


「お姉ちゃん…」


「うん?」


作業していた手を一度止める。


振り返ると、


「お姉ちゃん….」


少し話に間が空く。


そして、彼女は、口を開いた。


「…お願いがあるの…」


「うん?何?」


それを聞き、


「…」


黙って、首を縦に振った。


「わかった」


「あの坂道を通れば、わかると思う…」


私は、あの坂道の天辺で、待ったのだ。


そして、男の人がスマホをいじりながら、登って来た。


直感で、感じた。


「あっあの…」


咄嗟に声を掛けた。


「…」


「これ…」


「彼女が、持っててほしいって。片方だけ」


「…」


無言で、それを受け取った。


彼女が気に入ってよく身に付けていたイヤリング。


小さな星がキラキラとしている。


彼は、そのイアリングを私から受け取った。


「…」


私は、それを渡し、


「じゃあ」


そう言い、その場を去ろうとしていた時、


「あっあの…」


私は、振り返る。


「え?」


自分の耳に身に付けていたピアスの片方だけを手にして、


「これ、彼女に、渡してくれませんか?」


「…え?…うん…」



その後、直ぐに、病院に戻り、彼女に渡した。彼の片方のピアスを。


彼女は、私から、受け取った瞬間、手で握った。


それから、二人が会うことはなかった。



「お姉ちゃん!」


「うん?」


私は、夢中になっていた本を読むのを中断して彼女の顔を見る。


「何?」と言おうとすると同時に、


「お姉ちゃん、いつも、ありがとう」


彼女のその言葉に、


「突然、どうしたの?」


「…いつも、心配ばかり、かけて、ごめんね…」


「…」


少し沈黙の間が空いて、


「お姉ちゃん、私ね、お姉ちゃんの妹で良かったよ、本当に」


「…」


それを聞いた私の顔を見て、


「そんな顔しないでよ」


私は、目から、涙が出そうだった。涙が溜まりそう。


彼女は、微笑んでいる。


彼女に涙を見せないように、一度腕で自分の顔を隠した。


そして、それでも、微笑んでいる彼女に、


「菜々、リンゴ、食べる?」


「うん!」


私は、リンゴの皮を剥き、小さく切って、さらに、食べやすく、擦った。


それを出すと、微笑みながら、美味しそうに食べていた。



彼女は、その日から、3日経って、この世から去って行った。



そんなことを思い出し、彼の下駄箱に、手紙を入れた。



そして、放課後、屋上で、彼を待っていた。



すると、直ぐに来てくれ、


「何?」


「…」


沈黙の空間が生まれた。


「用がないなら、部活があるんだけど…」


「待って!」


思わず、彼の腕を掴んだ。


言葉を続けてた。


「…あの…あ…あなたに話さないといけないことがあるの…菜々ってわかりますか?」


「…知らない…」


昔の彼女の写真を見せる。


それを見て、


「こっ…この人….」


即座に、私の顔を見る。


「やっぱり…あの時の人なんですね…」


「…」


「菜々から、あなたに伝えてほしいと言われました」


「…」


「亡くなる前日、言っていました」


「…何をですか…」


口が重い。


「ありがとうって、言っておいてって。」


「それから…約束、守られなくて、ごめんねって」


「あと…菜々があなたに書いた手紙です」


私は、ポケットから、それを出し、彼に伸ばした。


彼は、何の迷いもなく、咄嗟にぱっと受け取った。


手紙の宛名を見て、封を開ける。


そして、手紙を開き、読み始めた。


彼が読んでいる間、私は、口を開いた。


「じっ….実は…私、整形したんです…彼女がいなくなってしまってから…」


「…」


「鏡で自分を見る時、彼女のことを思い出してしまい、泣いてしまうんです….」


「…」


「多分…それで、私に、気づかなかったですよね…」


さらに口を開き、続けた。


「なかなか、立ち直らなくて、整形したんです…」


「自分を鏡で見て、ガラスを割ってしまったりもあって…」


「…」


ただ、私の話を彼は、聞いていた。


「あと…彼女は…」


私の顔を見る。


沈黙の空間が生まれる。


「…」


思い切って、私は、口を開いた。


「もし、もう一度、あなたに、会えたら…」


彼の目からは、次から次へと涙が溢れ出ていた。


「…ごめん…ごめん…」


ただ、そう言いながら、涙を流していた。


私は、その姿を見て、吊られて、泣いてしまいそうだった。


だって、彼女のことを一番わかるのは、知ってるのは、きっと、私だから。


側にいたのも。



彼女と彼にとって、あの坂道は、出会いでもあり、別れでもあった。



それから、1年が経った。


そして、夏が来た。


ミーミーと鳴く蝉の声。


緑色の葉達。


夏の日差しは、どんよりとした空気で、暑い。


今日も、あの坂道を通って、生きている。


あれから、彼は、どうしただろう。


噂話によると、彼は、東京に戻ったらしい。


これで、良かったんだよね、菜々。


夏の空を見上げて、耳を澄ました。


片方のピアスとイアリングは、今も、それぞれの元に残っている。



屋根の上で、日陰になっているところで、黒猫がお昼寝をしている。


熱々と言っている気がする。



あの坂道の天辺で、私は、今年も汗だくで、通った。


彼女のことを忘れることなんて、きっとない。


これからも、ずっと、永遠に。


日差しの強い空を見上げてそう思っていた。


「佳奈!」


その声に振り返る。


拓である。


「何だ、拓か….」


「何だって、何だよ」


「別に」


いつもと同じ会話に、会い方。


少し間が空き、


「じゃあ」


そう言い、自転車に跨る。


「佳奈!」


その声に、振り返る。


「菜々ちゃんなら、大丈夫だよ、きっと」


「…」


「あっ俺、何言ってるんだろう…」


「…」


「お節介だったな…」


「…そんなことないよ、ありがとう」


私は、少し、微笑みながら、


「じゃあね、また、明日、学校で」


「…うん」



いつものように、あの坂道を自転車に跨り、下って行った。


風に包まれながら。


自転車の勢いの風が生温い。


空を見上げて、


ねえ、菜々、ちゃんと、伝えたよ!


菜々が言った通りにしたよ!


ねえ、もし、まだ、行きていたら…


太陽の日差しが私を照らす。


「今日も暑いな…」


そう呟きながら、買い物へ出掛けた。


カラフルな空でした。


屋根の上で、いつもの猫がお昼寝をしている。家族団欒で。




"田中秀様


お久しぶりです。お元気ですか?


本当に、久しぶりな気がします。


最後に会ったのは、3日前くらいなのに。


きっと、あなたが、この手紙を読んだということは、多分、私は、もう、この世には、いないと思います。


何から、書こうか、話したらいいのか、いっぱいです。


あなたと出会ったのは、あの坂道でした。


私が初めて、あなたに声を掛けたのを覚えていますか?


その前に、私のことを覚えていますか?


忘れちゃったのかな?


あの時、あなたとすれ違った瞬間、ふんわりとした気持ちになりました。


それで、思わず、声を掛けてしまいました。


そのふんわりとした気持ちは、何だろうって思いながら。


それは、一目惚れだったみたいです。


私は、小さい頃から、病気を抱えていて、学校にあまり行かず、他の子達みたいに自由には、出来ませんでした。


私の誕生日の日、お医者さんに、無理をお願いして、その日だけ、退院させて貰いました。


その日です。君に出会ったのは。


あなたに会えてよかったです。


短い間でしたが、とても、楽しかったです。


約束、守らなくて、ごめんね。


"一緒に、海に行こうって約束"


私が、行きたいって行ったのに。


あともう一つ。


結婚しようって話。


私が、最後に、ウエディングドレスを着たいって、言ったら、あなたは、


"じゃあ、結婚しよう!僕と!"


そんなことを言い出して。うれしかったです。


でも、その夢は、叶えられなかったけど、幸せでした。


あなたと一緒にいれるだけで。それだけで。


その時は、私の世界も空の色も見えているもの全て、"カラフル"でした。


何で、あなたに恋をしてしまったのでしょうね。


"ありがとう。本当にありがとう。"


"そして、大好きでした。愛してます。"


"あなたのことを一目惚れした恋をした菜々より"

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