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旅男!  作者: 吉岡果音
第十四章 海の墓標
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受け継ぐ者

「オルダ様ぁーっ!」


 島の入り江にたどり着くと、人魚のヤーナとロッタは大きな声で呼び掛けた。


「あらあ? ヤーナにロッタ、さっきも来たのに、忘れ物?」


 入り江のすぐ近くの小屋から、銀色の長い髪を編み込みにまとめた美しい女性が、エプロンで手を拭きながら現れた。


「あなたが、島の魔女、オルダ様……!」


「あら! ヤーナにロッタ! お客様を連れてきてくれたのね……! あらあら……!」


 はっきりとした顔立ちのオルダは、銀色の瞳を大きく見開き、驚いた顔をした。オルダは、まるで歌うような楽しげで明るい口調で話しているが、自ら「魔女」と名乗っている通り、魔族特有の人を圧倒する恐ろしい空気をまとっていた。


「不思議な光を持つ青年と、魔剣の青年、それから、もう一人はすでに魂が旅立ってしまっている――!」


 オルダは、キースたちのことを一目でわかってしまったようだ。それからオルダは、シーグルトに意識を集中し、はっと息をのんだ。


「……! なんてこと! 彼は、シーグルトじゃないの……!」


「えっ? あなたは、シーグルトっちを知ってるのか!?」


 思わずキースも驚きの声を上げた。


「シーグルトっち……!?」


 キースの呼びかたを聞いて、オルダは少々怪訝な顔をした。


「あ。俺、『シーグルトっち』って呼んでるんです」


「そ、そうなの……?」


 キースの答えに、オルダは意外、という顔をした。


「あのう……。オルダさんは、シーグルトさんのことをご存知なんですか?」


 改めてカイが尋ねた。


「ええ……! 私、何度か彼に仕事を頼んだことがあるの……。私は、魔界から来た魔族……。色々あって、この世界で暮らしているんだけど……。そんなわけで、魔族や魔界と繋がることが出来るシーグルトにはお世話になったわ……」


「そうだったんですか……!」


 オルダは、海の冷たさですっかり青ざめた顔をしたキースとカイを見て、まくしたてるように叫んだ。


「さあさあ! あなたたち早く海から上がって! すっかり体が冷えてしまうわ!」


「あ……、じゃあ俺、剣の姿に戻ります」


 カイは頬を真っ赤にし、それから剣の姿に戻った。とっくにそうしてもよかったわけだが、すっかり忘れていたようだ。


「オルダ様! シーグルトさんのお墓を島に作ってもらってもいい?」


「オルダ様! お願い! シーグルトさんにお墓を作ってあげて!」


 人魚のヤーナとロッタは、瞳に涙をたたえながら訴えた。


「もちろんよ。ヤーナ。ロッタ。安心して! あとは大丈夫だから、あなたたちはお家にお帰り。お母さんたちが心配するわよ」


 オルダは、ヤーナとロッタに優しい声を掛け、それから岩場に上がったキースに微笑みかけた。


「さあさあ、あなたとその魔剣の子、だいぶ冷えて疲れてしまったみたいね。どうぞ家に上がって。まずは温かい物でも飲んで! ああ、それから、服も着替えて! 男物の服はないけど、とりあえずなにか、羽織れる物をあげるわ。あなたと、魔剣の子、二人分ね」


「……あなたは魔族……。どうして……」


「私の大切な友だち、ヤーナとロッタの連れて来たお客様よ。助けてあげるのは当然よ!」


 キースは、柔らかな雪の積もった大地にシーグルトを横たわらせた。

 太陽が、海に沈んでいく。

 

 ――シーグルトっち……。


 シーグルトの冷たい頬に、キースの涙が落ちる。


「……悲しいでしょうけれど、旅立ってしまった魂は、もうそこにはいないわ――。まずは生きているあなた、あなたたちの手当てをしなきゃ!」


 オルダに促され、キースは剣の姿のカイと共に小屋に入った。


「……本当に、なんて言葉を掛けてあげればいいかわからないけれど――。でも、人間とはいえ、シーグルトほどの男がどうして――」


 オルダは、キースとカイに温かい薬酒を勧めた。キースと人の姿に戻ったカイは、オルダにもらった服を着て毛布にくるまりながら、薬酒を受け取る。芳醇な香りの薬酒は甘く飲みやすく、悲しみで張り裂けそうな心と冷え切った体にゆっくりと染み渡るようだった。


「……俺たちを、助けるために――。シーグルトっちは……、たった一人で海の怪物に立ち向かっていったんです……」


「ええっ!? あのシーグルトが! まさか!」


 キースの消え入りそうな言葉に、オルダは仰天した。


「シーグルトは、頭の切れる冷徹な男よ。仕事は完璧にやり遂げるけれど、自分の不利益になることは絶対にしない。そんな……、彼が、怪物に一人で立ち向かうなんて無謀なことを……! しかも、人を助けるためだなんて……!」


「…………」


 キースとカイは、黙ってうつむいた。

 オルダは、澄んだ銀色の瞳で二人を見つめた。


「そう……。きっと、色々あったのね……。人は、変われるわ。あなたたちと出会って、彼も変わったのかもしれないわね」


 オルダは、優しい笑みを浮かべた。そこに魔族特有の底冷えするような雰囲気は微塵も感じられない。


「……そんなふうに死を悼んでくれる人が二人も出来て、彼は幸せね……」


 オルダは、多くを尋ねなかった。そっと席を立ち、台所に向かった。


「……もうすっかり遅くなってしまったわ。あなたたち、今晩はここに泊まっていきなさい。カイ君は、夕飯はいらないのね? じゃあそのぶん、いいお酒をたっぷりご馳走するわよ。あなたも体力、魔力をつけないと!」


「ありがとうございます……! オルダさん……!」


「ふふ。二人とも遠慮しないでね」


 オルダはにっこりと笑った後、立ち止まり、キースとカイの瞳を改めて見つめた。


「……お墓は、明日の朝作りましょう。それから、あなたたち、どこから来たの? もしかして、船に乗ってたんじゃない? 誰かに連絡しなくちゃいけないでしょう?」


 夕飯の支度を始めながら、オルダはキースとカイに尋ねる。


「あっ……! はい! 船です! 大型船です! 俺たち、すっかり潮に流されてしまって……!」


「そうだと思ったわ。この辺に陸地はないものね」


 とんとん、とリズミカルに野菜を切りながらオルダが声を掛ける。


「あのっ! 連絡って、出来るんですか!?」


 ぱさぱさ。


 キースの肩に、一羽の小鳥が舞い降りた。黒い帽子を被ったような模様の愛らしい小鳥は、つぶらな瞳でキースを見上げる。


「その子は、サー・ピヨリスク・ピヨノスケっていうのよ。言葉をちゃんと理解して、伝えてくれるの。その子も私の大切な友だち」


「サー・ピヨリスク・ピヨノスケ……」


 サーの称号を持っていた。


「ええと、サー・ぴよ……」


「略して『ピヨ』って呼んであげてもいいわよ」


 オルダは、話しながら手早く料理を仕上げていく。台所から、美味しそうな香りが漂ってきた。


「ええと、ピヨは、どうやって船がわかるんです?」


「あなたたちが乗ってた大型船って、もしかしてバルイナ王国からノースカンザーランド行き?」


「あっ、そうです! その船です!」


「それなら簡単ね。空からならすぐわかるわ。船にいる人に伝えて欲しい言葉を、彼に教えてみて。船まで飛んで行って、ちゃんと伝えてくれるわ」


「は、はい! それじゃあ、ええと……。ピヨ、大型船の誰かにこれから言う言葉を伝えて欲しいんだ。『キースとカイは無事です』って」


 サー・ピヨリスク・ピヨノスケは、小首を傾げた。それから羽を震わせ、キースの言葉を繰り返そうとした。


「キー……、カ……、デス!」


「うわっ! 短く省略しすぎ!」


「キース、カイ、デス!」


「あっ! 今度はいい感じ! でも肝心の『無事』が抜けてるなあ」


『キース、カイ、デス!』では、無事というよりキースとカイが死んだようである。


「キース、カイ、武士、です!」


「武士!? なんで急に『武士』現る!?」


「キース、かつお、ぶし、です!」


「かつお節!」


 わざと言ってるんではないか、そんな疑惑が漂い始める。サー・ピヨリスク・ピヨノスケは、ふたたび羽を震わせた。


「キースとカイは、無事です! 心配しないでください! 明日、船に戻れると思います! 元気なので心配しないでください!」


 突然、サー・ピヨリスク・ピヨノスケは開眼した。流暢にしゃべりだし、原文にオリジナルの文言まで付け足した。


「ありがとう! ピヨ! すごいなあ! 伝言、頼んだよ!」


「……ふっ。わかったよ。任せておけ。キース。伝言はお手の物だ。今晩は安心して休め。では、私は行ってくる」


 急に、サー・ピヨリスク・ピヨノスケはかっこいい台詞を吐き、窓辺から星のまたたく空へと飛んで行った。


「……やっぱり、わざと言ってたな……」




 よく晴れた朝だった。

 海のよく見える高台に、シーグルトを埋葬することにした。


「あれ……。なにか落ちた……?」


 シーグルトの衣服の間から、折りたたまれた紙が滑り落ちた。

 それは、魔力のこめられた紙とインクで書かれており、海水で濡れていてもはっきりと読み取れた。


『この手紙を読んでいるあなたへ――。

 あなたがこの手紙を読んでいるということは、私は死んだに違いない。

 これは、遺書だ。

 いつどこで野垂れ死んでもいいように、常に持っているようにしている。

 私には家族も、私の死を伝えるべき人もいない。

 私の死体は、面倒を掛けるが、迷惑の掛からないよう処理してくれ。

 その手間賃として、私の所持金や所持品をどうか受け取ってほしい。

 所持品も価値あるもので、結構な額になると自負している。

 野盗にすべて奪われていなければ、の話だが。

 それから、もし赤いドラゴンが近くにいたら、それは私の相棒だ。

 人には懐かないから、そのまま自由にしてやってほしい。

 面倒ついでに、もうひとつ頼みがある。

 私の持っている中身のない財布、これは野盗に盗まれないよう中身を抜いてあるものなのだが、どうかこれだけは私の体と一緒に埋葬してほしい。

 ある男から受け取った財布だ。

 これだけが、唯一、私の生きた証だ。

 他のすべては、私には必要ない。ただこれだけは、私が持っていたいのだ。

 人には、人生が変わる奇跡の出会いがあるという。

 私は、幸運にもそんな出会いを果たした。

 この遺書の後半部分は、その男のせいで書き足すことになったのだがな。


 私の死を伝えるべき人はいない、最初にそう書いたが、その男にも私の死を知らせる必要はない。

 感情豊かなあいつとその相棒は、ちっぽけな私などの死にも、きっと泣いてしまうだろうからな。


 面倒を掛けて、申し訳ない。

 あなたにも、奇跡の出会いがあらんことを。

 幸多き人生であることを祈る』


「……シーグルトっち……!」


 シーグルトの所持品は、心臓のような赤い石を含め、貴重で価値ある魔法道具ばかりのようだった。

 キースとカイは、オルダにシーグルトの魔法道具を受け取ってもらうことにした。


「ありがとう……! この石は、魔界との通信に使えるものね……! その他の道具も、素晴らしい物ばかり……!」


「オルダさんに使ってもらったほうが、シーグルトさんも喜ぶと思います」


 カイは、頬を涙で濡らしながらオルダに微笑んだ。


「シーグルトっち……! あなたの剣は、俺がもらうよ……! この剣こそ、あなたの生きた証だよ……! 俺は、あなたの『生』を受け継ぐ……!」


 キースは、シーグルトの細身の剣を手にし、天に掲げた。

 朝日が、輝いていた。

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