表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅男!  作者: 吉岡果音
第十四章 海の墓標
93/164

初めてのお使い

 ミミアは、人間の住む地上界にいた。

 魔族であるミミアは、人とは違う縦長の瞳孔を隠すため、フードを目深に被る。


「ここが、地上界――」


 ミミアにとって、地上の世界は初めて訪れる場所だった。

 きょろきょろと辺りを見回す。


「冷たい……。これが話に聞く『雪』というもの、なのね……」


 ミミアは、足元に積もった雪をひとすくい、すくい上げた。白く冷たい塊は、ミミアの手のひらの上できらきらと輝く。


「綺麗……」


 ミミアは思う。この世界の雰囲気は、嫌いではない、自分はむしろ好きかもしれない、と。

 魔族の多くは、地上界を嫌う。魔族にとって強すぎる日の光を、清浄な空気を、多くの者が嫌う。

 だがミミアは、すべてを照らして包み込むような光も、澄んだ空も、冷たく清らかな雪も好ましく感じていた。


「ビネイア様が手にしたいというこの世界、私も素敵だと思う――!」


 ミミアは、地上での穏やかな生活を想像し、一人微笑みを浮かべ、背筋を伸ばした。その様子は、普通の人間の女の子と少しも変わらなかった。


「さて、地上界の初めてのお使い、どきどきするなあ……。やっぱり、スコルドにもついてきてもらったほうがよかったかなあ……?」


 ミミアは、ビネイアに地図を入手するよう命じられて地上界に来ていた。人間の世界でも充分通用する宝石の原石をひとつ、手にして。

 ビネイアは、旅人を襲って地図を奪えばいいとミミアに指示した。しかしミミアは、高く二つに結い上げた、とび色の巻き毛を激しく左右に揺らし、その方法を丁重に辞退した。代わりに、店で普通の人間を装って購入する、という手段を取ることにした。


「うーん。ビネイア様の所望される地図って、どこに売ってるんだろう」


 人間の言葉はわかるが、文字まではわからなかった。立ち並ぶ店の看板を見ても、ショウウィンドウをおそるおそる覗いてみても、どれが地図を販売している店なのかさっぱりわからない。


「ええと……。ビネイア様は、大陸からノースカンザーランドに向かう港が載ってる地図っておっしゃってたっけ……」


 人間とは、下劣で卑小な生き物とミミアは教えられていた。その人間とやらに思い切って訊いてみようか、そうミミアが思い始めたときだった。


 どん。


 曲がり角を曲がろうとしたミミアが、角から現れた人間とぶつかってしまった。


「あっ。ごめん!」


「ごめんなさい!」


 ミミアは、ぺこんと勢いよく頭を下げた。ほとんどの魔族の者が見下している「人間」という種族だが、ミミアは深く頭を下げ謝っていた。とっさの行動だったが、反射的にそうしたのではない。相手が「人間」であると認識していてもいなくても、ミミアは相手を思い、自分の不注意を認め謝罪することを怠らない。

 深く被ったミミアのフードがはらりと外れた。


「あっ……!」


 ミミアは、ぶつかった相手を見て叫んだ。


「あっ……!」


 ぶつかった相手の隣にいた、小柄な青年も叫んだ。


「あなたたちは……! あのときの……!」


 ミミアは目を大きく見開き、叫んだ。

 ミミアがぶつかった相手は、キースだった。


「あなたは、確かミミアと呼ばれていた……!」


 キースの隣にいた、カイがミミアを見て叫ぶ。

 ミミアは、素早く後ろに飛び下がった。人間の跳躍をはるかに越えた距離を飛んだ。あっという間に、道路を挟んだ向こう側に消えた。


「えっ!? ミミア!? あの、ギルダウスの!?」


 キースも叫ぶ。

 ミミアは、フードを被り直し、走った。


 いけない、いけない! まさか、ギルダウス様の敵に会ってしまうなんて――!


 ミミアは魔力を使い、そこから大幅に移動した。いくつもの町を、一瞬で移動した。

 動揺のためミミアの胸は、まだどきどきしていた。ミミアは胸に右手を当て、深呼吸をした。


 よし。あんなに離れたんだから、もう大丈夫――!


 自分に言い聞かせ、ようやく心が落ち着いてきた。

 フードの影から辺りを見回す。多くの人が道を歩いていた。ミミアは、道行く人々の中で、なんとなく優しそうに見える人間に、思い切って声を掛けた。


「あのう……。すみません……。地図を売っている店を教えて欲しいのですが……」


「地図ですか?」


 茶色の髪に茶色の瞳、銀色の眼鏡をかけた紳士が振り返る。


「はい。ノースカンザーランドへ行ける港が載っている地図が欲しいんです」


「おや! それはなんだか奇遇ですねえ。私たちもノースカンザーランドへ旅をしているのですよ」


 眼鏡の紳士は、フレデリクだった。


「地図だったら、たぶんあの店に売ってると思いますよ」


「そうですか! どうもありがとうございます!」


 ミミアは深く頭を下げた。フードを被ってしまっている分、失礼にならないようにと丁寧に深くお辞儀をした。ミミアなりの気遣いだった。


「お嬢さん、ノースカンザーランドへ、どうぞよいご旅行をしてきてくださいね」


「はい! 皆さんもどうぞお気をつけて、よい旅をなさってください……!」


 ミミアは、フレデリクの教えてくれた店で無事地図を購入した。

 自分が会話を交わし旅の幸運を祈った相手が、まさか自分の主人の敵となる人物だったとは知らずに――。


「……フレデリク。今のは魔族の娘のようだったが……?」


 フレデリクの叔父のベルトルドが不審そうな顔をした。


「ええ。そのようですね。魔族も地図が必要なときがあるんですね」


「ノースカンザーランドへ、と言っていたように聞こえた気がするが……?」


「ああ。はい。奇遇だな、と思いました」


「……馬鹿者……!」


 ベルトルドが怒鳴りつけた。


「フレデリク! なにをのん気に……! もしかしたらあの者は、クラウスに通じる者かもしれんのだぞ……!」


「え? でも、もしクラウスに通じる者なら、逆に今更地図なんて必要ないんじゃないでしょうか?」


 フレデリクは、さらりと答えた。


「む……!」


「叔父さん。考え過ぎですよ。それにあの子は、悪い魔族には見えませんでしたよ」


 フレデリクたちは、すぐにミミアの入った店に入ってみたが、なにも変わったところはなかった。人が襲われたということもなく、なにかが奪われたという形跡もない。魔力が使われた痕跡もなかった。ただ、宝石の原石を使って普通に地図を購入し、普通にどこかへ去って行ったようである。

 魔族なら、自分の目標物があれば、自由に地上界へ出没出来る。なぜ「港」を目標地点と考えていたのか少し気にかかるが、まさか、人間そっくりで魔力も弱く感じられるあの娘が、しかも正当な取引で地図を購入したあの娘が、自分たちの敵側の者であるとは、フレデリクには思えなかった。

 思えなかった、というより単に思いたくなかったのかもしれない。

 クラウスのときがそうであったように。

 フレデリクは、信じたいものしか見たくなかった。

 いい子は、いい子のままで。

 いい人は、いい人のままで。

 悪人も悪い魔族も、本当は悩み迷いながらもいいところがあるに違いない、そう考えていた。

 フレデリクは、信じたいものを、信じていたかった。




「カイ! あれが、あの『ミミア』だったのか!?」


 キースはカイに向かって叫んでいた。キースの意識がなくなる寸前に、聞こえてきた、「ミミア」という名前――。


「はい。俺は、はっきり彼女の顔を見ました。間違いありません」


「彼女がギルダウスの、主人なのか……!?」


 瞳以外は、普通のかわいらしい女性に見えた。ぶつかった瞬間も、頭を下げて謝ってくれた。キースは、信じられない、といった面持ちで呟く。


「キース。おそらく、彼女はギルダウスの主人ではありませんよ」


「えっ? なんで? なんでわかんの?」


「ギルダウスは、ミミアを『ミミア』と呼び捨てで呼んでいました。それに、ミミアはギルダウスを『ギルダウス様』と呼んでいました」


「なるほど……! ん? でも待てよ。カイは俺のこと呼び捨てだよね? 一応、俺がカイの主人ってことになってんだよね?」


「はい。それは特殊な事例に過ぎません。普通主従関係の中で、主人のことを面と向かって呼び捨てにする配下の者はいません。しかも、主人が自分の配下の者を『様』を付けて呼ぶことはないでしょう。ギルダウスが上、ミミアが下、と考えるのが自然です」


「ああ! なるほど! そうだねえ!」


 キースは今まで勘違いしていたことにようやく気付く。


「俺とキースは本当にレアケースです」


 中身がどうあれ、カイにとってキースは主人である。


「ふうん。珍しいんだ。じゃあ、俺がカイに『様』を付けて呼んで、もっとレア度を高めてみる?」


「なんでですか」


「レアって、なんかすごいじゃん! めったにない、貴重なことってすごいじゃん! それに挑戦してだな……、レアを極め、珍しくも貴重な後世に語り継ぐべき世界遺産へと高めて……! 目指せ! 世界遺産! 俺とカイで世界遺産登録への一歩を踏み出すのだーっ!」


「……呼びかたうんぬんで、よくそこまで話を広げられますね」


 互いの呼びかたがどうこうなど、『人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」を持つ物件』ではない。


「それにしても、ギルダウスの配下と思われるミミア、彼女はどうして地上に出てきたのでしょう」


 ミハイルが呟く。今までのキースとカイの、「人類が共有しないほうがいい」無駄なやり取りは受け流して。


「そうですね。しかも、彼女はキースに遭遇したことをとても驚いていました。と、いうことはキースの元へ来ることが目的ではなかった――」


 カイも首をかしげる。


「しかも、すぐに逃げましたね。まあ、魔力はとても弱く感じられましたから、真っ向から戦うつもりはなかったんだろうとは思いますけど」


 ミハイルも、ミミアの魔力の程度を察知していた。

 偵察ならば、シーグルトからの情報で充分なはず。なんのために、地上に来たのだろう、とキースも不思議に思う。


「なにか……。ギルダウスとは関係のない命令系統で来たような気がするな」


 クラウス、手の幻影の持ち主、ギルダウス、ミミア――。繋がってはいるのだろうが、その繋がりはまったくわからない。


「ギルダウスは、クラウスの手下ではないと言っていた。それじゃあ、ギルダウスの主人は『手の幻影の持ち主』……? それとも、もっと他に……? それから、ギルダウスとは関係なく行動したと思われるミミア。彼女は、なにが目的で地上に来たんだ……?」


 晴れ渡っていた冬空。遠くに暗い雲の影が見えた。


「まあいいか……! いずれ、嫌でも全容がわかるだろう」


 憶測で考えてもわからない。むしろ、ただの推測だけでは本質を見誤ることもあるかもしれない――ミミアをギルダウスの主人と思い込んでしまったように――、キースは気持ちを引き締めつつ、前を向いた。


「さあ、進もう……! なあ! カイ様……!」


「『様』は、もういいですって」


 明るい笑顔のキース。ため息をつきつつ笑顔のカイ。

 キースたちの目指す地は、世界遺産――、ではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ